『追跡”PFAS汚染”』⇒「不正確/ミスリード(レベル2)」
~NHKスペシャル(2024年12月1日放映)をファクトチェック!


有機フッ素化合物のPFAS汚染が全国各地で報告され、一部のメディアだけでなく、環境行政や汚染地域の住民も騒ぎ出す状況になってきた。そんな中、岡山県吉備中央町では、昨年までに飲料水から暫定規制値(50ng/L)を超えるPFASが検出されたことから、行政が住民の血液検査を実施する事態になっている。

PFAS検出の岡山 吉備中央町 全国初 公費による血液検査始まる
 NHK NEWS WEB 2024年11月25日

  https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241125/k10014648621000.html

PFASは長期残留性が高い化合物であることから、PFASに汚染された飲料水を過去に飲んでいた方々の血液からは、おそらくPFASが検出されるであろうことが容易に想像できるところだ。そうなると、住民の皆さんが不安になるのも当然で、行政やPFASを廃棄した企業の責任を問いたくなるだろう。

ただ、本年6月に内閣府食品安全委員会の専門調査会がまとめたPFASの健康影響評価書(https://www.fsc.go.jp/osirase/pfas_health_assessment.html)によると、これまでの膨大なPFASに関する文献情報を専門家が解析した結果、PFASがヒトの健康に悪影響をもたらしているという明確な科学的根拠はない(証拠不十分)との結論に達している。すなわちPFAS問題は、少なくとも現時点では安全の話ではなく、あくまで安心の話(健康影響がないとしても、血中から検出されるのは気持ち悪い)と筆者は理解していた。

しかし、この内閣府食品安全委員会のリスク評価結果に、異論を呈する報道番組がNHKで放映されたので、今回ファクトチェックの検証対象にすることとした:

NHKスペシャル・調査報道「新世紀」File8(2024年12月1日放映)
 『追跡”PFAS汚染”』

 https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2024142697SA000/index.html

前回の真偽検証でも述べたところだが、このような健康・医学・食品安全に関する記事/報道の厄介なところは、調査されたデータや文献情報自体は事実であることが多い点だ。本記事において事実として語られている部分を疑義言説としてピックアップし、ファクトチェックを実施したので、以下をご一読いただきたい。

なお、SFSSのファクトチェック運営方針/判定レーティングは、以下をご参照のこと
➡ https://nposfss.com/fact-check/02_operation_policy/

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<疑義言説>
NHKが開発した「全論文解読システム」(AI)により抽出された引用回数の多いPFAS関連論文100報のうち、約半数の疫学調査論文でPFASによるヒト健康への悪影響が報告されており、影響が有意に認められなかった論文は15%程度と少なかった。食品安全委員会のリスク評価の結論では、科学的根拠が不十分とされたが、疫学調査研究のデータが重視されていないのではないか。

<ファクトチェック判定> レベル2(不正確/ミスリード)

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<エビデンスチェック>
食品安全委員会の専門調査会(PFASワーキンググループ)で、食品安全の専門家たちが関連論文を読み込んだうえでのリスク評価の結論と、NHKが開発した「全論文解読システム」(AI)による物理的集計データ(文献数の多数決?)による健康影響評価の結論を比較した場合に、信頼できるのは専門家の目を通した前者の健康影響評価であることは明白だ。

そもそも、NHKの「全論文解読システム」は、どのくらいのPFASの暴露量で、どの程度の健康影響が出たというところまで、綿密にリスク評価できているのだろうか?PFASによる健康影響が有意に認められた論文の数が多かった、という評価だけでは、健康リスクの大小はわからないはずだ。リスク評価に暴露量/摂取量のデータは不可欠である。

また食品安全委員会のPFASワーキンググループは、専門家9人中3人が疫学研究者であり(https://www.fsc.go.jp/senmon/sonota/pfas.data/pfas_meibo_060401.pdf)、「食品安全委員会は疫学調査研究を重視していない」という指摘は的外れだ。食品中の化学物質の安全がご専門の野良猫食情報研究所の畝山智香子先生は、PFASによる健康影響ありとする大多数の疫学研究は観察研究なので、因果関係などの科学的根拠が脆弱と評価されたのではないかとの見解だ。

