有機フッ素化合物のPFASによる水道汚染が全国各地で報告され、メディアだけでなく、環境行政や汚染地域の住民も活発に動き出す事態になっている。12月24日に開催された環境省の専門家会議では、専用水道などにおいて、これまで努力目標だったPFAS暫定基準値(1リットルあたり50ng)を超過する調査結果報告があり、2026年4月にも「水質基準」に引き上げ、定期的な検査などを水道法で義務化する方針が了承された。
ただ、本年6月に内閣府食品安全委員会の専門調査会がまとめたPFASの健康影響評価書(https://www.fsc.go.jp/osirase/pfas_health_assessment.html)によると、これまでの膨大なPFASに関する文献情報を専門家が解析した結果、PFASがヒトの健康に悪影響をもたらしているという明確な科学的根拠はない(証拠不十分)との結論に達している。ところが、この内閣府食品安全委員会のリスク評価結果に異論を呈する報道番組が、12月1日にNHKで放映されたので、SFSSはファクトチェックを実施したところだ:
『追跡”PFAS汚染”』⇒「不正確/ミスリード(レベル2)」
~NHKスペシャル(2024年12月1日放映)をファクトチェック!
SFSS ファクトチェック 2024.12.16
https://nposfss.com/fact-check/pfas_20241201/
このファクトチェック記事でも述べたところだが、全国各地で飲料水がPFASに汚染されていた事実がある限り、地域住民の血液検査でも、長期残留性の高いPFASが検出される可能性が高い。そうなると、自分自身の血中から検出されたPFASは、健康への悪影響があるのかどうか、という専門家によるリスク評価結果が気になるのは当然だ。
もしあなたの血液から「発がん性が疑われる化学物質が検出されました」と言われたら、「発がん性って本当なの?確かなエビデンスがあるんだよね?」と聞き返すだろう。実際に、岡山県吉備中央町では自治体による地域住民の血液検査が始まっている:
PFAS検出の岡山 吉備中央町 全国初 公費による血液検査始まる
NHK NEWS WEB 2024年11月25日
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241125/k10014648621000.html
そうなると、メディアはこのPFASの健康影響評価/リスク評価について、専門家による科学的根拠も踏まえた評価結果を正確に報道することが重要だ。なぜなら、将来特定の疾病になるかもしれない、というリスクコミュニケーションを行うためには、PFASのばく露量と当該疾病発症の因果関係が明確に証明されていなければならないからだ。もしその根拠が不明確なら、市民の不安を煽るリスクコミュニケーションは、公共性の高いマスメディアとして無責任と言わざるをえない。
今回の、環境省専門家会議によるPFAS規制の「水質基準」への引き上げを、メディアはどう報じたのか。PFASの健康影響に関する言説に対象をしぼって真偽検証したので、以下をご一読いただきたい。
なお、SFSSのファクトチェック運営方針/判定レーティングは、以下をご参照のこと
➡ https://nposfss.com/fact-check/02_operation_policy/
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<疑義言説1>
朝日新聞朝刊 2024.12.25.
「水道のPFAS検査義務化へ 環境省 目標値を「水質基準」に」
https://digital.asahi.com/articles/DA3S16113670.html
健康への影響が懸念される有機フッ素化合物(総称:PFAS)について、環境省は・・(後略)
<ファクトチェック判定> レベル0(正確)
<エビデンスチェック1>
PFASの健康影響について具体的な疾病名を暗示しておらず、ミスリードな言説ではない。
<疑義言説1に関する事実検証の結論> レベル0(正確)
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<疑義言説2>
産経新聞朝刊 2024.12.25.(共同通信配信)
「PFAS目標値超44件 専用水道調査 水質改善義務化へ」
https://news.yahoo.co.jp/articles/956f7c138ca800c4db9922d98626136d2340cc08
発がん性の指摘される有機フッ素化合物(PFAS)が全国で検出されている問題で・・(後略)
<ファクトチェック判定> レベル2(不正確/ミスリード)
<エビデンスチェック2>
PFASの健康影響について「発がん性」を暗示している反面、その科学的根拠を示していない。
また、本年6月に内閣府食品安全委員会の専門家ワーキンググループが健康影響評価を行い、健康への悪影響に関して十分な科学的根拠が見いだせなかったことを言及しないことはミスリードだ。
<疑義言説2に関する事実検証の結論> レベル2(不正確/ミスリード)
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<疑義言説3>
東京新聞朝刊 2024.12.25.
