“批判的思考”を習得すべきは消費者市民?~リスク情報を発信するメディア/行政/事業者も?!~

[理事長雑感2022年8月号]

“リスクの伝道師”SFSSの山崎です。本ブログではリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方について毎回議論をしておりますが、今回は8月28日にSFSS主催で開催した食のリスクコミュニケーション・フォーラム2022第3回において議論しましたリスクリテラシー向上のための批判的思考とメディアのリスコミのあり方について考察したいと思います。

◎食のリスコミフォーラム2022第3回 (8/28)
『科学報道におけるリスコミのあり方』 開催速報
(講演レジュメのダウンロード可)
http://www.nposfss.com/cat9/riscom2022_03.html

最初の登壇者は認知心理学がご専門の京都大学教授、楠見孝(くすみ・たかし)先生だったが、批判的思考とメディア・リテラシーについて詳しくご解説いただいたので、講演レジュメをご参照いただきたい:
➡ <楠見先生講演レジュメ/PDF:1.18MB

まず批判的思考(critical thinking)について、1985年にEnnisが「何を信じ何を行うかの決定に焦点を当てた合理的で内省的な思考」と定義したことをご紹介いただいた。この時点で「批判的」という翻訳が他人を批判するイメージが強いので適切でないとして、”critical thinking”を「吟味的思考」と翻訳するのがしっくりくるとする向きもあるようだ。ただ、「自己批判的」な思考方法と考えると問題なさそうなので、ここでは「批判的思考」という用語に統一したい。

楠見先生は、「批判的思考」とは何かをさらに解説されており、「規準(criterion)や証拠に基づく論理で偏りのない思考」、「相手を批判する思考とは限らず、むしろ自分の推論過程を意識的に吟味する内省的(reflective)思考」など、2018年の先生ご自身の発表された定義を紹介された。

そのうえで、あるリスク情報に対処するための思考方法には、直感的思考(システム1)と批判的思考(システム2)の2つがあり、これを「二重システム理論」(Kahneman,2012)と呼ぶこと。批判的思考(システム2)が直感的思考(システム1)によって生じる(リスク認知)バイアスを修正する役割があることを、各システムの特徴とともに解説いただいた。

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直感的思考(システム1)により生じるリスク認知バイアスに関しては、本ブログでも筆者がたびたびご紹介している「確証バイアス」「正常性バイアス」に加えて、楠見先生は「信念バイアス」「流暢性(fluency)が引き起こすバイアス」なども説明されたのだが、筆者がもっとも気になった点は右図の「リスクに対処する批判的思考の構成要素」であった:

すなわち、SFSSで開発したスマート・リスクコミュニケーションが、消費者市民の「確証バイアス」/「信念バイアス」に陥ったリスクの不安要因に対して、共感した設問を与えた後に、専門家によるピンポイントの学術的説明を行ったことで、思考方法がシステム1➡システム2にスムーズに移行したのではないか。スマート・リスクコミュニケーションに関する研究成果は、各所での講演にてご紹介しているので、以下の講演レジュメなどをご参照いただきたい:

◎農林水産省FCP若手フォーラム 第1回
『食の安全・安心に係わるリスクコミュニケーション』
SFSS 山崎毅、 2022年5月31日(日) 於:農林水産省本省7階 講堂

https://www.maff.go.jp/j/shokusan/fcp/whats_fcp/attach/pdf/study_2022-6.pdf

楠見先生の示された「批判的思考の構成要素」の中には4つの因子が含まれているのだが、このような細分化された思考過程の中に、リスク認知バイアスを修正していくためのパーツが沢山潜んでいそうな気がして、さらなるリスコミ手法開発の手掛かりになるものと推察された。

なお、上記のフォーラムにてご登壇いただいた秋津裕先生のご講演に関しても、エネルギーリテラシー構造モデルを利用した、有効なコミュニケーション手法が大変興味深いものであったので、今後食のリスクについても同様の研究が可能かどうか探ってみたいと感じた。また、最後に登壇された小出重幸先生のご講演は、さすがジャーナリストとしての現場のお話が多数もりこまれており、特に英国でのサイエンスコミュニケーションにおける科学顧問がたった一人でメディア対応されたことに感銘を受けた。

科学的根拠に基づいたリスク情報は、たしかに不確実性もともなう事象を扱うのだが、メディアが必ずしも両論併記をすることが正しいとは限らない。楠見先生のご発表でも、消費者意向調査においては専門家の片面提示のほうが両面提示よりも安心度が高いとのこと。たしかに、専門家の意見が割れると、市民はリスク判断の選択において不安をもつことが、Slovicによる「未知性因子」として市民の不安助長因子のひとつとして考察されている。

「科学報道におけるリスコミのありかた」を考察する際には、このようなリスク情報を受ける側=消費者市民の、リスク認知バイアス・直感的思考・批判的思考の心理構造に配慮しながら、いかにして冷静かつ科学的根拠に立脚したリスク判断に消費者市民を導くかにかかっているように思う。その意味では、批判的思考について習得すべきなのは消費者市民だけではなく、リスコミに関わるすべてのステイクホルダーが「批判的思考」を習得したうえで議論に参加することが望ましいであろう。

以上、SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションのあり方を議論するイベントを継続的に開催しており、どなたでもご参加いただけます(非会員は有料です)。なお、当日ご欠席でも事前参加登録をしておけば、後日、参加登録者とSFSS会員限定のアーカイブ動画が視聴可能ですので、参加登録をご検討ください:

◎SFSS食のリスクコミュニケーション・フォーラム(4回シリーズ)
第4回:『消費者はゲノム編集食品のリスクを受容するか』(10/30、Zoom) 開催案内

http://www.nposfss.com/riscom2022/index.html

◎SFSS食の安全と安心フォーラム第23回(7/17、Zoom) 開催速報
『食品製造における微生物制御の現状と今後の展望』

http://www.nposfss.com/cat9/sfss_forum23.html

【文責:山崎 毅 info@nposfss.com

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