ノロウイルスによる食中毒について

Q(食品事業者):ノロウイルスによる食中毒が猛威をふるっていますが、これを防ぐにはどうすればよいのでしょうか?

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A(SFSS):食品事業者むけのノロウイルス対策について、ノロウイルス研究の第一人者である国立医薬品食品衛生研究所の野田衛(のだまもる)先生にくわしく解説いただきましたので、以下を熟読して、しっかりした対策を講じてください。

(山崎):今年のノロウイルスは怖いというニュースをよくみます。違う型が出現したからだとの話もききますが、実際はどうなのでしょうか?

(野田):例年流行っているノロウイルスは「GⅡ.4」という遺伝子型が多いのですが、今年は「GⅡ.17の変異型」が出てきたということで話題になりました。「GII.17」自体これまであまり流行していなかったことに加え、変異株ということでウイルスの表面を覆っているカプシドという殻のタンパクが形が変化しており、過去にノロウイルスに感染した際に獲得した抗体産生能による防御機構が働きにくくなります。

(山崎):なるほど。それで今年はいままでと違う型が登場すると、われわれ人間が抗体をもっていないので容易に感染してしまうということですね?

(野田):その通りです。ノロウイルスは人間(もしくはサル)の腸管上皮細胞で増殖しますので、腸管内のIgA抗体がノロウイルスの細胞への侵入を特異的にストップしてくれれば感染することはありませんが、その型に合う抗体がなくて、一旦細胞内にウイルスが侵入すると、もうウイルス感染⇒増殖は止められません。ただ、いまのところ今シーズンは「GⅡ.17」による食中毒も報告されていますが、それほど多くないようです。私どもの情報によりますと、これまで主流であった「GⅡ.4」や「GⅡ.3」なども報告されています。

(山崎):大きな食中毒になるケースは、カキなど二枚貝を食べて感染するよりも、ノロウイルスに感染したヒトの大便や嘔吐物から、調理従事者の手を介して別の食材を二次汚染することが原因となっているようです。しっかり手洗いをしておけば防げるようにも思うのですが・・

(野田):おっしゃる通りです。しかし、毎年仕出し弁当、給食、旅館・飲食店などでノロウイルスによる食中毒が頻発しています。食中毒の件数では、毎年カンピロバクターとノロウイルスで1位2位を争っており、なかなか減りません。手洗いは予防の基本ですが、実際にはその制御はなかなか困難であると言えます。一方、症状に関しては、死亡事故は高齢者の誤嚥などによるものを除くとほとんどありません。下痢・嘔吐・発熱などが主症状で一般に予後良好です。患者の多くは子供ですが、子供の感染が多いのは、先ほどお話した抗体の保有率がやはり成人のほうが高いからです。

(山崎):それで給食による被害も多いのですね。しかし、仕出し弁当や給食などをあつかう調理従事者から食べ物に汚染することが多いということは、清掃や手洗いを徹底すれば防げそうですが・・

(野田):手洗いは時間をかけて入念にすることで、手に付着していた数百万個のノロウイルスが数個のオーダーまで落ちます。爪と皮膚の間や指紋・シワの中にもノロウイルスは入り込んで付着するやっかいものですが、物理的にしっかり洗い流すことが非常に重要です。最後に消毒液などを使ってダメ押しをするのはよいですが、消毒液だけに頼るのはよくありません。まずはしっかり時間をかけて手洗いが基本ですね。トイレや調理場の清掃により衛生的な環境を保つことも重要なのですが、このあたりの基本的な衛生管理ができてない調理場が多いのが実情です。

(山崎):あとはやはりノロウイルスに感染した従業員の大便から汚染することが多いようですので、いかにトイレでの汚染を減らすかがポイントのように思いますが、洋式トイレでふたをしめて流すだけでもかなり有効ではないですか?