「PFAS水質検査義務 基準引き上げ了承 数値は据え置き」
「専用水道検査 実施2割 国の調査 実態把握不十分」
発がん性が疑われる有機フッ素化合物(PFAS)の一種、PFOSとPFOAについて、環境省は24日・・(中略)
欧米の基準値が厳格化され、世界保健機関(WHO)の専門組織がPFOAを「発がん性がある」と指摘。日本国内の水道水基準を厳しくするよう求める声が出ていた。(後略)
<ファクトチェック判定> レベル2(不正確/ミスリード)
<エビデンスチェック3>
PFASの健康影響について「発がん性が疑われる」と特定の疾病を暗示している。
また、PFASの「発がん性」に関する科学的根拠について、WHOの下部機関であるIARC(国際がん研究機関)の発がん性分類において、PFOAがグループ1(Carcinogenic to humans)と評価されたことをあげている。しかし。IARCの発がん性評価は、あくまで「ハザード評価」であって「リスク評価」ではない(農水省ウェブサイトを参照のこと)。タバコは「ハザード」だが、どのくらい吸ったら肺がんのリスクが無視できなくなるかは、リスク評価しないとわからない。
ではPFASのリスク評価はというと、本年6月に内閣府食品安全委員会の専門家ワーキンググループが健康影響評価を行い、健康への悪影響(疾病発症)をもたらすPFASの暴露量に関して、十分な科学的根拠は見いだせなかったとの理解だ。本記事では、この食品安全委員会によるリスク評価結果について、あえて言及せず、「発がん性がある」というIARCによるハザード評価結果のみを伝えるのはミスリードだ。
<疑義言説3に関する事実検証の結論> レベル2(不正確/ミスリード)
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<疑義言説4>
日本経済新聞朝刊 2024.12.25.
「PFAS検査義務付け 水道事業者などに 水質基準の対象」
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO85705890V21C24A2EA1000/
環境省は24日、健康への悪影響が指摘される有機フッ素化合物のPFASについて・・(中略)
PFASに含まれるPFOS とPFOAの2つの物質は有害性が指摘される。(後略)
<ファクトチェック判定> レベル0(正確)
<エビデンスチェック4>
PFASの健康影響について具体的な疾病名を暗示しておらず、ミスリードな言説ではない。
<疑義言説4に関する事実検証の結論> レベル0(正確)
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<疑義言説5>
毎日新聞朝刊 2024.12.25.
「PFAS水検査義務化へ 基準越えで改善措置 環境省26年春」
https://mainichi.jp/articles/20241225/ddm/001/040/101000c
環境省は24日、水道水に含まれる有機フッ素化合物(PFAS)の濃度を従来の暫定目標値から、水道法に定める「水質基準」に格上げする方針を決めた。(中略)PFASは1万種類以上あるとされる有機フッ素化合物の総称。代表的なPFOSとPFOAは発がん性などが指摘される。(後略)
<ファクトチェック判定> レベル2(不正確/ミスリード)
<エビデンスチェック5>
PFASの健康影響について「発がん性」を暗示している反面、その科学的根拠を示していない。また、本年6月に内閣府食品安全委員会の専門家ワーキンググループが健康影響評価を行い、健康への悪影響に関して十分な科学的根拠が見いだせなかったことを言及していないのはミスリードだ。
<疑義言説5に関する事実検証の結論> レベル2(不正確/ミスリード)
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<疑義言説6>
読売新聞朝刊 2024.12.25.