<疑義言説に関する真偽検証の結論> レベル2(不正確/ミスリード)
NHKが開発した「全論文解読システム」(AI)によるPFASの健康影響評価は、関連文献の有意差の数しか解析できておらず、リスク評価とは呼べないレベルだ。すなわち、食品安全委員会PFASワーキンググループの専門家たちによるリスク評価の結論の方が、明らかに信頼性が高い健康影響評価と解釈すべきだろう。また、食品安全委員会は疫学調査研究を重視していないという指摘も誤りだ。

PFAS関連論文の数を解析したデータに誤りはないものの、リスク評価の解釈に問題があって、市民の不安を煽る結論となっていることはミスリーディングと言うしかない。よって、本疑義言説に関するファクトチェックの結論は、レベル2(不正確/ミスリード)との評価判定となった。

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当該番組の前半で、岡山県吉備中央町の住民の血液検査においてPFAS濃度が高かったというエピソードとともに、乳がんや流産を経験した方々のインタビューがされていたが、上述の通り、いまだどのくらいのPFAS濃度で、どのような病状の健康被害が起こるのか、明確な因果関係が認められていない状況で、全国のPFAS汚染地域の住民の不安を煽る報道は、道義的に正しいのだろうか。

公共放送としてのNHKの役割は、食品安全委員会の評価がどういう内容なのかを正確に伝えることが第一義ではないだろうか。それをせずに、薄弱な根拠で評価書に疑義があるかのような報道は、公共の福祉という目的に適っているのだろうか。

また、番組の中で「予防原則」に従って行政や企業が動くべきとの主張があったが、すでに環境省や自治体が予防的アクションを起こしていたからこそ、全国の自治体でPFASの水質暫定規制値50ng/Lをクリアできたのではないだろうか。

水道におけるPFOS及びPFOAに関する調査の結果について (水道事業及び水道用水供給事業分)
| 報道発表資料 | 環境省

 https://www.env.go.jp/press/press_04025.html

本記事の最初でも述べたように、現時点でPFAS汚染が直接的原因の健康被害は認められていないと、食品安全の専門家たちが評価しているので、PFAS問題は安全の話ではなく、あくまで安心の話(健康影響がなくても、血中から不要な有機フッ素化合物が検出されるのは嬉しくない)と、冷静にとらえるべきだろう。よって行政も企業も、地域住民の安心のために、飲料水のPFAS汚染をすみやかに解消していく対策を実行してほしい(PFASを水質基準に格上げするのもありだろう)。

他方、メディアはというと、今後PFASによる新たな健康被害のエビデンスが出現しない限り、いかにも安全の問題かのような報道(具体的な病名を羅列して健康影響を暗示)は慎むべきと考える。本物の専門家は、その分野の何千という科学論文を読み込んだうえで、リスク評価をしているのであって、われわれ一般市民が3つ・4つ科学論文のアブストラクトを読んだだけで、その科学的根拠が採用すべき情報かどうかの判断など、できるわけがないのだ(AIも指令を出すのは人間なので・・)。

現時点で判明したヒトでの暴露量(血液検査結果)と健康被害の程度を専門家がリスク評価すると、健康への悪影響とPFAS汚染との因果関係は不明との食品安全委員会の見解に齟齬はなく、本報道番組においてPFASによる健康被害がすでに起こっているかもしれないという懸念を一般市民むけに放映することは、時期尚早、かつミスリードで、無用に市民の不安を煽るものになっていないか、再考を促したい。

(初稿:2024年12月16日15:00)
*SFSSファクトチェックの運営方針・判定基準はこちら
*SFSSの組織概要はこちら

【文責:山崎 毅 info@nposfss.com

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