食品のリスクアセスメント(2026年8月18日)

公益財団法人 食の安全・安心財団 理事長
山本茂貴



 2001年9月日本で初めての牛海綿状脳症が発生しました。食品の安全性に関する国民の信頼を取り戻すため、食品衛生行政にリスクアナリシスの考え方を導入することになり、2003年7月に食品安全基本法のもと、内閣府に食品安全委員会が設立されました。食品のリスク評価を行う機関として、リスク管理機関である厚生労働省や農林水産省から完全に独立し、中立公正な立場でリスク評価を行うこととなりました。現在、食品のリスク管理機関として消費者庁や環境省が加わっています。
 なぜリスクアナリシスの考えかたを導入したのでしょうか。
 1990年代に国際的な食品流通の増加とWTOによる貿易協定締結により各国の食品安全にかかわる規制の同等性が議論となり、科学的根拠に基づきリスク評価を行うことが必要となりました。リスクアナリシスの枠組みについてはFAO/WHOやCodex委員会において議論されました。1997年には米国はすべての流通する食品(輸入食品を含む)にHACCP義務化、EUも水産食品にHACCPを適用することとなり、それ以降、食品の衛生管理手法の基本としてHACCPが標準となりました。
 コーデックスにおいて、1999年に微生物のリスクアセスメントガイダンス(CXG30)*1が策定されたのを皮切りにJEMRA(Joint Expert Committee of Microbiological Risk Assessment)が発足し、2007年政府が適用する食品安全に関するリスクアナリシスの作業原則(CXG62)*2、2007年微生物リスクマネジメントのための一般原則とガイダンス(CXG63)が策定され、2021年FAO/WHO 食品中の微生物学的リスクアセスメントガイダンスが発刊され、リスクアセスメントに関しての参考書として活用されています。日本でも食品安全委員会において、微生物等のリスク評価指針および手引きがまとめられました。リスクアナリシスは、リスクマネジメント、リスクアセスメント、リスクコミュニケーションの3つの要素から出来ています。さらに、リスクアセスメントはハザードの特定、ハザードの特性評価、曝露評価、リスク判定の4つのステップで行われます。リスクアセスメントには、定性的リスクアセスメントと定量的リスクアセスメントがあります。定量的リスクアセスメントは決定論的なものと確率論的なものに分かれます。
 ここで、ハザードとは、食品安全分野においては、ヒトの健康に有害影響を及ぼすおそれがある食品中の物質又は食品の状態のこと。食中毒の原因となる微生物やプリオン等の生物的要因、自然毒や残留農薬等の化学的要因、放射線や異物等の物理的要因があります。
 また、リスクとは、食品中にハザードが存在する結果として生じるヒトの健康への悪影響が起きる可能性と影響の程度と定義されています。
 食品中の微生物のリスクアセスメントの事例について、ご紹介します。その事例は、2011年4月に起きたユッケによる腸管出血性大腸菌食中毒事件です。原因物質は腸管出血性大腸菌O111で、181人が発症し、溶血性尿毒素症候群が32名、死者が3名でした。この事件を契機に生食用食肉(牛肉)の規格基準が制定され、翌年には、牛レバーの生食での提供が禁止されました。この規格基準は、日本で初めて、数的指標を用いて微生物学的リスクアセスメントを行った上で制定された規格基準です。
 そのため、フードチェーンに沿って、考えていくことが基本となります。
 定量的微生物学的リスクアセスメントにおいて、まずその国における適正な公衆衛生上の目標値(Appropriate level of protection: ALOP)を設定する必要があります。生食用食肉の規格では、時間の制約もあったため、厚生労働省においてALOPを死者がゼロと設定しました。それをもとに、摂食時安全目標値(Food safety objective: FSO)、すなわち摂食時の菌数を設定します。これには容量反応、つまり摂食菌数と発生患者数の関係が不明でしたので、死亡率が汚染菌数の対数値に比例すると仮定して、FSOを算出することとしました。牛肉の腸管出血性大腸菌汚染菌数データは、限られており、少ないデータの中で算出された値は、14 cfu/gとなりました。死者は過去10年度9人が最大数でしたので、死者が0となるためには、この14 cfu/gを10分の1にする必要があります。さらに、安全係数を100としてFSOは0.014 cfu/gとしました。食品安全委員会は、規格基準に関する諮問に対して、FSOの妥当性についてリスクアセスメントを行いました。FSOが0.04cfu/g以下であれば、十分に安全であるとの結果から、0.014cfu/gは妥当と評価しました。
 最終的に生食肉(牛肉)の規格基準は、生食用食肉は、腸内細菌科菌群が陰性でなければならない。陰性とは、1検体25gを25検体検査して陰性であること、記録は1年間保存しなければならない。その他、加工基準(加熱は表面から1cmの部位を60℃2分以上など)、保存基準(保存は10℃以下)、調理基準(ユッケ専用の調理場所や器具)が策定されました。対象の食品は牛ユッケ、牛タルタルステーキ、牛刺し、牛たたきなどですが、レアステーキはかたまり肉から造られた場合除外されています。
 微生物に関する食品のリスクアセスメントは、微生物汚染の定量データや容量反応データが不足していることが多く、今後もデータ収集を続け、より精度の高いリスクアセスメントが実施されることが期待されています。

*1 PRINCIPLES AND GUIDELINES FOR THE CONDUCT OF MICROBIOLOGICAL RISK ASSESSMENT, CAC/GL-30 (1999)
*2 PRINCIPLES AND GUIDELINES FOR THE CONDUCT OF MICROBIOLOGICAL RISK MANAGEMENT CAC/GL 63-2007

タイトルとURLをコピーしました