新型コロナ:マスクによる飛沫感染リスク低減率⇒「根拠不明」
~SFSSがマスク着用の感染リスク低減効果をファクトチェック!~

200802_level1.jpg

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックにより、世界の感染者は1700万人、死者は65万人を超えている(2020年8月2日現在)。「新型コロナの大流行は百年に一度の公衆衛生危機」との声明が、WHOテドロス事務局長から発表されたとのことだが、われわれSFSSは2月中旬より新型コロナの感染予防における「全市民の外出時マスク着用」を推奨し、WHOやCDCの「健常者マスク不要論」を批判してきた(「新型コロナ:マスクに予防効果なし」理論の弊害/SFSS理事長雑感3/16)。

 そんな中、7月19日に日本のTwitterで興味深いイラストが大きく拡散した(9.6万RT、22.3万いいね)
 https://twitter.com/jFtQbE6wPkafnep/status/1284842018221330432

200802_fig01.jpg

 この画像をツイートした薬剤師さん(?)が情報元として明かしたのは、インドの教育NPO ”Society of Pharmaceutical Sciences and Research (SPSR) “の7月18日付けのFacebook記事だった(https://www.facebook.com/SPSR2020)。本サイトでも日本のTwitterでも、この画像の信憑性を疑問視するコメントがついているようだが、7月22日朝に放送されたTBSの「グッとラック!」でも本イラストが紹介された。「分かりやすい」等肯定的なコメントとともに解説され、専門家からも数字に疑問を呈するコメントはなかったという。

 現在、国内でも新型コロナ感染拡大の第2波が起こっている最中で、本ウイルスの感染予防に関して市民がいろいろな対策を講じるなかで、マスク着用の重要性が高まっていることを考えると、本データが科学的根拠に基づいた事実かどうかの検証が必要と考えた。SFSSでは、本画像の内容を以下のような対象疑義言説と解釈し、ファクトチェック(事実検証)を実施した:


200802_fig02.jpg

 まず、本画像に「新型コロナウイルス(SARS-Cov-2)」との明記はないが、それは明白と解釈する。また、”RISK OF TRANSMISSION”との表記だが、これは「飛沫感染リスク」と解釈する。

 感染者と非感染者がともにマスク無しだと飛沫感染リスクは90%
 感染者がマスク無し、非感染者がマスク有りだと飛沫感染リスクは30%
 感染者マスク有り、非感染者がマスク無しだと飛沫感染リスクは5%
 両者ともにマスク有りだと飛沫感染リスクは1.5%
 両者ともにマスク有りで6フィート離れると飛沫感染リスクはゼロ%

  なお、SFSSファクトチェックの運営方針・判定基準はこちらで参照されたい。SFSSのファクトチェック運営方針は、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)のファクトチェック・ガイドライン(2019年4月2日改訂)に準拠して作成したものだが、その判定基準(レーティング)についてはFIJガイドラインと若干異なるので、SFSSのファクトチェック判定基準表を以下に示しておく:

<SFSSファクトチェック・判定(レーティング)基準表>

レベル0(正確) 言説は、科学的根拠が明確な事実に基づいており正確である。
レベル1(根拠不明) 調査の結果、事実かどうかの科学的根拠が見いだせなかった場合。
なお、科学的根拠を示すべき責任は言説の発信者にあるものとする。
レベル2(不正確) 事実に反しているとまでは言えないが、言説の重要な事実関係に
ついて科学的根拠に欠けており、不正確な表現がミスリーディングである。
レベル3(事実に反する) 言説は、科学的根拠を欠き事実に反する。
レベル4(フェイクニュース) 言説は事実に反すると同時に、意図的な虚偽の疑いがある。

エビデンスチェック その1

4月に欧米諸国で同様の情報を含む画像が拡散

 4月20日頃から、異なるイラストだが同じ数字を含む画像が北米・ヨーロッパを中心とする世界各地のFacebook上で拡散した。

 アメリカの教育NPO団体が4月21日、「クリエイターの名前は分からない」「正確かどうかは分からない」というコメントと共にFacebookに投稿。
 https://www.facebook.com/peacefulparenting/photos/a.10153890804242671/10157139567162671/?type=3&theater

 同じ画像は英語で複数拡散されたほか、フランス語、スペイン語、カタロニア語、ビルマ語で拡散。スペイン語では1000件以上シェアされたものもある。
 https://www.facebook.com/175875153100550/posts/546554472699281
200802_fig03.jpg
200802_fig04.jpg
 https://www.facebook.com/photo.php?fbid=10223105477402320&set=a.2595265917924&type=3&theater

 これらの画像についてはロイター、PolitiFactがファクトチェックを行い、それぞれ「部分的に誤り」「誤り」と判定している。

ロイター:https://www.reuters.com/article/uk-factcheck-coronavirus-mask-efficacy/partly-false-claim-wear-a-face-mask-covid-19-risk-reduced-by-up-to-98-5-idUSKCN2252T6

PolitiFact:https://www.politifact.com/factchecks/2020/jul/01/viral-image/social-media-image-about-mask-efficacy-right-senti/

