国内および海外における食品安全確保のための
法規制の現状・課題 (2019年7月28日)

豊福 肇


東海大学海洋学部水産学科 客員教授
荒木惠美子


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1. HACCP制度化の意味
 2018年6月13日、食品衛生法の一部を改正する法律が公布され、わが国でもHACCPの制度化が決まった。現在、関連する政省令等の改正が検討されている。HACCPは食品安全管理の国際標準であるが、本来は常識的なシステムである。しかしハザード管理には科学的・合理的な根拠が求められているにもかかわらず、”十分な加熱”や”すみやかな冷却”といった曖昧な用語が使われがちである。HACCP普及のためにどのような科学的・合理的根拠や情報が必要か考える。
 HACCPが世界標準となったのは、コーデックス委員会がいわゆる食品衛生の一般原則(CAC/RCP 1-1969, Rev. 4-2003)の附属書にHACCP適用の7原則・12手順(以下、7原則・12手順)を策定したことによる。HACCPが単独では機能しないことは明らかである(図1)。HACCPが世界で利用される理由は、重要なハザードの管理に焦点を絞っていること、および監査可能であることの2点である。HACCPはハザードを、科学的・合理的根拠に基づいて予防的に製品の100%(全数)を管理するものであるが、ゼロリスクではない。また、7原則・12手順はHACCP適用のための手順であり、プロセスのアウトプットはHACCPプランである(図2)。制度化の意義は、事業者自ら作成したHACCPプランと一般衛生管理を計画通り運用し、事業者自らと行政当局が検証しPDCAサイクルを回して行くことである。

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2. 食品安全ハザードの科学的・合理的管理
 ハザードは一般的に、生物的、化学的、物理的に3分類されている。しかし現在、わが国ではハザードの管理に関して体系的な情報提供が十分であるとは言えない。米国FDAは水産食品のHACCP規則(21CFR Part123)を1997年に施行したが、そのためのハザード管理指針を、改訂を重ね発行している。例えば病原細菌の増殖挙動に関する情報を示している(表1)。またリステリア・モノサイトゲネスの6Dの殺菌条件も示している。
 さらに米国微生物基準諮問委員会(NACMCF)はFDAから、いわゆる低温殺菌(pasteurization:Pas)の今日的定義を諮問され、次のように答申した1)。「食品に適用される通常の流通および保存条件下で、公衆衛生上重要で最も抵抗性のある微生物を、一般の健康リスクを提示しないレベルに減らす、あらゆる工程、処置またはその組合せ」、また、Pasの代替法として加熱調理、マイクロウェーブ、ジュール加熱、蒸気および熱水処理、高圧処理、紫外線照射、放射線照射等々が挙がるとした。またNACMCFは食品の水分活性とpHの関係において増殖が懸念される病原体と、その接種試験のプロトコールも示した2)、3)。このようにデータや考え方を分かり易く情報提供することが、わが国のHACCP制度化に当たっても必要である。

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3. 課題
 現在、わが国にはPasは特に定義はなく、加熱殺菌の条件は主に告示で規定されている。超高圧処理や電子線照射のような新技術を開発・普及させるためには、定義が必要である。HACCPの制度化の精神は、一律の基準でなく、事業者自らが科学的根拠に基づいてハザードを管理できることになっており、当局がハザード管理の考え方を示すことは不可欠である。現時点では、腸管出血性大腸菌の殺菌条件として75℃、1分間の加熱と同等の条件が厚生労働省のホームページで例示されているが、根拠の解説はない。
 また昨年から、業界団体が作成した手引書が、厚生労働省が設置した「食品衛生管理に関する技術検討会」の検討を経て、厚生労働省のホームページに収載されている。手引書作成のためにも、必要な情報を精査し、提供し続ける米国NACMCFのような組織体が必要であろう。手引書自体もPDCAサイクルによって進歩させなければならない。弾力的なHACCPと標榜しても、やがて硬化する樹脂のようなHACCPにはなって欲しくない。そのためには各方面の努力、協力が欠かせない。

参考資料
1) NACMCF:Requisite scientific parameters for establishing the equivalence of alternative methods of pasteurization. J. Food Prot., 69, 1190-1216, 2006
2) NACMCF:Parameters for determining inoculated pack/challenged study protocols. J. Food Prot., 73, 140-202, 2010
3) 食の安全確保推進研究事業(HACCPの導入推進を科学的に支援する手法に関する研究、2015) J. Food Prot., 73, 140-202, 2010の全訳: https://mhlw-grants.niph.go.jp/niph/search/NIDD00.do?resrchNum=201522040A

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