2018年4月から10月にかけて食のリスクコミュニケーションを
テーマとしたフォーラムを4回シリーズで開催いたしました。
毎回50名~60名程のご参加があり、3人の専門家より、
それぞれのテーマに沿ったご講演をいただいた後、
パネルディスカッションでは会場の参加者からの
ご質問に対して活発な意見交換がなされました。
◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2018
【テーマ】『消費者市民のリスクリテラシー向上につながるリスコミとは』
【開催日程】
第1回 2018年4月15日(日)13:00~17:50
第2回 2018年6月24日(日)13:00~17:50
第3回 2018年8月26日(日)13:00~17:50
第4回 2018年10月28日(日)13:00~17:50
【開催場所】東京大学農学部フードサイエンス棟 中島董一郎記念ホール
【主 催】NPO法人食の安全と安心を科学する会(SFSS)
【後 援】消費者庁、東京大学大学院農学生命科学研究科食の安全研究センター、一般社団法人食品品質プロフェッショナルズ
【参加費】3,000円/回
*SFSS会員、後援団体関係者、メディア関係者は参加費無料
<第1回> 2018年4月15日(日)『市民の食の安心につながるリスコミとは』
【プログラム】
13:00~14:00 『消費者の誤解は量の概念の不足から』
長村 洋一(鈴鹿医療科学大学)
14:00~15:00 『市民のリスク認知とリスクリテラシー』
田中 豊(大阪学院大学)
15:00~15:20 休憩
15:20~16:20 『安全と安心の関係をもう一度考えよう』
関澤 純(食品保健科学情報交流協議会)
16:20~17:50 パネルディスカッション
『市民の食の安心につながるリスコミとは』
進行:山崎 毅(SFSS)、パネラー:各講師
18:00~19:30 懇親会
長村洋一先生
田中豊先生
関澤純先生
*講演要旨ならびに講演レジュメは以下のとおりです:
① 長村 洋一(鈴鹿医療科学大学)
『消費者の誤解は量の概念の不足から』
合成保存料、合成着色料、化学調味料、人工甘味料は4大添加物として多くの消費者から嫌われている。「人工甘味料で脳障害に!」といったブログの記事を読んでみるとなんとフェニルアラニン、アスパラギン酸がその主犯物質とされている。「頭に影響する」として問題視されており、国際頭痛学会も問題物質として記載していた「モノソジウムグルタメート」をシステマティックレビューにより問題ないことを明らかにし、そのリストから本年1月に削除させることに成功した。すべては量の概念のないことに起因する誤解であるが、種々の観点から量の概念の重要性に関する話題を提供させて頂く。
② 田中 豊(大阪学院大学)
『市民のリスク認知とリスクリテラシー』
遺伝子組換え食品や食品添加物、あるいは放射線などのリスクについて、専門家と市民との間で、その判断や認知に大きなギャップが生じている。本講演ではその理由について、人間が生来的に有しているリスク認知の特徴とリスクリテラシーの不足、の 2 つの点から解説する。市民の感情や行動は、リスクの客観的判断ではなく、心理的・主観的、あるいは直感的判断であるリスク認知に基づいて決定される。リスクリテラシーとは、リスクを適切に判断して行動する上で身につけておくべきリテラシーのことである。今後の良識ある市民として、リスクリテラシーを身につけることが求められている。
③ 関澤 純(食品保健科学情報交流協議会)
『安全と安心の関係をもう一度考えよう』
安全と安心の関係について様々言われてきた。安全は科学的、技術的、あるいは実務や行政的な考慮の上になりたっている。安心は各人や社会の持つ価値観と経験の蓄積、立場や状況に支えられている。安全なものを危険と考えたり、危険なものを安心することは避けるべきだが、両者の根拠が異なり、それぞれ理由があることを理解しないと行き違いが生じ、自分に分かりやすい解釈から問題解決を図ろうとし、うまくいかない場合もある。安全性評価に永年携わってきた者として、その根拠や意味について解説するとともに、リスク研究にも永年関わる者として、人や社会の判断の根拠と持つ意味についても事例を挙げて考察する。
<第2回> 2018年6月24日(日)『残留農薬のリスコミのあり方』
【プログラム】
13:00~14:00 『リスクアナリシスで考える残留農薬』
畝山 智香子(国立医薬品食品衛生研究所)
14:00~15:00 『食品企業の品質保証とリスコミ ~ウーロン茶葉の残留農薬品質保証を事例として~』
冨岡 伸一(サントリーマーケティング&コマース(株))
15:00~15:20 休憩
15:20~16:20 『毒性評価の現場からリスク・コミュニケーションを考える』
青山 博昭(一般財団法人残留農薬研究所 業務執行理事・毒性部長)
16:20~17:50 パネルディスカッション
