ゲノム編集食品と遺伝子組換え食品 (2021年6月11日)

小泉 望


大阪府立大学大学院 生命環境科学研究科
小泉 望

ゲノム編集食品を取り巻く環境
 2020年末に、筑波大学発のベンチャー企業・サナテックシード社よりゲノム編集技術を用いて育種されたGABA高蓄積トマトが届出(後述)された。2021年5月にはこのトマトの苗が数千人のモニターに無料配布され、日本各地の家庭農園で栽培されている。こうしたマーケティング戦略、開発者が届出の前からメディアへ積極的に情報提供を行ってきたことなどから、一部の市民団体による反発はあるものの遺伝子組換え食品と比べると概ね好意的に受け取られている。

遺伝子組換え食品の負のイメージ
 日本は大量の遺伝子組換え作物を輸入、消費している。しかし、表示義務のある食品が限られているのに加えて「任意の不使用表示」(つまり書く必要のない「遺伝子組換えでない」という表示)が多いことなどから遺伝子組換え食品は未だネガティブな印象を拭えないでいる。その殆どが多国籍企業により開発されていることなども負のイメージの要因であろう。

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遺伝子組換えに相当するゲノム編集
 放射線照射などでDNAの二本鎖切断が起こると生物の持つDNAの非相同末端結合あるいは相同組換えにより修復される。放射線照射ではランダムに二本鎖切断が起こるがゲノム編集では人工的なDNA切断酵素でDNAの狙った箇所を切断する。図1に示すように、単に切断する場合はタイプ1、短いDNA断片を共存させることにより相同組換えを起こし1~数塩基の変異を挿入する場合はタイプ2、遺伝子を相同組換えにより導入する場合はタイプ3に分類される。食品の場合、タイプ2の一部とタイプ3は遺伝子組換えに分類され、取り扱いルールも異なる。

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取り扱いルール
 遺伝子組換えの食品の流通・消費については食品健康影響評価に基づく安全性審査が義務付けられているが、ゲノム編集食品の安全性審査は義務でない。自然突然変異でも危険なものが生じる可能性があり、育種の過程で安全なものが選ばれるなら、ゲノム編集で作成した食品も同様に安全性を確保できると考えられるからとされる。それでも、安全性評価を行いその結果を明らかにする仕組み(届出)が2019年9月に示された。図2に示すように厚生労働省との事前相談の結果、遺伝子組換えに相当すると判断されれば通常の安全性審査を経ることになる。届出には遺伝子組換え食品と比べると少ないが複数の項目について安全性評価を行い、その結果をもとに事前相談を経る必要がある1)。届出は義務ではないが現状ではすでに届出の終わった高GABAトマトを始め、後に続くと考えられる他のゲノム編集食品の開発者も届出を行う用意があるようである。

食品としての安全性
 イメージやルールの厳しさの観点から、ゲノム編集食品は遺伝子組換え食品よりも安全という風潮があるように思えるが、どうだろう?遺伝子組換え食品に安全性審査が義務付けられている理由は技術の使用経験が少ないこととされる2)。もっとも組換え技術が育種に適用されてから25年が経ち、安全性に問題があることを示すデータは無い。ゲノム編集の場合は従来育種と同等の安全性とされるが、届出というルールが作られた。その根拠の説明は容易でないが、遺伝子組換え技術の範疇に入らない技術の取り扱いという観点から議論がなされている3)。また、消費者等の不安への配慮の側面もある4)。どちらの技術も従来法よりも安全性に問題があることを科学的に説明することはできない。個人的な見解になるが取扱いルールを決めた理由は「不安への配慮」であることを明確にする方が分かり易いと思われる。

 1)https://www.mhlw.go.jp/content/000709708.pdf
 2)https://www.mhlw.go.jp/topics/idenshi/anzen/houkoku.html
 3)https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/000490381.pdf
 4)https://www.mhlw.go.jp/content/11131500/000527477.pdf

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