いま一度「リスク」を考える~回避すべきリスクかどうか、誰がどう決めるべき?~

[2019年7月26日金曜日]

“リスクの伝道師”SFSSの山崎です。本ブログでは、毎月食の安全・安心に係るリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方を議論しておりますが、今月はいま一度、原点に戻って「リスクって何だろう?」「回避すべきリスクかどうか、誰がどう決めるべき?」という重要な命題について議論したいと思います。まずは、筆者が会員として所属している「日本リスク学会(旧”日本リスク研究学会”)が最近出版された「リスク学事典」についてご紹介したい:

「リスク学事典」日本リスク研究学会 編、
発行元:丸善出版、発行年月:2019年06月
https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/b303332.html

<丸善の解説文より>
人文科学、自然科学、社会科学など多様な分野のリスクに対峙してきたリスク学は、それぞれの学問分野ごとに独自のリスク概念が取り上げられてきた経緯から、これまで単一の学問体系は存在していなかった。しかし、世界の相互接続性、相互依存性の高まりから異なるリスク同士の結合も例外ではなく、それらを横断的に俯瞰できる試みが求められるようになってきた。
本事典は、中項目事典の体裁をとることで、それらリスク学を構成する各分野の相互連関性を分かりやすく把握できる。また、東日本大震災、リーマンショック、女性や性的マイノリティの社会的排除など、現代的な問題に起因するリスクも大々的に扱った章立てとなっている。一人ひとりの市民が様々なリスクに直面する現代にあって、その把握し共生していくための必読書である。

筆者も、これまでずっと食の安全・安心に係るリスクを議論していく中で、「リスク学」を知ることの重要性を痛感しており、自然科学の知識だけでは明らかに解決しない社会問題をどう解き明かしていくのか、ポイントはそこにあるのではないかと考えている。その意味で本書籍をよく参照しながら、次のリスク対策を考察することによって、種々の社会問題を解決するためのオプティマルな選択肢=「最善手」を選ぶことが可能ではないか。まったく回避する必要のない小さなリスクを恐れて、もっと大きなリスクを選ぶことで事故/健康被害に遭ってしまう、いわゆる「リスクのトレードオフ」もその一例だ。

身近なトピックスでは、たとえばスポーツの世界でも、常に「リスク」の大小を評価しながら、次のリスク低減策をどう打つべきか、決断しなければならない状況が度々おとずれる。いま大きな話題となっているのが、高校野球の岩手県予選決勝戦で起きた問題だ:

大船渡に苦情殺到「何で佐々木を投げさせない」職員対応に追われる
7/26(金) 15:40配信 Yahooニュース(デイリースポーツ)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190726-00000092-dal-base

高校野球の地方決勝戦なので、甲子園への出場決定という喜びと悲しみが入り混じった報道で盛り上がるのはよくあることだが、今回の問題はなぜかTVのワイドショーでも度々とりあげられ、スポーツ界にくわしい著名人たちが、賛否両論を繰り返す理由のひとつは「リスク」ではないかと筆者は考えた。

この岩手県大船渡高校3年でエースの佐々木朗希(ささき・ろうき)投手は、高校生離れした160km/h以上の速球を投げることで一躍有名になった選手で、当然日本プロ野球だけでなく、メジャーリーグ(MLB)も注目するアスリートなのだが、せっかくあと1勝でチームは甲子園進出がかかっていた岩手県大会決勝戦に、なんと出場すらしなかった、というのだ。チームは2-12で花巻東に大敗し、選手たちは泣き崩れた。結果として、佐々木投手は大事な肩や肘を故障する「リスク」を回避したことになるのだが、その代償も非常に大きかった。

スポーツ・ジャーナリストたちも、すぐにこの問題をとりあげて論説している:

佐々木朗希の登板回避が示すこと。球数制限と日程変更は絶対に必要
Sports Graphic Number WEB 7/26 鷲田康 コラム”プロ野球亭日乗”
https://number.bunshun.jp/articles/-/840150

登板回避はこの日の朝に国保陽平監督が決断したという。
「投げられる状態ではあったかもしれませんが、私が判断しました。理由としては故障を防ぐため。(決断の理由は)球数、登板間隔、気温です。今日は暑いですし、(回避に)特に悩みはなかったです」
監督の決断を聞いた佐々木は笑顔で「分かりました」と答えたという。

同監督の説明によると、この日の佐々木の状態は張りがあったようだが、特に身体に痛みがあったわけではなかった。しかし7月21日の盛岡四戦で延長12回完投で194球を投げ、前日の一関工との準決勝でも再び129球を投げている。すでに4日間で323球を投げ、決勝のマウンドに立てばもちろん連投だ。
本人の肉体的なダメージや、この日の30度を超える天候など周辺状況も考慮しての決断だった。