『市民の食の安心につながるリスコミとは』
進行:山崎 毅(SFSS)、パネラー:各講師
18:00~19:30 懇親会
畝山智香子先生
冨岡伸一先生
青山博昭先生
*講演要旨ならびに講演レジュメは以下のとおりです:
① 畝山 智香子(国立医薬品食品衛生研究所)
『リスクアナリシスで考える残留農薬』
食品はもともと無条件に安全なものではなく、食品の安全性はリスクアナリシスにより確保されるがこのことが広く国民に浸透しているとは言い難い。また食品安全以前に十分な量の食品を確保すること(食糧安全保証)が必要である。農薬については食品添加物と並んで消費者が食品中に存在して欲しくないと認識しているものの代表例である。リスクアナリシスで考える残留農薬の安全性 と、消費者が認識している安全性とのギャップについて検討してみたい。
② 冨岡 伸一(サントリーマーケティング&コマース(株))
『食品企業の品質保証とリスコミ ~ウーロン茶葉の残留農薬品質保証を事例として~』
社内若手へのヒアリングで約30%が「リスク=危険」と応えた。そして「リスクがある、あるいは、リスクがない」という会話が交わされている。このように食品企業の社内リスコミも必要なのが現状であり、お客様へのリスコミはさらに重要なものと考えている。「農薬」「食品添加物」「遺伝子組換食品」 などが多くのお客様に不安を与えるという社内認識に基づき 2007 年末のギョーザ事件以前は、たとえ 安全性を説明しようとしても「農薬」という言葉はHPなどで使用不可であった。 サントリーは 2006 年の残留農薬ポジティブリスト化対応として中国産ウーロン茶葉の残留農薬分 析センターを設立。日本向け茶葉の全ロット分析によるお客様へのアカウンタビリティ体制を整えた が、社外訴求ができたのは 2008 年からである。幸いにも 2012 年の 30 社以上 100 製品以上に及んだ ウーロン茶葉・製品の大回収での影響は無かった。この結果を導いたのはリスク認識・リスク低減活動
である。日本向け茶葉分析のみならず中国国内の茶葉の分析や茶葉生産者(農家・加工者)の調査・指 導など地道なリスク低減の取り組みを紹介する。
③ 青山 博昭(一般財団法人残留農薬研究所 業務執行理事・毒性部長)
『毒性評価の現場からリスク・コミュニケーションを考える』
実験動物を用いて農薬の毒性評価に取り組んでいる私たちには,少なからぬ数の市民が様々な農産物の安全性に漠然とした不安を抱いているとの指摘を受けたり,無農薬栽培された野菜が生産コストを度外視して称賛されているとの情報に接したりするたびに,何故そのようなことになるのかとの疑問が湧く。その理由は未だ私たちにも分からないが,メディアや市民に対して私たち専門家が毒性評価の実態を十分に説明できていないことも一因かもしれない。今回のセミナーでは,農薬の毒性評価やその結果に基づくリスク評価の実情を可能な限り平易な言葉で説明して,農薬の安全性に 関する市民の疑念が少しでも晴れるよう努めたい。
<第3回> 2018年8月26日(日)『原料原産地のリスコミのあり方』
【プログラム】
13:00~14:00 『食品表示はどうあるべきか』
井之上 仁(日本生活協同組合連合会)
14:00~15:00 『複雑な原料原産地表示は、消費者・生産者の利益になるか』
中村 啓一(公益財団法人食の安全・安心財団)
15:00~15:20 休憩
15:20~16:20 『「安全情報」と「安心情報」の切り分けが重要だ』
山崎 毅(NPO 法人食の安全と安心を科学する会(SFSS))
16:20~17:50 パネルディスカッション
『市民の食の安心につながるリスコミとは』
進行:山崎 毅(SFSS)、パネラー:各講師
18:00~19:30 懇親会
井之上仁先生
中村啓一先生
山崎毅理事長
*講演要旨ならびに講演レジュメは以下のとおりです:
① 井之上 仁(日本生活協同組合連合会)
『食品表示はどうあるべきか』
日本生活協同組合連合会は、各地の生協や生協連合会が加入する全国連合会であり、その組合員総数は約2800万人にもなり「日本最大の消費者組織」といえます。また、食を中心に、ふだんのくらしへの役立ちをより一層高めることを目的として、現在、約4000アイテムもの CO・OP 商品を展開しています。食品表示については組合員が商品を「選ぶときに役立つ」表示であることなどの「原則」を1982年にさだめ、独自の取り組みを行ってきました。「消費者組織」および「商品事業」の両方の側面から、最近の食品表示をとりまく状況含め、食品表示はどうあるべきかについて考えたいと思います。
② 中村 啓一(公益財団法人食の安全・安心財団)
『複雑な原料原産地表示は、消費者・生産者の利益になるか』
