
一般財団法人残留農薬研究所 顧問
原田 孝則
グリフォサートの安全性評価に関する歴史的背景
グリフォサートは、1970年代に米国モンサント社が開発したアミノ酸系除草剤で、各国の規制当局(米国EPA、欧州EFSA、日本食品安全委員会等)による安全性評価においても特に問題はなく、安全な除草剤として現在も広く使用されている。しかしながら、2015年3月に国際がん研究機関(IARC)がグリフォサートを「ヒトに対しおそらく発がん性がある」とするGroup 2Aに分類したことに端を発し、関連業界および農業関係者ならびに一般消費者にまで同剤の安全性に関し不安や誤解を生む結果となった。
IARCと規制当局による安全性評価法の違い
IARCでは、ヒトに対する発がん性に関する物質・要因のハザード(有害性)を定性的に評価し、現在は4段階(Group1、Group 2A、 Group 2B、 Group 3)に分類している。但し、この分類は発がん性の有無に関する「根拠の強さ」を示すものであり、物質の発がん性の強さや暴露量に基づくリスク(危険度)の大きさを示すものではない。
一方、規制当局の評価はガイドラインに定める種々のGLP試験結果に基づく暴露量を勘案した定量的リスク評価であり、試験実施機関における質保証制度により再現性や客観性が担保されており、信頼性も高い。また、農薬の再評価制度により定期的に最新の科学的知見に基づき安全性が再評価される。
グリフォサートの発がん性に関するIARCの判定根拠と規制当局の評価結果
IARCによるグリフォサートの評価結果(Group 2Aに分類)の根拠を以下に示す。
① 限定的ではあるが、一部の疫学調査により同剤の使用と非ホジキンリンパ腫の発生との間に相関性が見られた。
② 一部の動物実験において発がん性を示唆する所見が見られた。
③ 同剤の散布地域に隣接する住民の血液検査あるいはヒト細胞を用いたin vitro 試験において染色体異常が観察された。
④ 動物実験あるいはヒト細胞in vitro試験において同剤の原体、製剤および代謝物に酸化ストレスを誘導する所見が観察された。
一方、規制当局によるGLP試験結果の評価では、グリフォサートの遺伝毒性(変異原性)、ラットおよびマウスの長期発がん性試験結果はいずれも陰性であると結論されている。
IARCによるグリフォサートの発がん性評価の問題点
IARCの同剤の評価に関する問題点を以下に示す。
① 非ホジキンリンパ腫との関連性を示す疫学調査では、調査は限定的でインタビューあるいはアンケート調査に基づいており、対象者の暴露量が不明瞭
② 一部の動物実験における発がん所見に関しては、用量相関性に欠け、統計学的有意差に乏しく、背景データの範囲内にあるため、根拠不足
③ 散布農場に隣接する地域住民の血液検査あるいはヒト細胞in vitro試験において染色体異常を示唆する所見が見られたことに関しては、住民の被暴量が不明瞭であることに加え、同剤のin vivo試験では対応所見が見られていない。
④ ヒト細胞in vitro試験および動物実験において同剤の原体、製剤及び代謝物に酸化ストレスを誘導する所見が見られたことに関しては、原因が特定されておらず、また、酸化ストレスはグリフォサート特有の変化ではない。
グリフォサートの発がんリスクに関する正しい理解
上記の如くグリフォサートの発がん性に関するIARCと各国規制当局の評価法の違いについて言及したが、根本的な違いはIARCによる評価は定性的ハザード評価であり、これに対し規制当局では暴露量に基づく定量的リスク評価に主眼をおいていることである。また、IARCの評価姿勢は文献探索等により陽性データを抽出し、「疑わしきは罰する」姿勢なので、擬陽性を産出する可能性が懸念される。これに対し規制当局の評価姿勢はあくまでもガイドラインに定めるGLP試験結果に基づいており、試験実施機関における質保証制度により再現性、客観性いずれも担保されていることから、科学的に信頼し得るデータと考えられる。これら両者の相違点を勘案した上でグリフォサートの安全性や発がんリスクについて誤解の無いよう正しくご理解いただければ幸いです。即ち、指定された正しい使用量と使用方法を順守すればヒト健康への有害影響リスクはないものと結論される。