事実の立証責任は言説の発信者にあり!

[2017年11月15日水曜日]

 ”リスクの伝道師”ドクターK(山崎 毅)です。今年の新語・流行語大賞に「フェイクニュース」がノミネートされたとのこと(「現代用語の基礎知識」選 2017ユーキャン新語・流行語大賞』:http://singo.jiyu.co.jp/)、そのフェイクニュースを糾弾する「ファクトチェック」が国内でも活気をおびてきた件について考察したいと思います。まずは、前回のブログでもご紹介した国内初のファクトチェック推進・普及団体:「ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ:瀬川至朗理事長、楊井人文事務局長)」が、先の2017総選挙に関してファクトチェックプロジェクトを展開したので、その報告を以下のサイトでご確認いただきたい:

 ◎FIJファクトチェック2017総選挙プロジェクト
  http://fij.info/archives/election2017

 筆者もFIJの理事として本プロジェクトの評価委員を務め、わずか2週間強ではあるが激動の衆院選挙期間中に発信された言説の数々を事実検証した参加メディア4社の記事が、FIJ独自のファクトチェック・ガイドラインに適合したものか評価判定した。FIJ独自のガイドラインとは言いながら、国際的連携機関であるInternational Fact-Checking Network(IFCN)のファクトチェック行動規範(https://www.poynter.org/international-fact-checking-network-fact-checkers-code-principles)に準拠して起草された指針なので、ただ事実検証して記事をアップすればよいというわけではなく、本ガイドラインに基づいて作成されたと評価できる記事をFIJがレコメンドすることで、ファクトチェックの品質・正確性・透明性・公開性が国際レベルのものを目指したものだ(初めてプロジェクトに参加したメディアのファクトチェッカー達にとっては、かなりハードルが高かったはず・・)。

 このFIJは今年9月より、First Draft NewsのAcademic & Research パートナーとなったが、このFirst Draftは研究機関などと連携してインターネット時代の報道スキルの向上を目指す非営利団体で、FIJは、First Draftの知見やネットワークからの情報も活用しながらファクトチェックの質的量的向上を目指している。FIJが起草した暫定的ファクトチェック・ガイドラインの要約は以下のとおりだ。なお、ガイドラインの趣旨など詳細はこちら⇒http://fij.info/guidelines

<ファクトチェッカーの運営方針ガイドライン(暫定版)2017年9月29日>
(1) 目的・対象範囲に関する事項
 何のために、どのようなカテゴリーの言説をチェックするのかを説明すること。
(2) 方法論に関する事項
 対象言説の選択基準、判定〔レーティング〕の基準などを説明すること。
(3) 組織運営に関する事項
 財源、構成員、連絡先などを説明すること。

<ファクトチェッカーの記事作成ガイドライン(暫定版)2017年9月29日>
(1) 対象言説の特定
 対象言説を特定しやすい形で(誰の、いつの、どこでの、どんな内容の言説か)記載すること。
(2) 認定事実と結論の明示
 どのような事実を認定し、どのような結論または判定(レーティング)をしたかを、読者が理解できるように記載すること。その際、事実認定と解釈・解説を混同しないように、表現上区別して記載すること。
(3) 判断根拠と情報源の明示
 事実認定や結論を導いたときの、判断の理由・根拠、証拠(エビデンス)、情報源(ソース)を明示すること。
(4) わかりやすく、誤解を与えない見出し
 ファクトチェックの対象言説もしくは結論について、誤解を与えないように注意しつつ、読者が容易に理解できるような見出しを付けること。
(5) 記事の公開日・作成者、訂正情報の開示
 ファクトチェック記事の公開日、作成者を明記すること。訂正したときは、その日や変更内容などを読者が容易に理解できるように記載すること。

 筆者は政治が専門ではないため、今回の総選挙ファクトチェックプロジェクトの記事内容に関する具体的な寸評は避けたいと思うが、初めて評価委員として上記のガイドラインへの適合性を各ファクトチェック記事について精査したうえでの主な感想は以下のとおりだ:

● 総選挙に関する言説が対象であるため、有権者の投票行動に影響を与えそうなものほどファクトチェックされるべき(公益性が重要であり、単なる揚げ足取りは無意味)。
● 記事の結論である判定(レーティング)は市民にわかりやすく、ファクトチェックの特徴としてインパクトが大きい。
● 事実を立証するためのエビデンスを提示すべきは言説の発信者側にある。

