「食の安全情報」と「食の安心情報」が区別できますか?~加工食品の原料原産地表示義務化が惹起する消費者の不信感~

[2017年7月12日水曜日]

 ”リスクの伝道師”ドクターKです。今月は久しく続いた豊洲新市場移転問題の「食の安全・安心」から放れて、日本の多くの消費者がいまだに「食の安全」と「食の安心」をうまく切り分けできていないケースとして、この8月に食品表示法改正が施行される予定の「すべての加工食品の原料原産地表示義務化」について解説したいと思います。

 まずは、読者の皆様に簡単な質問に答えていただこう。以下の食品ラベル表示項目について、「食の安全情報」か「食の安心情報」かに振り分けていただきたい。なお「食の安全」情報とは、これを見間違えることにより、すべての消費者または一部の脆弱な消費者に対して健康被害が起こりうるリスク情報という意味であり、その逆に「食の安心」情報とは見間違えてもそれに直接起因する健康被害が起こりえないもので、消費者の主観的・合理的選択に資するための表示情報という意味である。

 ①消費期限/賞味期限
 ②保存方法(冷蔵、冷凍なども)
 ③使用方法/調理方法(お召し上がり方)
 ④原産国表示、原料原産地表示
 ⑤原材料名:添加物表示(アレルゲン情報は含まない⇒⑦に別項目あり)
 ⑥原材料名:遺伝子組み換え表示
 ⑦アレルギー表示(アレルゲン情報)
 ⑧栄養成分表示
 ⑨有機JAS認証マーク
 ⑩放射性物質検査済み表示

 食品のラベルに表示される情報のうち10項目をあげてみたが、このうちいくつが「食の安全情報」と回答されただろうか。さすがに製品ブランド名や価格を「食の安全情報」に振り分ける方はおられないだろうと思い除外したが、意外に「あのブランドは危険だ」「安かろう悪かろう」などと考える方は「食の安全情報」と勘違いされることもあるのだろうか。食のリスクをできるだけ科学的に評価する目をもつことで、本来自分自身や家族の健康に悪影響を与える可能性のある「食の安全情報」=「食の残留リスク情報」を正確に認識することは重要だ。他方「食の安心情報」に関しては自分の価値観や好みに合った商品を合理的に選ぶための情報と認識し、賢く食を選択する力(選食力)を養うのがよいだろう。

 筆者は、上記の食品ラベル表示10項目のうち「食の安全情報」として認識されるべきは、①、②、③、⑦、⑧の5つと考えている。理由は「食の安全情報」の定義のとおり、これら5項目を見間違えて、短期間もしくは長期間にわたって当該食品を摂食することにより、すべての消費者または一部の脆弱な消費者に対して健康被害が起こりうるからだ。自動的に残りの④、⑤、⑥、⑨、⑩は「食の安心情報」となり、これらが直接健康被害の要因になる可能性はない、すなわちリスクが小さすぎて安全性に依存しないため、あくまで消費者の合理的選択(いわゆる好き嫌いなどの主観/価値観)に資する情報ということだ。この回答に関して異論のある方は、ぜひ筆者との意見交換をさせていただきたいと考える(それが本来の「リスコミ」の意義だからである) ⇒ nposfss@gmail.com

 この「食の安心情報」のひとつ「原料原産地表示」に関して、いますべての加工食品に表示が義務付けられようとしており波紋を呼んでいる。消費者庁における検討会中間報告が昨年11月にまとめられ、現在は内閣府消費者委員会食品表示部会に諮問され議論されているところだが、このまま微細な修正を加味したうえで、来月8月にも新たな内閣府令食品表示基準の改正が施行される見通しだ:

◎内閣府消費者委員会第41回食品表示部会(平成29年6月29日)
 http://www.cao.go.jp/consumer/kabusoshiki/syokuhinhyouji/bukai/041/shiryou
/index.html

◎食品表示基準改正のポイント(消費者庁/平成29年3月29日第39回資料より)
 http://www.cao.go.jp/consumer/kabusoshiki/syokuhinhyouji/doc/170629
_shiryou1_2.pdf

 消費者庁から示されたこの「食品表示基準改正のポイント」(案)が、今回の「すべての加工食品(輸入品除く)を対象として義務化される原料原産地表示」の法令ルールの概要になるので、注意深く読みこんでいただきたい。p3に今回の主な改正点がまとめてあるのだが、細かい除外規定はともかく、よくわかるのは「○義務表示の対象となる加工食品が全ての加工食品(輸入品を除く。)」である点、「○義務表示の対象となる原材料 が、原則として製品に占める重量割合上位1位の原材料(対象原材料)」というところまでであろう。その次に登場する「従来の国別重量順表示を原則としつつ、これが困難な場合には、可能性表示や大括り表示を行うことができる。」「対象原材料が中間加工原材料である場合、原則として、製造地表示を行う。」というところまでくると、「ちょっと待て、すべての加工食品で対象原材料の原産国を国別に重量順表示する(たとえば、「豚肉(アメリカ、カナダ)」など)というルールになるんじゃないの?」という感じで迷子になってしまう一般消費者が多いのではないか。


