筑波大学・生命環境系/つくば機能植物イノベーション研究センター
教授/センター長 江面 浩
食生活を通した健康維持を目指し、ゲノム編集技術を活用して、健康機能性成分として近年注目度がアップしているγ-アミノ酪酸(GABA)を高蓄積するトマト(高GABAトマト)の開発に取り組みました。その社会実装に向けては、この新技術に対する理解を深めること、それには農作物の品種改良とはどのような営みであるかの理解増進が重要になります。
■ゲノム編集技術による高GABAトマトの開発
我が国では、超少子高齢化が急速進展し、様々な社会的課題が顕在化しています。生活習慣病の増加はそのような社会的課題の一つになっています。そこで、日々の食事を通した健康維持が益々重要なテーマになってきています。その対策の一つとして我々は高GABA作物開発に注目しています。
GABAは、近年、健康機能性成分として注目されていますが、全ての農作物に含まれています。GABAは、血圧上昇抑制効果やストレスに対する緩和効果があります。高血圧は生活習慣病の一つで、世界で10億人が患者であるとされています。食を通して十分量のGABAが摂取できれば、高血圧症の対策になると期待されます。
トマトは農作物の中でもGABAを多く含む代表選手ですが、現在の含有量では血圧上昇抑制効果を期待するには十分ではありません。通常のトマト品種では毎日100g以上食べる必要があります。我々の研究室の長年の蓄積からトマト果実でGABAが蓄積する仕組みは良く理解されています。即ち、トマト果実では、GABA合成酵素(GAD)がGABA蓄積の鍵酵素になっていること、GABA合成酵素に突然変異を導入すると酵素活性が高まり、GABAが高蓄積することが証明されています。そこで、ゲノム編集技術でGADに突然変異を導入しようということになりました。ゲノム編集技術の一つであるCRISPR/Cas9技術を使ってGADに変異を導入したところ、元の品種よりも4倍から5倍のGABAを果実に蓄積することができました。ミニトマトであれば、2−3粒食べれば、健康機能性効果が期待できる量に増えました。また、解析の結果、果実の他のアミノ酸量の変化がないこと、トマトの天然毒素であるトマトチンも増えていないこと、導入した突然変異は世代を超えて安定して遺伝すること、生育は元品種との違いが見られないことなどもわかりました。このようにして、高GABAトマトが開発されました(図1)。
何故ゲノム編集技術を使用したのか。従来の品種改良でも突然変異を利用することは普通に行われています。従来法では化学薬剤や放射線などで突然変異を誘発します。これらの方法ではゲノム中にランダムに変異が導入されるので、大量に作成した突然変異体集団の中から目的の遺伝子に変異が入った個体を選抜する必要があるため、膨大な労力と時間が必要となります。一方、ゲノム編集技術では狙った遺伝子に変異を迅速に導入できるので、労力の削減と時間の大幅な短縮が可能になります。加えて、開発されたものは従来の突然変異育種で作ったものと同等となります。
■高GABAトマトの上市に向けて
高GABAトマトの社会実装には、4つの課題が考えられます(表1)。①から③については、表を参照ください。ここでは、④について紹介します。
社会受容の向上には、開発者自らが積極的に情報発信に関わることが重要と考えています。その際、農作物は様々な方法で誘導した突然変異を集積した植物であること、品種開発は人にとって有用な突然変異を効果的・効率的に農作物に集積する営みであること、ゲノム編集技術はそのような突然変異を日頃食べ慣れた農作物に迅速に再現する技術であるため、ゲノム編集作物は従来の品種改良で開発した作物と同等に安全・安心であることを伝える必要があります。情報発信を行いつつ事例を積み上げ、経験的に安全・安心であることを実感してもらうことが大切だと考えています。
ゲノム編集技術は、農作物の育種技術の一つであり、世界の食料事情に思いを巡らせると、持続的な食料生産基盤の構築には不可欠の技術であり、知恵を使って使いこなして行きましょう。私の終わりのメッセージです。