
国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター
情報広報室 プロジェクトリーダー
白鳥 佐紀子
人口と食料安全保障
世界の人口は2050年には100億人近くにまで増加すると推計されています。人口が増えれば当然、それだけの食料も必要となります。これまでは、技術の進歩によって単位面積あたりの収量(単収)を増やすことで、増加する需要を何とか賄うことができていました(ただしアフリカなど単収が伸びず面積拡大で補ってきた地域もあります)。しかし今後も同様に単収増加が見込めるとは限らず、さらなる技術革新や食事のシフトなどが求められるところです。

なお、日本語の食料安全保障と英語のfood securityとはちょっと意味合いが違うようです。食料安全保障は日本国内での食料供給を確保することを意味し、特に自然災害や国際情勢の不測事態への対処、つまりリスクに備えるという観点から食料自給率が重要な指標となります。一方、英語のfood securityはより広い概念であり、食料の供給だけでなくアクセス・利用・安定性なども含み、また国ではなく個人を対象としている点で異なります。Food securityの問題は非常事態に限ったものではなく、今まさに起きている問題でもあります。
世界の栄養問題
現在、世界の約11人に1人は栄養不足(飢餓:慢性的なエネルギー供給不足)です。逆に、栄養過多(BMI≥25を過体重、BMI≥30を肥満と呼ぶ)も急増しており、世界の大人の人口の半数近くが過体重というほど深刻な問題となっています。カロリー摂取量は少なすぎても多すぎても人の健康に害を及ぼすものです。そして微量栄養素(ビタミン・ミネラル)不足も栄養不良の1つであり、食事の栄養バランスを考えることも不可欠です。これらの栄養不足・栄養過多・微量栄養素不足の問題を複数同時に抱えている国もあり、二重負荷、三重負荷と呼ばれます。なお、飢餓人口割合が最も高く、人口増加率も最も高いアフリカは、栄養問題で特に名指しされることの多い地域です。
食料に求めるもの
昔は、食料・栄養問題はカロリー確保の問題とみなされがちでした。よって主要穀物の増産が最重要課題であり、1960年代の緑の革命時には実際にそれが食糧危機の回避に貢献しました。しかし、本当はカロリーだけではなく必須栄養素も含む、バラエティに富んだ健康的な食事が提供できなければなりません。さらに最近では、人の健康だけでなく地球の健康(持続可能性)も考慮すべきという論調になっており、2019年に発表されたEATランセット報告書(Willet et al. 2019)で提唱されたプラネタリーヘルスダイエット、人々の健康と地球の持続可能性を両立させるための食事、は大きな反響を呼びました。その中では環境負荷の高い動物性食品から植物性食品へのシフトなど、フードシステム変革のための提案がなされています。
他にも、安全性、価格、おいしさ、ひいては動物福祉への配慮や生産労働条件の人道性など、人によって重視する点は異なりますが、考慮の対象となりうる項目は増えるばかりです。時季や場所によらずいつでも入手できることに加え、ここ数年で気候変動、紛争、コロナ、食料価格高騰などを経験してショックに対する強靭性というのも重要さを増してきました。このように、食料に求めるものはずいぶんと複雑化してきているのです。
食料・栄養問題に対する取り組み
栄養はマルチセクトラルな問題なので、農業、衛生、教育、ジェンダー等、さまざまな分野からのアプローチが考えられます。たとえば農業からのアプローチであれば、生産性(単収)向上、所得向上を通しての食料購入促進、多品目の栽培作物による食の多様化、栄養素を強化した食品や作物の開発・導入などがあります。世界で生産された食料の3分の1が消費されていない現状では、食品ロスの削減も非常に重要な課題です。また、植物由来の代替肉や人工的に組織培養して作る培養肉など新たな市場も台頭してきました。これからも「地球と食料の未来のために(筆者の所属する国際農研のスローガンです)」、引き続き積極的に取り組むことが求められています。
Willett, W. Et al. (2019). Food in the Anthropocene: the EAT–Lancet Commission on healthy diets from sustainable food systems. The Lancet, 393(10170), 447-492. https://doi.org/10.1016/S0140-6736(18)31788-4