シンポジウム聴講レポート

[2012年1月29日(日)]

食の安全と安心フォーラムⅣ「食の放射能汚染と健康影響について科学する」

NPO食の安全と安心を科学する会 理事長 山崎 毅

◎オーバービユー <局 博一 東京大学 教授>

昨年起こった福島原発事故は、放射能汚染が広範囲であること、農水畜産物への放射性物質の移行や濃縮がわかっていないこと、低線量放射線の健康リスクが難解であることなど、これまでの食の安全の問題とは様相が異なる。国民はそこに不安を感じているので、本シンポジウムでは専門家から科学的知見やご意見を伺い、議論する。

◎低線量放射線の健康リスク <甲斐 倫明 大分県立看護科学大学 教授>

 国際放射線防護委員会(ICRP)、文部科学省放射線審議会の委員である甲斐先生が、いま一番市民にとって関心の高い低線量放射線の健康影響について、現在までにわかっている知見と理論を解説された。

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 まず、放射性カリウム(K40)、放射性セシウム(Cs134,Cs137)を例に「線量」という重要な放射線のモノサシについて解説された。普通にわれわれの体内にも常時K40が4000ベクレル(Bq)存在し、線量をモノサシにしてみればK40もCs137も同じである(1秒間に1個の放射線を放出する場合の線量が1Bq)。また、生体が受ける放射線量をミリシーベルト(mSv)であらわし、人間の自然被曝量は世界平均で年間2mSv。細胞が放射線被曝を受ける状況はこの程度であれば相対的に低いことが示された。

放射線防護では放射線による健康影響を確定的影響と確率的影響に分類する。確定的影響とは非常に高い線量(500mSv、1000mSvなど)を一度に被曝した場合に生じる健康障害(造血障害、脱毛など)で、今回の原発事故で一般市民(福島県民も含む)が被曝した放射線量であれば、問題となるのは確率的影響(がんや遺伝的影響)の方になる。

放射線被曝による確率的影響としての発がんリスク上昇については広島・長崎の原爆被爆者の詳しいデータがある。これは一度に高い線量を被曝した場合だが、10代で被曝した場合は30代で被曝した場合に比べて若いうちの発がんリスクが約2倍になるというデータがあり、若いヒトほど放射線の影響を受けやすいことがわかっている。ただ、今回の原発事故のように低線量で長期的に被曝した事例がないかというと、ヒトでの疫学データとして、旧ソ連のテチャ川でのプルトニウム汚染事故やインドでの事例があり、いまも調査が続いている。また環境研究所(青森県六ヶ所村)では低線量長期被曝の動物実験結果が発表されている。これらの低線量放射線による確率的影響を解析した結果から、100mSv以下での発がんリスクは認められていない。

チェルノブイリでは甲状腺がんが増えているが、これは牛乳の放射性ヨウ素汚染を見逃していたことにより被曝した子供たちに影響が出たもので、今回の福島原発事故では放射性ヨウ素をいち早くモニタリングし、半減期が短いこともあって、解決済みであろう。チェルノブイリでも甲状腺がん以外のがんは増えていない。米国やソ連が大気圏内での核実験を行っていた1960年ごろは、普通に放射性Csが空から降っていたし、チェルノブイリ事故の後も同じ状況であったことを考えると、それによる発がんリスク上昇は認められていない、もしくは仮にあったとしても検出は無理であろう。

また、内部被曝は外部被曝にくらべてより健康影響が深刻であるとの情報をよく目にするが、理論的には細胞が受ける放射線量に比例してDNAが障害されるので、発がんリスクは内部被曝も外部被曝も放射線量がおなじであれば同等との原理が示された点は注目に値する。

放射線の確率的影響である発がんリスクは宝くじ理論で考察できるが、宝くじと放射線が違うのは、宝くじは買った瞬間に的中かどうかの運命が決まるが、放射線による発がんは被曝した後の生活習慣によって変えられるところが違う。すなわち低線量放射線よりも発がんリスクに大きな影響を与える喫煙や野菜不足の食事などを制御するほうが優先順位として高いので、そちらに投資すべきとの考察がされた。