 FIJ理事の牧野洋氏(ジャーナリスト兼翻訳家、元日本経済新聞)よりワシントンポスト紙のファクトチェッカー基準(https://www.washingtonpost.com/news/fact-checker/about-the-fact-checker/)の和訳をご教授いただいたが、このワシントンポストはピノキオの鼻を用いてレーティングをすることで有名であり、実際に政治家たちですら「4ピノキオ」=「真っ赤なウソ」としてフェイクニュースを言及する際に引用するほどだ。今回の2017総選挙プロジェクトにおいても、FIJ副理事長の立岩陽一郎氏が編集長をつとめる「ニュースのタネ」がレーティングに「エンマ大王」を用いて政治家の言説を「エンマ大王3」=「事実でない」などと大胆な判定で結論付け、「ウソの発言をしたら舌を抜くぞ!」と言わんばかりのファクトチェック記事に仕上げたことは大変インパクトがあった:

 ◎総選挙ファクトチェックはエンマ大王で!
  http://npo-iasia.org/2017/10/factcheck4/

 また、上述のワシントンポスト紙”The Fact Checker”のファクトチェック基準の基本原則(牧野洋氏訳)のひとつとして筆者がもっとも注目したのは、『われわれは判定を下す際に「道理をわきまえた人の基準」を使う。言い換えると、百パーセント確実な証拠を求めるようなことはしない。ただし、主張の正しさを裏付ける証拠を出す責任は発言者自身にある。』という項目だ。すなわち、総選挙プロジェクトであれば、政治家の演説や討論会で語った事実に関しては、発言した政治家自身に明確な根拠を示す責任があり、大手メディアや有識者がある政治家や政党に関する事実を報道・発信した場合には、その情報発信者に当該事実のエビデンスを示す責任があるということだ。そういう視点で今回最終的にFIJがレコメンドしたファクトチェック記事18本を読んでみていただきたい。

 ちょうどトランプ大統領が訪日して話題となったが、彼が記者会見の席でCNNの記者に対して「You’re Fake News!」と言って質問を受け付けなかったことは記憶に新しい。トランプ大統領のロシア疑惑に関してCNNが報道した事実については、その証拠を示す責任は情報発信して世に影響を与えたCNN側にあると思われるが、そのCNNに対して「ファイクニュース」だとツイッター等で情報拡散したトランプ大統領には、CNN報道が事実でないとのエビデンスを示す責任があるということだろう。このあたりややこしいところだが、自分たちの主張を世に拡散して、市民や有権者の行動に大きな影響を与える情報ほど「公益性に関わる重要な言説」としてファクトチェックの対象となるのだが、たとえファクトチェッカーが調査して十分な証拠(「百パーセント確実な証拠」?!)が得られなかったとしても、言説発信者自身が明確なエビデンスを提示できないならば「根拠不十分な情報を事実かのように発信した」として厳しく判定されるべきであろう。

 筆者自身が代表を務めるNPO法人食の安全と安心を科学する会(SFSS)でも、世の中に氾濫する食や医薬/健康・医療に関する怪しい言説に対してこれからファクトチェックを実施することで、市民が誤った科学情報に踊らされないよう学術啓発をしていく所存だ。マスメディアはもちろん、ソーシャルメディア/SNSも含めたネット上のフェイクニュースは社会に大きな悪影響を与え、消費者市民のリスク誤認を助長して不安を煽ることで風評被害をまき散らしているのが現状だ。これらの科学フェイクニュースに対抗して、どのように事実検証を公開していくと公益性が高いのか、FIJガイドラインに準拠したファクトチェック活動を今後展開していく予定である。

 食に関する怪しい言説として、いまだによくメディアに登場する「食品添加物」の問題だが、つい最近も週刊現代(11月4日号)に『血管を詰まらせ、骨が脆くなり、腎臓にもダメージが!危ない食品添加物「リン酸塩」が入っている食べ物はこれだ』というおどろおどろしいタイトルの記事が掲載された。タイトルを読んだだけで、あぁまた科学フェイクニュースだなとわかる記事であり、講談社さんが不安を煽る科学者や食品評論家の方々に調子に乗せられたのであろうと容易に想像がつく内容であった。

 怪しい科学ニュースをみつけた場合に、まず読者にご確認いただきたいポイントは「摂取量の観点」や「副作用情報」が記載してあるかどうかだ。不安を煽る目的の科学フェイクニュースでは、まずこの情報が欠落している。すなわち、食品添加物の「リン酸塩」をどのくらい摂取したらどのような健康影響が出るのかという肝心の情報がどこにも書かれていないのだ。そのような副作用情報が書かれていないのはある意味当然で、厚生労働省は食品添加物の「リン酸塩」に対して、使用基準の範囲内で安全性に問題ないとのお墨付きを与えているからだ。本誌の取材を受けた複数の加工食品メーカーたちも「安全性に問題ない」と毅然とした回答をしている。

