ウイルス性食中毒~原因物質指定から四半世紀、予防対策の死角とは~(2022年9月12日)

斎藤博之


秋田県健康環境センター 保健衛生部長
斎藤博之

 1997年にウイルスが食中毒原因物質に指定されてから今年で26年目となります。この間、食品関連事業者は行政の指導の下で予防対策に取り組んできました。一方、毎年の食中毒統計を見ると、食中毒患者数の約半分がウイルスを原因としたものであり、四半世紀にわたり1位の座にあります。1948年に食品衛生法が施行されて以来、もっぱら細菌・化学物質・自然毒を対象とした予防対策が取られてきました。原因物質としては新顔に当たるウイルスはこれらとは異なる性質のものであり、延長線上の対策では多くの死角が生じることになります。
 ウイルス性食中毒が規定される前までは、食品の取り扱いに不備があって細菌が増殖し、それを摂食した者が食中毒を発症するという認識が一般的でした。食中毒予防の三原則(つけない、増やさない、やっつける)は、いわばそうした先人が千思万考の末に得た知恵の集大成です。一方、細菌性食中毒を想定して考え出された三原則が遵守されていたとしても、ウイルスに対しては当てはまらない部分が存在するため、そこが落とし穴となってしまうことが多いのです。確実に予防するには、”つけない”しかないのが現実です。死角となりやすい点を以下のとおりまとめましたので、HACCPにおける衛生管理計画書を作成する際に参考にしていただければよいでしょう。

■食品の鮮度
 ウイルスは細菌と違って、生きた細胞に感染しなければ増殖できないという特徴があります。特に、食中毒の原因として大きな割合を占めるノロウイルス(NoV)はヒトの小腸粘膜でしか増えることができません。つまり、NoVは食品中では増えることができず、またNoVによって食品が腐敗することもありません。カキ等の二枚貝がNoVによる食中毒の原因と成り得ることは、広く知られるようになりましたが、新鮮なものを提供しているから大丈夫といった認識は間違いです。また、生野菜等のように一見して新鮮に見える食品であってもNoVが付着していれば食中毒の原因となります。むしろ、味や匂いに変化がないため、異常に気付かないというリスクがあります。予防三原則の内、”増やさない”は、食中毒細菌や腐敗細菌の増殖を抑制するためのものですが、同時に食品を適切な温度管理下に置くことで鮮度を保つことにも繋がります。しかし、そもそもウイルスは食品中では増えないので効果はありません。「ウイルス性食中毒には食品の鮮度は関係ない」ことは啓発ポイントとして重要です。

■食品の加熱調理
 厚生労働省作成の大量調理施設衛生管理マニュアルでは、NoVによる食中毒対策として85~90℃で90秒以上の加熱調理を求めています。一般の飲食店等においても加熱調理をしっかりと行えば食中毒を防げるとの認識が浸透しています。予防三原則に”やっつける”という文言が入っている所以です。しかし、十分な加熱調理がなされているにも関わらず、食中毒が発生するのは何故でしょうか。近年になって、パンソルビン・トラップ法やA3T法のような食品中のNoVを検出する方法が開発され、実際の食中毒事例における汚染状況がわかるようになってきました。その結果、十分に加熱調理された食品からNoVが検出される事例が数多く確認されており、加熱後の汚染が強く疑われる状況であると考えられます。一例を挙げるならば、ホウレンソウのお浸しを作るにあたって、最初は鍋で十分煮るのでNoVが付着していても”やっつける”ことができます。しかし、その後は冷水に浸けてから手で絞って水切りをし、包丁で切って皿に盛り付けるというプロセスを経ることになります。そのとき手にNoVが付着していたとしたらどのような帰結を招来せしめるかは言うまでもありません。食中毒予防のために加熱調理は有効ですが、その後の汚染には十分な注意が必要です。

■感染者の管理
 NoVに感染すると激しい嘔吐と下痢が起こるものと一般には知られていますが、その症状に着目して感染者の管理を行うのは対策として不十分です。ある成人の症例によると、カキを生食した60時間後に、胃部不快感が出現し、その後、悪寒、全身倦怠感、腹部膨満感、放屁が見られたものの、嘔吐・下痢はありませんでした。1日後に症状は軽快したものの、NoVの排泄は18日間継続しました。本症例は胃部不快感だけで下痢はなく、むしろ便秘とガス貯留が主訴となったことから、NoV感染によって腸の蠕動運動が低下することによる麻痺性イレウスが生じていたものと推察されます。こうした軽症の成人感染者が医療機関を受診するとは考えにくく、その軽い症状も速やかに消失していることから、何ら気にすることもなく仕事に従事していたものと思われます。軽症・無症状の感染者が調理を担当したことにより食中毒を発生させるに至ったと考えられる事例は多数報告されています。食品取扱施設で実施されている健康チェックや、食中毒事例の際の聞き取り調査項目として、典型的な嘔吐・下痢・発熱だけではなく、症状の多様性を考慮して、胃部の異常、便性状の変化(便秘も含む)、倦怠感等を加えると、NoV感染者の把握がより的確になるものと考えられます。また、現在症状があるかだけでなく、遡って症状があったかを確認することも大切です。

■流行季節
 これまでNoVは冬季に流行するものと認識されてきており、予防対策もそれに合わせて強化されることが多いと思われます。ところが近年は、年末年始の時季に加えて、4~5月に感染性胃腸炎の流行ピークが見られるような傾向が続いています。感染性胃腸炎はサポウイルス、ロタウイルス、アデノウイルス、病原性大腸菌等の様々な病原体が原因となり得ますが、同時期に集団感染事例等で採取された検便からNoVが多く検出されていることから流行ピークを形成する主要な病原体と推定されます。また、下水からは、ほぼ通年でNoVが検出されており、放流域における海産物にも影響が及んでいます。夏季であっても油断はできません。

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