鳥インフルエンザの統御は可能なのか (2013年5月29日)

東京大学農学生命科学研究科・教授
眞鍋 昇


眞鍋昇

4月になって新社会人や新入生の初々しい姿をみかけ、今年度こそはよりよい年になることを祈っているのですが、春先から国内でマダニが媒介するウイルス感染症(重症熱性血小板減少症候群)で死者がでたり、おとなりの中国の上海ではこれまで人間には感染しないとだろうと思われていたH7N9型の鳥インフルエンザが人間に感染して死者がでているとの報道がもたらされました。中国をはじめ我が邦にちかい東アジア諸国では、前世紀末からのめざましい経済発展に呼応して畜産物の消費が増加して豚や鶏などの飼養数が爆発的に増加してきています。それに伴って家畜の飼養形態が大きく変化し、農家の庭先で僅かの家畜が飼養されていたものが、一カ所の家畜専用農場で数万から数百万の規模で飼養されることがめずらしくなくなってきています。また家畜や畜産物の流通も活発になって、家畜同士や家畜と人間が頻繁に触れ合う機会が増加し、感染症の蔓延を容易にしています。
豚の体内でウイルスの感染力が高まる仕組み
インフルエンザウイルスは、もともと鴨などの水鳥に感染はするけども病気を引きおこすことはないために次々と感染を繰り返して生き延びてきたと考えられています。これがあるとき突然変異をおこして鶏などの他の鳥類にも感染するようになるだけでなく、豚や人間などの哺乳類にも感染するようになったと考えられています。インフルエンザウイルスは、それ自体が突然変異を繰り返して変化していくばかりでなく、ひとつの細胞に複数のインフルエンザウイルスが感染すると、その感染細胞内で遺伝子が混ざりあう再集合をおこして、短期間に新しいウイルスが誕生すると考えられています(再集合仮説)。たとえば、2009年にメキシコで発生して全世界に広がり、最終的に約28万人を死亡させるにいたった豚インフルエンザウイルス(人間にも感染することが確認されたので新型インフルエンザウイルスと呼ばれるようになりました。)は、病原性の高くない豚インフルエンザウイルスに感染していた豚の細胞に病原性の高い鳥インフルエンザウイルスが感染し(これにさらに病原性の高くない人間のインフルエンザウイルスが感染した可能性があります。)、これらが豚の細胞の中で再集合して病原性の高い人間にも感染する豚インフルエンザウイルスが誕生したと想像されています。このように、インフルエンザは家畜だけの伝染病ではすまされない状況になってきていますので、「世界は一つ・健康も一つ」を合言葉にOffice International des Epizooties(OIE:国際獣疫事務局)を中心として各国は国際規模でこの伝染病の統御に取り組んできました。今回の中国での発症は、その取り組みがまだまだ不十分であることを示しているように思われますので、より一層の国境を取り払って連携を強化した取り組みが必要と思います。
なお、中国で発生した人間のH7N9型インフルエンザで、抗ウイルス剤タミフルが有効でないとの報道もあるので、感染を防ぐために手洗やうがいを励行することが大切です。また、たとえ鳥インフルエンザに感染した家禽の卵や肉を食べることがあっても、人間に感染することのない安全なものであると考えられていますが、念のためにウイルスが確実に失活するように加熱して召し上がるほうがより安全だと思います。

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