メディア・リテラシーと批判的思考(2022年12月10日)

楠見 孝


京都大学大学院教育学研究科 教授
楠見 孝

 市民は、様々なリスク情報について、何を信じて行動したら良いのか迷うことがある。そこで、リスク情報を、批判的思考に基づくメディアリテラシーによって読み解くことが重要である。ここでは、認知心理学の立場から、リスクを扱う人の心を情報処理プロセスと見なし、人のもつ情報処理能力の限界(処理能力、知識、バイアスなど)とその個人差(年代、性別、知識、態度、ニーズなど)に応じた情報提供が重要であることを述べる。

メディアリテラシーとは
 メディアリテラシーは大きく3つの構成要素に分かれる(楠見,2022)。第1は、 メディアの表現技法の知識、第2は、メディアのバイアスに気づく能力、第3は、 情報を収集・活用する能力であり、メディアにアクセス・選択し、能動的に活用し、メディアを通じてコミュニケーションする能力である。情報の媒体(メディア)にかかわるテクノロジーの進歩によって、インターネットリテラシー、ICTデジタルリテラシーなどが求められるようになってきた。ここでは、ツールを操作する能力だけでなく、次に述べるように、情報を批判的に分析・評価し、行動することが大切である。

批判的思考とは
 批判的思考は、人が、行動決定や問題解決のために、メディアからのリスクに関わる情報を理解したり、人の話を聞いたりする中で実行される。批判的思考の主な4つのプロセスは、①情報の明確化、②推論の土台の検討、③推論、④行動決定と進む。そして、そこに複合的に影響を与える4要素が、⑤メタ認知、⑥他者との相互作用、⑦知識・スキル、⑧批判的に考えようとする態度である。
 リスクに対処するために、市民が批判的思考を身につけることは、批判的思考(システム2)によって、自らの自己中心的思考、先入観、バイアス(システム1)に気づき、それらを修正することによって、適切な判断や行動を導く。これは、次に述べる、リスクに関する情報を適切に評価、選択、問題解決するための「リスクリテラシー」と3つのリテラシーを支えている。

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リスクリテラシーとは
 リスクリテラシーとは、図1の上段に示すように、 (a)リスクに関わる情報を信頼できる情報源から獲得し、多面的に理解する能力、(b)リスクの低減に関わる政策や対処行動を理解する能力、(c)リスクに関わる意思決定や行動する能力である。右側は、リスクリテラシーの一つである食品リスクリテラシーを示している。
 リスクリテラシーは図1の下段に示すように、次の3つのリテラシーに支えられている。第1は、先に述べたメディアリテラシー、第2は、リスク情報、とくに科学用語や科学的方法論の理解、そして、科学政策の理解に関わる科学的リテラシーである。第3は、リスク情報、とくに統計や確率データの読み取りに関わる統計(数学)リテラシーである (楠見,2012)。

メディアリテラシーの育成
 第1は、教育による育成である。小中高大の教育によって、批判的思考に支えられたメディアリテラシー、リスクリテラシーを身につけ、証拠に基づいて論理的に考え、内省する思考態度を育成することである。しかし、学校を離れた社会人の支援は、動機づけ、時間、コストの制約があるため難しい。そこで、次の2から5の方策が考えられる。第2は、新聞、テレビなどのマスメディアからのリスクコミュニケーション改善による育成である。センセーショナルな報道よりも、市民に伝えるべき信頼度が高い情報を、証拠とともに伝え、リスクリテラシーを高めることである。第3は、行政による広報である。受け手の特徴やニーズの個人差を踏まえて、科学的根拠に基づく情報を提供し、市民が熟考した上で、行動決定できるようにすることである。第4が、コミュニティによる育成である。家庭、学校、職場、地域、さらに、インターネットにおいて、リスクに関して批判的思考に基づく対話ができる場をつくることである。第5は、AIを用いた偏りのない情報提供やファクトチェックによって、リスクコミュニケーションにおける人の認知の限界を乗り越えることである。

主な文献
楠見 孝(2022). 批判的思考とメディアリテラシー  坂本旬・山脇岳志(編) メディアリテラシー: 吟味思考(クリティカルシンキング)を育む(pp.84-108)
 
  時事通信出版局  参考 :https://smartnews-smri.com/literacy/literacy-452/
楠見 孝(2012). 科学リテラシーとリスクリテラシー 日本リスク研究学会誌 23(1)29-36.   https://doi.org/10.11447/sraj.23.29

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