 では「血管を詰まらせ、骨が脆くなり、腎臓にもダメージが!」という情報は何なんだと思われるかもしれないが、それは米国ジョンズホプキンス大学での疫学研究で血中のリン酸濃度が高い方において健康への悪影響が認められたということが報告されており、それはリン濃度が高い普通食品(豆類や魚・肉類など)を多く食べている方々でも同様のことが起こりうることから、結局添加物のリン酸塩に限らず栄養の偏りが大きい方々は不健康だというエビデンスにほかならない。筆者はこのような怪しい科学情報が登場したときに、独自の不安煽動指数(Aoring Index)を用いて採点評価している:

 ◎不安煽動指数(Aoring Index)[2014年5月12日]
  http://www.nposfss.com/blog/aoring_index.html


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 本記事の不安煽動指数は9点となったので、「本情報は世の中に発信されるべきではない」との判定結果となったが、この指数は筆者独自の不安煽動評価基準であり、今回話題としているファクトチェックとは異なるものだ。しかし、こういった不安煽動記事は社会に与える悪影響が大きいものとして、ファクトチェックの対象とすることで事実に反するエビデンスがあるならば、それを糾弾することは公益性が高いものということになる。こうして対象言説のファクトチェックの社会的意義を見出しながらファクトチェック活動をスタートしたいと思うが、すでに本記事に関してのファクトチェックがFOOCOM.netさんより掲載されていたので以下にご紹介したい(ただしFIJのガイドラインに沿ったファクトチェックではないので、判定・レーティングなどはない):

 ◎食品添加物「リン酸塩」は、どのくらい危ないの?(FOOCOM.net:森田満樹、11月10日)
  http://www.foocom.net/column/cons_load/16487/

 この森田さんの記事をよんでいくと、筆者が上述したリンの「摂取量の観点」が詳しく調査・解説されており、食品添加物由来のリン摂取量(1日平均推定で200mg~300mg程度)よりも一般食品から摂取するリンの摂取量(通常毎日1グラム前後)の方がかなり多いこと、また栄養学者たちが設定した「日本人の食事摂取基準(2015年)」におけるリンの「耐容上限量」(これ以上摂取すると健康によくないとされる量)が1日3グラムということを考えると、よほどの過剰摂取による栄養の偏りがない限り健康影響は発生しないものと考えられる。それでも食品添加物の「リン酸塩」が健康に悪影響ありと主張されるのであれば、情報発信者である週刊現代編集部もしくは取材を受けた専門家の方々が、その言説を立証するためのエビデンスデータを提示する責任があるということだろう。

 SFSSでも食品添加物の安全性に関しては、わかりやすいQ&Aを作成してホームページやTwitterで情報発信したり、学術啓発イベントによるリスクコミュニケーションを継続的に開催しているので、以下をご参照いただきたい:

 ◎食の安全・安心Q&A
  Q(消費者):食品添加物は身体によくないという記事をよく見かけますが、本当なのでしょうか?

  http://www.nposfss.com/cat3/faq/post_59.html

 ◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2017
  第4回『食品添加物のリスクを議論する』(10/22) @東大農学部 開催速報

  http://www.nposfss.com/cat9/riscom2017_04.html

 以上、今回のブログでは国内でも活発化してきたファクトチェック活動の基本原則として「事実の立証責任は言説の発信者にあること」、「対象言説を選ぶ際の公益性の重要性」などについて解説しました。SFSSでは、食品のリスク管理やリスコミ手法について以下のような学術啓発イベントを実施しておりますので、いつでも事務局までお問い合わせください(nposfss@gmail.com):

 ◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2017
 第3回:『放射線被ばくのリスクを議論する』(8/27)-活動報告

  http://www.nposfss.com/cat1/riscom2017_03.html

 ◎食の安全と安心フォーラム第13回
 食物アレルギーのリスク管理と低減化策に関するフォーラムⅢ(7/30) -活動報告

  http://www.nposfss.com/cat1/forum13.html

 SFSSでは、年4回の季刊誌『食の安全・安心通信』を無償で郵送するとともに、不定期のメルマガ(月に1-2回程度発行)も無償で発信しております。ご興味のある方は以下のサイトよりお申し込みください:
http://www.nposfss.com/mail/

 また、弊会の「食の安全・安心」に関する事業活動は、主に会員からの入会金・年会費ならびに寄付金等のご支援により運営されております(平成29年度予算計画書)。ご支援を希望される方は、1口3,000円の寄付金もしくは、SFSS正会員または賛助会員入会をご検討ください(正会員に入会いただくと、有料フォーラムの参加費が1年間、無料となります)。よろしくお願いいたします。

◎NPO食の安全と安心を科学する会 寄付のお願い
 http://www.nposfss.com/donation.html

◎SFSS正会員、賛助会員の募集について
 http://www.nposfss.com/sfss.html

(文責:ドクターK こと 山崎 毅)

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