「リスク」とは、「将来どのくらい危ないか」「将来の危うさ加減」「やばさ加減」など、いろいろな表現をされるものの、少なくともいまが危険という意味ではない。たとえば、現在メジャーで活躍する大谷翔平や菊池雄星も岩手県が生んだ素晴らしいプロ野球選手だが、高校時代から160km/hの速球を投げすぎて肩を壊し、将来を棒に振ったというような悲劇がもし過去に起こっていたら、おそらく今回の事例は「たしかに大きなリスクなので仕方ない」として、国保監督が非難されることもあまりなかったのではないか。だが、これまで同様の事故が起こっていなかったとしても、そこにある「リスク」が大きいのか小さいのかを評価判断するのは、ずっと佐々木投手を指導してきた国保監督と佐々木投手本人しかいないであろう。

上述の記事の詳細をみるかぎり、国保監督が佐々木投手の将来を考えて、故障のリスクを回避したのは妥当と考えるスポーツ関係者も多いようだ。過去に球数を投げ過ぎたり、何試合も連投して故障した経験のある一流のプロ選手/元プロ選手たち(桑田、松坂など)も国保監督の今回の決断を称賛しているようだ。

やはり、球数制限に関して非常に厳しい管理をしているMLBの科学的リスク管理手法について、理解している専門家ならではのリスク評価なのだろう。たしかに、高校野球の夏場の試合日程が、エースピッチャーの肩に大きな負担となっていることは、間違いのないリスクと評価して、改善の余地がありそうだと賛同するところだ。

ただ、筆者はこのような専門家たちの見解に、あえて「リスク」の観点から反論したいと思う。なぜなら、大船渡高校野球部にとってのリスクとベネフィットを天秤にかけたときに、佐々木投手の肩や肘の故障の「リスク」はあくまで彼個人の将来に関するものであり、チームの選手たちにとっては憧れの甲子園出場という将来の勲章を失う「リスク」のほうが大きいように思うからだ。佐々木投手は、本当にチームメートたちが甲子園に行けない「リスク」と自分の肩の故障の「リスク」を天秤にかけて、前者を選んだのだろうか?

国保監督も、佐々木投手の将来性を奪ってしまう故障の「リスク」よりも、佐々木投手ぬきのチームでも甲子園出場を決めるくらいのチーム力がなければ、いまの過酷な夏場の試合日程は乗り切れないとの判断をされたのだろう。それはそれとして監督がきめることなので、そのリスク評価と判断を責めることはできない。しかし、岩手県決勝戦でチームメートと自分の夢をかけたベネフィットのために、肩の故障により将来のプロ志望のチャンスを失うリスクがあるけれども、「リスクテイクするかどうかは自分で決めなさい」と、佐々木投手本人にリスク判断をゆだねてもよかったのではないか。

高校生にはそのリスク判断は無理だよと言われるかもしれないが、では桑田・松坂・田中まーくんたちが、もし同じ状況におかれて監督からきかれたら、甲子園をあきらめて登板を回避したとは思えない。おそらく、肩がこわれてでも、チームメートたちとの夢をかなえるために、「そのリスクはとります!」と元気よく答えたのではないかと想像する。そのくらいのリスクをとらない投手は、チームのエース級に育たないのではないか。

筆者は、それでも佐々木朗希投手にはMLBで完全試合を達成するようなスーパースターになってほしいと思うし、そうなれば甲子園に行けなかったチームメートたちも生涯自慢できる逸話になることだろう。リスクに関する議論は、いろいろな不確実性を含むため正解はないが、市民にとって大切なものを失うような大きなリスクは、できるだけ避けていけるよう、リスクの大小を今後も冷静に比較していけるよう、啓発活動を続けていきたいと思うところだ。

以上、今回のブログでは「リスク回避を誰がどう決めるべきか」について、スポーツの話題で議論しました(食のリスクでなく、申し訳ありません)。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションのあり方を議論するイベントを継続的に開催しております(参加費は3,000円/回ですが、どなたでも参加可能)ので、ご参照ください:

◎SFSS食の安全と安心フォーラム17 (7/28)
『食物アレルギーのリスク管理と低減化策に関するフォーラム・IV』

http://www.nposfss.com/forum17/

◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2019(4回シリーズ)
第3回:「メディアからの食のリスコミのあり方~市民のリスク誤認をどう解消する?」(8/25)

http://www.nposfss.com/riscom2019/

【文責:山崎 毅 info@nposfss.com

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