一般社団法人日本ジビエ振興協会

常務理事・事務局長
鮎澤 廉

■国産ジビエの安全な流通と消費拡大を目指して

国産ジビエの活用の広がり
 「ジビエ」は狩猟対象の野生鳥獣やそれらを使った料理を指します。ヨーロッパでは貴族が自分の領地で狩猟し、お抱え料理人に調理をさせていたといいます。日本でも縄文時代の遺跡からシカ肉とドングリのハンバーグ状の食べ物が出土したり、貝塚から猪の骨が発見されたりしています。
 長い間狩猟者が自ら味わう、またはその周辺の人がおすそ分けしてもらう特別な味覚だったジビエ。しかし、現在はシカやイノシシの個体数が全国で激増して農林業への被害が深刻化しているため、個体数調整のための捕獲が積極的に行われています。尊い命を奪わざるを得ないなら、無駄なく食べて生かす、また地域資源として活用するという動きは全国に広がっています。
 弊会はシカやイノシシを食肉として流通させるために必要な知識や技術を伝えたり、ジビエの加工・流通に携わる会員のサポートをしたりという業務を行っています(画像1)。

ジビエを安全においしく味わう
 2014年にはジビエを食品として安全に取り扱うために「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」が厚生労働省によって示されました。捕獲・加工・流通・販売・調理の過程における衛生管理方法が記されていて、捕獲者、解体処理をする食肉処理施設、流通販売に携わる事業者、調理師はガイドラインに沿った取扱いをする必要があります。食肉処理施設もHACCPの考え方に沿った衛生管理を行わなければなりませんが、現場の方々がなかなか衛生管理に関する情報に触れる機会がないのが実情で、弊会では「小規模なジビエ施設向けHACCPの考え方を取り入れた衛生管理のための手引書」を発行し、それに基づいた衛生管理講習なども行っています。
 調理の現場で特に気を付けなれればならないのは、加熱の温度です。シカやイノシシは病原微生物への感染リスクを避けるため、「肉の中心温度が75℃に達してから1分間またはそれと同等以上の加熱」が必要です。地域によってはシカやイノシシを生食する文化が長く根付いているところもありますが、さまざまな細菌や寄生虫の感染リスクが明らかになっていますから、必ずそれらが死滅する上記の加熱温度を守ることが大切です。
 調理をする方々からは75℃でジビエの肉を焼いたら加熱し過ぎでパサつき、おいしくなくなってしまうという声もあります。そこでポイントとなるのが、「それと同等以上の加熱」です。加熱温度と加熱時間の相関図に示していますが、70℃なら3分、69℃なら4分、68℃なら5分といった具合に温度を低くした分、加熱時間を長くすることによって、病原微生物が死滅する加熱温度を確保するという方法です。65℃以下では死滅しないものがあるため、65℃以上で加熱することとされています。
 西洋料理では血液や内臓を使った伝統料理も多いものですが、現在厚生労働省ではそれらの喫食を推奨していません。病原微生物の感染リスクも非常に高く、安全性に関する根拠がないためです。血液は家畜の場合でも厳しい管理基準が設けられた中で採取することが定められていますので、屋外で仕留めるシカやイノシシの血液を衛生的に食材として確保することはとても難しいと考えられます。珍しい食材を取り扱いたい気持ちはわかりますが、まずは安全性を確認できる食材を取扱うのが調理の基本ですから、シカやイノシシの血液や内臓の取扱いは我慢しておいてください(資料1)。

肉質の特徴と栄養
 野生動物は野山を駆け巡っていますから、家畜に比べて筋肉質です。従ってたんぱく質が豊富です。イノシシは秋から冬にかけて分厚い脂肪がつきますが、脂の性質として口どけの良い不飽和脂肪酸の含有率が高いため、脂身がさっぱりと感じられます。一方でシカの脂は融点が低くボソボソとして口どけはあまりよくありませんので、大抵脂は取り除いて販売されています。
 シカもイノシシも鉄分、ビタミンB2、B12、亜鉛などのミネラル成分が非常に多く含まれています。運動で多くの栄養を失いやすいスポーツ選手や成長期の子供はもちろん、食事の量が少ないため栄養素を効率よく摂取したい高齢の方にもおすすめです。シカやイノシシの骨から取ったスープは各種アミノ酸が豊富に含まれ、効率よく栄養素を取り入れることができます。何よりホッとする滋味深い味わいなので、ぜひ一度味わっていただきたいです。また、多くの人がシカやイノシシの摂取経験が少ないため、食物アレルギーが現れにくいとも言われています(資料2)。

ジビエ取り扱いの知識の普及を
 SDGsをキーワードに企業給食でのジビエメニューの広がりも見られます。ジビエを食べることで地域課題の解決に貢献し、SDGsの取り組みで掲げられるいくつものゴールやターゲットの実現に近づくことができるというのがジビエメニュー採用の理由です。同様の考え方で、東京都心のさまざまな企業がジビエをテーマにしたイベントを開催したり、関連の飲食店でジビエフェアを実施したりという取り組みが広がっています。
 残念ながらそういったイベントでジビエの加熱不十分による食中毒が発生する事例も聞きます。魅力いっぱいのジビエですから、安全に普及させるため、今後もそういった情報発信を続けていきたいと考えています。

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