
東洋大学食環境科学部食環境科学科・客員教授
田部井 豊
◆遺伝子組換え/ゲノム編集食品の利用の現状
遺伝子組換え技術やゲノム編集技術は、創薬や有用物質の生産、農業分野など幅広い領域で活用されており、今後さらなる発展が期待されている。特に、遺伝子組換え技術は農業分野において重要な育種技術として、除草剤耐性や害虫抵抗性作物が開発され、それらの本格的な商業栽培が始まって30年が経過した。2023年時点では27か国で商業栽培が行われ、世界の総栽培面積は2億600万ヘクタールに達している。日本では、2024年3月18日までに9作物・334系統の遺伝子組換え食品の安全性が確認されており、年間約1,600万~1,800万トンの遺伝子組換え作物が輸入されていると推定される。
◆遺伝子組換え食品の安全性
遺伝子組換え農作物の環境および食品としての安全性については、経済開発協力機構(OECD)において議論され、さらに、生物多様性条約の「バイオセーフティに関するカルタヘナ議定書」やCodexの「近代バイオテクノロジー応用食品のリスク分析に関する原則」に基づき、多くの国々が規制を整備している。遺伝子組換え食品の安全性評価では、食経験のある作物と比較できることが大前提で、その結果として意図的および非意図的な変化が安全性にどのような影響を及ぼすかを検証する。具体的には、導入された遺伝子が産生するタンパク質の毒性やアレルゲン性の有無、栄養成分の変化の有無、およびその変化が長期摂取によって健康に影響を与えないかについても評価する。
◆ゲノム編集食品の手続き
ゲノム編集技術自体は比較的以前から報告されていたものの、その利用が飛躍的に拡大したのは2012年のCRISPR/Cas9の発表以降である。現在、ゲノム編集技術はSDN1、SDN2、SDN3の3種類に分類されており、社会実装が進められているゲノム編集食品はSDN1を用いたものである。SDN1では特定のDNA領域を切断し、自然修復過程で生じる変異を利用する。この変異は自然突然変異と同等であり、得られたゲノム編集個体が外来遺伝子を持たないことが確認されることで遺伝子組換え体ではないと判断され規制対象外となる。この手続きは、行政への事前相談と届け出が求められている。現在(2025年4月20日)までに届出されたゲノム編集食品は、GABA高蓄積トマト、マダイ、トラフグ、ヒラメ、トウモロコシ、ジャガイモなど、7品目である。
◆遺伝子組換え/ゲノム編集食品の認知ギャップ
遺伝子組換え食品は厳格な安全性評価を受け、ゲノム編集食品も適切な手続きを経て商業利用されている。このため、安全性は行政や開発者、多くの研究者の間で広く認識されている。しかしながら、一般市民の間では依然として不安の声が根強く残っている。科学的に行われている安全性評価の結果と市民の認識のギャップを理解し、認識の違いを埋めることで、遺伝子組換え食品やゲノム編集食品の普及促進に向けて、より効果的なサイエンスコミュニケーションを進めることができると思われる。
継続的な情報があり一般市民より理解が進んでいると思われる食品安全委員会の食品安全モニターの結果によると、2004年から2022年の間に、遺伝子組換え食品について「不安を感じない」または「あまり不安を感じない」と回答した人の割合は20.8%から58.7%へと大幅に増加した。一方、ゲノム編集食品について同様に回答した割合は52.3%であった。また、ゲノム編集技術の認知度調査では、「ゲノム編集について聞いたことがある」と回答した人の割合が65.6%に達したものの、技術への関心については「特に知りたいと思わない」「知る必要がない」との回答が42.2%を占めていた(図)。この傾向は、「知ったところで何も役に立たない」「難しくて分からない」「私の生活には関係ない」といった理由によるものであり、技術の将来的な可能性について十分に理解されていないことが示唆される。無関心な人々が、根拠のない危険視される情報に接した際に影響を受けないかが懸念される。
このような状況を考慮すると、関心を持たない層にも興味を持たせる工夫が不可欠である。そのうえで、技術の利点や安全性について分かりやすく情報を提供し、科学的リテラシーを向上させることで、冷静かつ適切な判断ができる環境を整えることが求められる。社会全体の理解を促進し、誤解や不安を軽減するための継続的な取り組みが必要となるだろう。