 なお、ロイターは欧州疾病予防管理センター(ECDC)の考えを引用:「フェイスマスクの使用は、補完的な手段としてのみ考慮すべきであり、確立された予防手段、たとえば身体的距離、呼吸エチケットなどの代替手段として考えるべきではない」。また、CDCはマスク着用の有効性は認めているものの、どの程度(定量的に)感染リスクを下げるかということに関し、根拠となるデータはないと述べている。

 PolitiFactは、様々な研究結果があり、具体的なリスクの数字は断定できないものの「パンデミック下でマスクの着用を促すメッセージそのものは正しい」としている。

エビデンスチェック その2

 4月以降に当該画像データの科学的根拠に関する論文が発表された可能性もあるため、ウイルス研究者で感染症予防に詳しい麻布大学客員教授・国立医薬品食品衛生研究所客員研究員の野田衛(のだ・まもる)先生にインタビュー取材した。以下にその調査内容を報告する:

 インターネットでの検索(検索語:mask face prevention transmission efficacy rate 90% 30% 5% 1.5%,6 feet等)で、根拠となるデータは見つからなかった。また、マスク着用の有効性に関する総説や政府の文書にも、根拠となるデータを引用しているものは見つからなかった。以上から、対象言説で示している感染リスク低減率に関するデータの科学的根拠は、現時点で見つかっていない。

 また言うまでもなく、マスクの有効性はマスクの種類(N95、不織布製、綿製など)や形状及び着用方法にも依存するため、感染者や非感染者の着用の有無や両者の距離だけで感染リスクが決まるものではない。さらに、両者の距離を6フィート(2m弱)あけた場合は飛沫感染リスク0%としているが、感染リスクがゼロということは統計学的に考えられない。

 以上のことから、言説に記載されている感染者、非感染者の着用の有無や両者の距離による感染リスク(感染率)の数値に関しては信頼性が低いと言える。

 一方、マスク着用の有無(感染者、非感染者)や両者の距離に関しては・・

  • A) 感染者の着用(感染拡大防止)と非感染者の着用(予防的使用)では、前者が有効であることが多くの報告で示されている。
  • B) 飛沫の透過率は、感染者の着用および非感染者の着用の両面で限定的(100%は防止できない)ではあるが、いずれも透過率を下げることが示されている(文献1)。そのため、両者が着用することで、予防効果が高くなる可能性は十分想定される。
  • C) 感染者からの飛沫の受けやすさは、感染者から飛沫が排出される速度や期間、感染者と非感染者との距離のうち感染者と非感染者との距離が最も重要であることが示されている(文献2)。

 これらのことを総合的に考えると、言説で示しているように、

  1. 両者ともマスクを使用しない
  2. 健康者が予防目的で使用する
  3. 感染者が拡大防止目的で使用する
  4. 両者ともにマスクを使用する
  5. 両者ともマスクを使用し、さらに両者間の距離を保つ

の5種類の状況において、感染リスクについては、1~5の順に低くなることについては、十分想定されると考えられる。

<参考文献>
1:Sande M, et al.: Professional and home-made face masks reduce exposure to respiratory infections among the general population. PLoS One. 2008 Jul 9;3(7):e2618. doi: 10.1371/journal.pone.0002618.
2:Lai ACK, et al.: Effectiveness of facemasks to reduce exposure hazards for airborne infections among general populations. J R Soc Interface (2012) 9, 938-948 doi:10.1098/rsif.2011.0537

<エビデンス・チェックから導かれる事実検証の結論>

 以上、SFSSが2つのエビデンス・チェックをもとに調査した範囲で、対象疑義言説の画像情報に関するファクトチェックの評価判定は「根拠不明(レベル1):調査の結果、事実かどうかの科学的根拠が見いだせなかった。なお、科学的根拠を示すべき責任は言説の発信者にあるものとする。」との結論になった。ただし、エビデンス・チェック2において述べた通り、当該画像にある感染率の数値に関して直接の根拠はないものの、例示されたマスク着用による感染予防策の感染リスク低減効果の順位に関しては誤りでないことを裏付ける科学的根拠が十分あるため、パンデミックを縮小するためのリスクコミュニケーションとして改善の余地ありとの見解になった。

 実際、ここまで新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大が止まらない中、いまだに「非感染者がマスク着用することの感染予防効果のエビデンスはない」などと頑なに主張する専門家が多いのには閉口するところだが、今回例示された感染予防対策のうち「お互いがマスクをすること」で飛沫感染リスクが十分小さくなる(ひとつひとつのリスク低減効果は限定的だが、対策を積み重ねることで感染リスクはゼロに近づく)ことは間違いなく、すべての市民がこれを励行すべきだ。また、限られたエビデンス情報しかない不確実な状況において、公衆衛生リスクをできるだけ低減することがレギュラトリー・サイエンスの役割であり、これをよく理解した洞察力のある専門家の助言により公共政策は決定されるべきと考える。

 エビデンスが十分そろうまでそれができなかったWHOは、残念ながら市民の公衆衛生リスクを最小化するための健康行政として失格と言わざるを得ない。失われた65万人の尊い生命は戻らない。

【文責:山崎 毅 info@nposfss.com

(初稿:2020年8月2日 06:00)

*SFSSファクトチェックの運営方針・判定基準はこちら
*SFSSの組織概要はこちら
*本ファクトチェック記事は、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ) リサーチャー武藤珠代様からの情報提供を一部参考として作成しました。

タイトルとURLをコピーしました