「消費者が必要とする情報をわかりやすく正確に伝える」ことは、事業者の責務であり、食品表示は有効な情報伝達手段となる。表示された内容は適切で正確であることが絶対条件となるが、全ての加工食品に表示を義務付けることを前提とした「食品表示基準」の改正は、「わかりやすく正確」という食品表示の原点に立ち戻った場合、多くの問題を提起しているといわざるを得ない。消費者庁は、全ての加工食品に原料原産地に関わる何らかの表示をさせるための方策として、輸入等の大括り表示や中間加工品の製造地表示など様々な例外規定を設けたが、これは食品表示の基本である情報の正確性を犠牲にすることとなり、消費者だけでなく事業者をも混乱させる懸念がある。
③ 山崎 毅(NPO 法人食の安全と安心を科学する会(SFSS))
『「安全情報」と「安心情報」の切り分けが重要だ』
「食の安全」情報とは、これを見間違えることによりすべての消費者または一部の脆弱な消費者に対して健康被害が起こりうるリスク情報という意味であり、その逆に「食の安心」情報とは見間違えてもそれに直接起因する健康被害が起こりえないもので、消費者の主観的・合理的選択に資するための表示情報という意味である。この度すべての加工食品(輸入品除く)を対象として原料原産地表示が義務化されたわけだが、これらが明らかに「食の安心」情報であることから、消費者市民への不信 感をまねかないようなスマート・リスコミを食品事業者に期待したい。
<第4回> 2018年10月28日(日)『遺伝子組換え作物のリスコミのあり方』
【プログラム】
13:00~14:00 『リスクのないリスコミは難しい』
小泉 望(大阪府立大学 生命環境科学研究科 教授)
14:00~15:00 『遺伝子組換え食品の表示をめぐる課題』
佐々 義子(くらしとバイオプラザ 21 常務理事)
15:00~15:20 休憩
15:20~16:20 『新しいテクノロジーの受容はいかに進むか―国民の理解は必要か?』
小島 正美(食生活ジャーナリストの会 代表幹事)
16:20~17:50 パネルディスカッション
『市民の食の安心につながるリスコミとは』
進行:山崎 毅(SFSS)、パネラー:各講師
18:00~19:30 懇親会
小泉望先生
佐々義子先生
小島正美先生
*講演要旨ならびに講演レジュメは以下のとおりです:
① 小泉 望(大阪府立大学 生命環境科学研究科 教授)
『リスクのないリスコミは難しい』
日本は大量の遺伝子組換え作物を輸入、消費している。
科学的には遺伝子組換え食品に対する安全性に問題があるとは考えられず、遺伝子組換え作物の消費が始まって以来20年以上が経つが明確な健康被害は報告されていない。しかし、消費者の遺伝子組換え食品に対する忌避感は根強い。一日摂取許容量のような値が設定できないためリスクを明示できず、遺伝子組換え食品の安全性に関する不安の払拭は却って難しい。
遺伝子組換え食品に関する議論は往々にして食品の安全性ではなく遺伝子組換え作物の農業形態への影響などへと飛躍する。
遺伝子組換え作物について概説するとともに、遺伝子組換え食品に対する消費者の様々な懸念について紹介する。
② 佐々 義子(くらしとバイオプラザ 21 常務理事)
『遺伝子組換え食品の表示をめぐる課題』
2017年度、消費者庁は遺伝子組換え食品の表示見直しを検討した。
消費者団体は、義務表示の対象食品の拡大と、「遺伝子組換えでない」表示と遺伝子組換え原料混入の実態との乖離解消を求めていた。対象拡大はなく、検出限界以下のときだけ「遺伝子組換えでない」と表示することが決まった。
現在、5%以下の場合、どのような表示が適切か議論されている。
日本は、遺伝子組換え原料を飼料や食用油として大量に輸入・消費しているが、その事実が十分に浸透していない。組換え原料の危険性の警告表示と誤解している人も多い。
どんな表示やコミュニケーションが必要かをご一緒に考えたい。
③ 小島 正美(食生活ジャーナリストの会 代表幹事)
『新しいテクノロジーの受容はいかに進むか―国民の理解は必要か?』
「新しいテクノロジーを普及させるためには、国民の多数の理解が必要」というのは本当だろうか。
さまざまなリスクコミュニケーションは、結局のところ、国民の理解度を高める目的で行われているが、仮に国民の7割が「理解した」「まあ理解した」と答えたとしても、はたして、それで新しいテクノロジーは普及するのかといえば、過去の歴史を見れば、そういう理解度と普及に関連はない。
米国でGM作物が1996年から栽培されているが、これは米国民の理解が高かったからではない。むしろ、現在のほうが反対運動が高まっている状況を見れば、米国でまず普及したのは、企業が思い切ってモノを生産・販売し、生産者がそのメリットに気づき、普及させたに過ぎない。
反対はあっても、モノをつくる人と消費する人がメリットを享受して、お互いに共存すれば、テクノロジーは徐々に普及していく。
どの時代にも新しいテクノロジーだった飛行機、車、ワクチン、農薬、日本のGM作物、スマホ、BSE検査、食品添加物、照射食品の分野でどのような経過をたどったかを検証し、普及させるために何が必要かを議論したい。
(文責・写真撮影:miruhana)