◎福島原発事故による放射能汚染に関する農学部の研究プロジェクトについて

<中西 友子 東京大学 教授>

福島原発事故以降、東京大学大学院農学生命科学研究科では、作物、土壌、畜産、水産、などの分野ごとのグループを設け、各専攻や附属施設の教員が参加して、被災地について役立つ研究を続けており、そのプロジェクトの責任者として中西先生に進捗をご紹介いただいた。

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例えば、おコメを生育させていた自然環境問題を考察するに当たり、イネのみならず、水田土壌の専門家、雨水や地下水など水の水利の専門家、放射線測定の専門家など多種多様な専門家が集まって議論を重ねることにより、初めて自然の営みに根ざす農業を解いていくことができる。土壌でいうと、放射性セシウムの汚染は地表面から5cm以内に集中しており、イメージとしては花粉などと同じように空中を飛散して拡散することが推測された。それを考えると、果物などは空中をまっている放射性物質が実や枝や幹の表面に付着するほうが問題であって、根から移行する可能性は低いと考えられる。また、福島の小学校などで屋内にいてもマスクを着用したりするが、それは不要と思われた。

研究科では、農作物については、福島県農業総合センターとの共同研究を始めとして、東京都の田無の農学部附属生態調和機構の圃場での研究や個別の農家の方と一緒になった研究も進めている。畜産物については農学部附属牧場のみならず、4か所のシバヤギ実験サイトを、また魚貝類の調査は茨城県で、また鳥類や昆虫の調査はかなり広いフィールドを対象に行っている。

◎原発事故による畜産物の放射能汚染:乳牛における放射性セシウム動態を中心に

<眞鍋 昇 東京大学 教授>

上記の中西先生がリーダーをされた東京大学大学院農学生命科学研究科のプロジェクトの一環として、茨城県の東京大学付属牧場で実施された牛乳への放射能汚染の影響を報告された。本件については、当NPO季刊誌のバックナンバー(03号)に掲載しているので参照されたい。

◎牛肉の放射能汚染に対する消費者の意識と行動

<細野 ひろみ 東京大学 准教授>

011年は牛肉の安全性やそれをめぐる消費者の関心を集める問題が多く発生した年であった。本研究では、東京大学食の安全研究センター長である関崎先生、局先生等との共同研究として標題の調査が実施された。

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 牛肉の放射能汚染だけでなく、腸管出血性大腸菌やサルモネラなどの問題との比較もしながら、食のリスクに対する意識と行動について調査した。また、Web上で教育的啓発情報を提供をすることによって、その意識と行動にどんな変化が現れるのか、性別や年齢などの属性や牛肉の産地などによる回答の違いを検索した。

 牛肉のいろいろな問題について、男性よりも女性で、若年層より熟年同層でリスクをより高いと感じる傾向がみられたこと、また牛肉の放射能汚染の問題に関しては30代の方々のリスクに対する見方がより厳しいことなどがわかったという。一般的に食の放射能汚染の問題よりも腸管出血性大腸菌やサルモネラなどの食中毒のリスクのほうが高いという認識をしている消費者が多かったことから、ある意味消費者のリスク比較は正しく認知されているという結果は、大変興味深い。

◎パネルディスカッション「食の放射能汚染と健康影響について科学する」

<進行:山崎、パネラー:甲斐、中西、眞鍋、細野>

 当日の聴講者からその場で質問を集め、演者の先生方に回答をいただきながら、今回の原発事故による食の放射能汚染の実態とともに、それが我々の健康に影響を与えるリスクがどの程度かについて、議論を進めた。演者の先生方が補足情報を積極的にご提供いただいたおかげで、聴講者にとって不明で難解だった部分がより明解になったと好評であった。 

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 特に、低線量放射線の健康影響に関しては、これまでの科学的知見から、発がんリスクが生涯100mSv以下では「不検出(検出限界以下)」であり、現在年間5mSv以下の暫定規制値で食品市場が制御されている限り、現時点で食の放射能汚染を心配する必要はないとの見解であった。専門家もよくわからないと言っている」というようなリスクの未知性(恐ろしさ)を強調したマスメディアの記事が、消費者の不安を助長する風評被害をもたらし、東北の復興支援に逆行していることは大変遺憾である。

 本年4月に厚労省から発行される食の放射能汚染の新たな規制値がさらに厳しくなることで、起こりうる重要な問題点(農水畜産物への風評被害助長、放射線検査の時間と費用拡大など)についても活発に議論された。

以 上

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