「水道基準にPFAS 水道 定期検査義務」
https://www.yomiuri.co.jp/shimen/20241225-OYT9T50034/
環境省は24日、発がん性が指摘される化学物質「PFAS」の一部について、2026年4月から、水道法上の「水質基準」の対象とすることを決めた。(中略)とくにPFASの一種「PFAS」「PFOS」は1万種類以上あるとされる有機フッ素化合物の総称。代表的なPFOSとPFOAは発がん性などが指摘される。(後略)
<ファクトチェック判定> レベル2(不正確/ミスリード)
<エビデンスチェック6>
PFASの健康影響について「発がん性」を暗示している反面、その科学的根拠を示していない。また、本年6月に内閣府食品安全委員会の専門家ワーキンググループが健康影響評価を行い、健康への悪影響に関して十分な科学的根拠が見いだせなかったことを言及していないのはミスリードだ。
<疑義言説6に関する事実検証の結論> レベル2(不正確/ミスリード)
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<疑義言説7>
NHK NEWS WEB 2024年12月24日 19時45分
「PFAS“水質検査と基準超の場合の改善”義務化へ 環境省」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241224/k10014677221000.html
一部の物質が有害とされる有機フッ素化合物のPFASについて、環境省は、水質検査をはじめ、基準となる数値を超えた場合の改善を法律で義務づける方針を決めました。(中略)
有機フッ素化合物の「PFAS」のうち「PFOS」と「PFOA」の2つの物質は有害性が指摘されていて、国は4年前(2020年)、2つの物質の合計値を水道水1リットルあたり50ナノグラムとする「暫定目標値」を設定しましたが検査などの法的な義務づけはありません。(中略)
しかし、発がん性が報告されるなど有害性があるとして、国内では2021年までに輸入や製造が禁止され、2023年には事故などで外部に流出した際の自治体への届け出が義務づけられました。(後略)
<ファクトチェック判定> レベル2(不正確/ミスリード)
<エビデンスチェック7>
PFASの健康影響について「発がん性」を暗示している反面、その科学的根拠を示していない(ニュース番組の動画においては「発がん性」を言及していない)。また、本年6月に内閣府食品安全委員会の専門家ワーキンググループが健康影響評価を行い、健康への悪影響に関して十分な科学的根拠が見いだせなかったことを、あえて言及していないのはミスリードだ。
<疑義言説7に関する事実検証の結論> レベル2(不正確/ミスリード)
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上記の通り、新聞6紙とNHKが、PFASの健康影響についてどう報じたかをファクトチェックしたわけだが、本年6月に内閣府食品安全委員会の専門家ワーキンググループがPFASの健康影響について、科学的根拠が不十分としたことを、いづれのメディアも報じなかったのは残念だ。またPFASの「発がん性」が指摘されているとしながら、どのくらいの暴露量で具体的な健康被害が生じるのか、というリスク評価の科学的根拠も示されていないのは問題だ。
なお、これまで国が水道について努力目標として設定していたPFASの「暫定目標値」(1リットルあたり50ng)に関して、生涯にわたって毎日飲み続けても健康被害が出ない含有量(耐容上限量)と言及した記事も一部認められたが、この目標値は安全基準ではなく、あくまで管理基準であり、この値を超えたら直ちに発がん性が懸念されるわけではない、ということの説明がないのも不親切だ。
その証拠に、PFASが「暫定目標値」から「水質基準」に格上げされて、水道検査が法律で義務化されるのは15か月も先であり、もし「暫定目標値」が安全基準であれば、全国各地の専用水道で「暫定目標値」を超過しているのに、そんな悠長なことは言っていられないはずだからだ。
前回のファクトチェック記事でも述べたように、現時点でPFAS汚染が直接的原因の健康被害は認められていないと、食品安全の専門家たちが評価しているので、PFAS問題は安全の話ではなく、あくまで安心の話(健康影響がなくても、血中から不要な有機フッ素化合物が検出されるのは嬉しくない)と、冷静にとらえるべきだろう。今回、PFASを水質基準に格上げすることを環境省が決定したのも、地域住民の安心のためであり、各自治体は水道のPFAS汚染対策を粛々と実行してほしいところだ。
(初稿:2024年12月30日8:00)
*SFSSファクトチェックの運営方針・判定基準はこちら。
*SFSSの組織概要はこちら
【文責:山崎 毅 info@nposfss.com】