(野田):そうですね。ノロウイルスに感染した人の大便が0.1グラム指先についただけで1億個のウイルスが付きますので、それをお風呂の湯にとかしても1ccあたり約100個のウイルスがいることになり、熱にも比較的強いので大変やっかいです(60度30分でも感染性を保持)。トイレで流した時に、便がついた水が少しでも飛んで付着したら、かなり長い時間にわたって室温で感染性を保持しますので、トイレのふたは閉めてから流すことが重要です。そのほか私が講演の際によくお話しするのは、下痢の時は、ウォシュレットは水で下痢便が飛び散るかもしれないので使わない方がよいということと、調理場で働く方々は自宅で用を足してから職場に出るようにし、会社のトイレはできるだけ使用しないこと、という話をします。従業員さんが下痢気味のときは、ちゃんと上司に自己申告して、現場からはずしてもらうなどの対策も有効ですね。

(山崎):ただ若い女性従業員などは、なかなか下痢を自己申告してくれないでしょうから(最近の若い男性従業員もだまっている?)、ノロウイルスに感染している従業員がいるものだと思って対策をとるほうが無難ではないですか?

(野田):まさにそうですね。「不顕性感染」といって、ノロウイルスに感染していてもはっきり症状が出ない患者もいるということが知られていますので、それこそ不顕性感染の従業員が調理場にいるもんだと考えて対策をとることが重要です。

(山崎):症状が出ていないということは、大便が付いたとしても感染力が弱いのではないですか?

(野田):それはないです。一般に不顕性感染者の便中のウイルス量は顕性感染者(発症者)と比較して少ない傾向にありますが、顕性感染者と同じような場合も少なくありません。不顕性感染も顕性感染も、同じように腸管細胞でウイルスが増殖してますので、大便が感染源になります。

(山崎):なるほど。なかなかノロウイルスから調理場を守るのは容易ではなさそうですね。ただ、小規模な仕出し弁当屋さん、旅館、飲食店、給食の調理場などになると、調理場とトイレを完全に分断するのは難しそうです。さきほどのお話のとおり、ほんの少しの大便が付着しただけで汚染するとしたら、調理着を着たままでトイレに行ったりしたら危険ですよね?

(野田):それは論外です。保健所などがそのあたりは厳しく指導しているはずです。ノロウイルスに感染した従業員がトイレで用を足したあとは、ドアノブや水道の蛇口あるいはトイレ内の環境にウイルスが付着している危険性がありますので、調理着は必ず脱いでください。言うまでもありませんが、トイレを出てから調理場に入る前に入念な手洗いが必要です。

(山崎):ただ、調理場で弁当などの食材にさわる従事者はディスポーザブルのビニール手袋をつけてから作業しますので、それは当然ノロウイルスの汚染リスクを下げますよね?

(野田):実はそこが落とし穴で、これまでのノロウイルスによる大規模食中毒は、ビニール手袋をしていた調理場の従事者が起こしたケースが意外に多いんです。昨年浜松市の給食パンを原因食品とする集団食中毒も、パンの異物混入がないかどうかとビニール手袋をつけて確認作業をしていた際に、ノロウイルス汚染が拡散したと言われています。ビニール手袋を装着するときの手が大便で汚染されていたら、手袋表面も汚染されていくのは当然です。

(山崎):ディスポの手袋は絶対衛生的だと過信してしまうと、そのような落とし穴にはまってしまうのですね?ビニール手袋を装着する前の手洗いの方がよほど重要だということがよくわかりました。従業員さんたちの衛生教育も大事ですが、不定期の従業員さんも多い時代ですので、なんとかそのあたり入念な手洗いをしないと調理場に入れないようなシステムができるとよいですね。

(野田):そう思います。手洗いがきちんとできているかどうかを蛍光色素で検証できるキットも市販されていますので、そういったものを定期的に使うことで、トイレや調理場の衛生環境をできるだけクリーンに保つことがノロウイルス汚染のリスク低減に有効と思います。調理場の従事者の方々には、やはり基本的な知識をもってもらって、想定外の事故にも対応できるようにしてもらいたいものです。

(山崎):食品事業者の皆さんにとってなかなか容易ではない対策ですが、よくわかりました。本日はどうもありがとうございました。

<参考図書>
『ノロウイルス食中毒・感染症からまもる!! -その知識と対策-』
著:野田 衛、 監修:丸山 務、 発行:公益社団法人日本食品衛生協会
日本食品衛生協会のサイトより購入できます(1冊税抜800円)
http://www.n-shokuei.jp/

<SFSSリスコミ活動報告>
◎食の安全と安心フォーラムⅩ『~ノロウイルスの最新研究とその防御対策~』
2015年2月7日@東京大学農学部弥生講堂
http://www.nposfss.com/cat1/forum10.html

以上

(取材:山崎 毅、写真撮影:miruhana)

[2015年12月17日/作成]

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