理事長雑感7月

 p5-p6に「原料原産地表示制度の具体的な改正点②(新たな表示方法、表示例)」としてまとめられている追加された新ルールと表示の具体例について、さらにそれぞれの詳細な説明がp7以降に記述されているのだが、この内容を一度読んで理解できた人は、かなり頭のきれる方と言ってよいだろう。それくらいこの新たな例外表示のルール:<可能性表示>、<大括り表示>、<大括り表示+可能性表示>、「中間加工原材料の製造地表示>は一般消費者には理解し難い複雑なものだ。

 とくに、<大括り表示+可能性表示>の「豚肉(輸入又は国産)」という原産地表示に対して一般消費者はどう感じるのだろうか?「国産が入っている可能性があるのなら買ってみようかな」と思ってくれればよいが、「輸入又は国産って原産国が世界中のどこかわからないってこと?消費者をなめてるんじゃないの?」と思われても仕方ないナンセンス表示だ。国際的にもこのような表示ルールを採用した国はほかにあるのだろうか?原材料名で中間加工原料が重量第一位となった場合には、一次原料の原産国を表示する義務はなく(任意表示はしてもよい)、製造地表示でよいというルールも、やはり消費者が欲している原料原産地表示からかなりのギャップがあるように思う。

 ただ、このような複雑なルールになったのには加工食品メーカー側の実行可能性の問題があり、消費者庁の担当者や検討会委員先生方が相当苦労された部分であるということを知っていただく必要がある。筆者は昨年末の時点で、本件をブログにまとめているので、そちらをご参照いただきたい。

◎加工食品の原料原産地表示は「不誠実」?[2016年11月14日月曜日]
  http://www.nposfss.com/blog/processed_food.html

 端的にいうと、加工食品メーカーでも原料原産国が特定できていない場合が多々あり、一昨日はアメリカ産、昨日は中国産、今日は国産などと、いろいろな国の原料をタイムリーに使用する可能性があると考えると、<大括り表示>や<可能性表示>を認めざるをえない実態が食品事業者側にあることがわかるのではないか。原料原産国表示だけのために毎日ラベルを印刷しなおすことはできないし、昨日と同じラベルを貼ってしまうと、原産地偽装表示になってしまうようなルールを強制することもできないのだ。だからこそ今回の表示基準が、どうしても原産地が不明確なままの表示ルールになってしまうわけだが、だとするとなぜ義務化するのかという疑問がわく。国産と表示したい事業者だけが、そう表示する現行どおりの任意表示でよいではないか・・

 一般消費者に欲しい情報がうまく伝わらない表示は、社会心理学的な「未知性因子」を刺激して不安を助長するだけでなく、リスク管理責任者である食品事業者や食品行政がリスク情報を隠蔽しているかのように消費者の目に映るため「不信感」となって跳ね返る可能性が高い。やはり、このような「食の安心情報」の表示を義務化することは社会的に不適切と言わざるを得ない。今回の食品表示基準改正に対して、業界団体・消費者団体・学識者も含めて8千件以上のパブリックコメントが寄せられたとのことで、この数は異例の多さとのことだ。日本生協連さんも「まだギブアップしていない」として、本改正に反対の姿勢を堅持しておられるようだが、マスメディア側でこの問題を採り上げるところが少ないのは意外であり、残念ですらある。もっと消費者の声を行政に反映してもらえるよう、メディア側にも頑張ってほしいものだ。

 以上、今回のブログでは「食の安心情報」として典型的な「すべての加工食品の原料原産地表示義務化」の問題について解説しました。SFSSでは、食品のリスク管理やリスコミ手法について学術啓発イベントを実施しておりますので、いつでも事務局にお問い合わせください:

◎SFSS食の安全と安心フォーラム第13回
 食物アレルギーのリスク管理と低減化策に関するフォーラムⅢ(7/30) @東大農学部

 http://www.nposfss.com/forum13/index.html

◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2017
 第3回『放射線被ばくのリスクを議論する』(8/27) @東大農学部

 http://www.nposfss.com/riscom2017/index.html

また、弊会の「食の安全・安心」に関する事業活動に参加したい方は、SFSS入会をご検討ください(正会員に入会いただくと、有料フォーラムの参加費が1年間、無料となります)。 よろしくお願いいたします。

◎SFSS正会員、賛助会員の募集について
 http://www.nposfss.com/sfss.html

(文責:ドクターK こと 山崎 毅)

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