「区別」と「差別」を明確に切り分けることが重要~これを見誤ると加害者/被害者を生む危うさ~

[2021年2月18日木曜日]

“リスクの伝道師”SFSSの山崎です。毎回、本ブログではリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方を議論しておりますが、遂に国内でもワクチン接種が始まった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関して、「差別」と「区別」を明確に切り分けることの重要性について考察したいと思います。なお、世界中でCOVID-19により亡くなられた方々に謹んでお悔やみ申し上げるとともに、治療中の方々に心よりお見舞い申し上げます。

新型コロナウイルス対策のための「改正特措法」が、2月3日に公布、2月13日に施行されたので、まずは以下の記事をご一読いただきたい:

◎過料30万円、ついに施行「改正特措法」の注意点~実効性を高めるための強い措置が可能に
岩﨑 崇 ~東洋経済ONLINE 2021/02/16~

https://toyokeizai.net/articles/-/411873

先月の本ブログでも、まじめな日本人に対して刑事罰は必要ないだろうとの見解を述べたところだが、最終的に政府/自治体の感染拡大抑止対策の実効性をあげるため、行政による「命令」に従わない市民/事業者に対して「過料」という行政罰が科される法律が成立したということだ。

刑事罰を科すことにならなかったことは朗報だが、市民を法律で強制的に動かすのではなく、市民に公衆衛生上のリスクを丁寧に説明して、理解を促すこと(「自分の身は自分で守る」というリスク感覚)が本来の姿ではないかと思う。いずれにしろ法律や行政罰をちらつかせない限り、市民の正しいリスク低減活動が期待できないと判断されたことは残念だ。義務や法律で市民を縛ることにより、市民のリスクリテラシーはむしろ下がる可能性が高く、それは欧米のロックダウンの失敗で証明されていると筆者は考える。

ここのところの都市部における感染拡大抑制傾向がみえるのは、緊急事態宣言による飲食業者の午後8時までの時短営業によるところが大きいと思われるが、これも自治体からの飲食業者さんたちへの要請+手厚い補償金が効果的だったわけだ。すなわち、法律で義務化して罰則をもうけたからではなく、中小の飲食業者さんたちが手厚い補償金により自分の身を守ることが可能と判断し、店を閉めたことにより、サラリーマンたちが飲んで騒いでという場所を失ったということだろう。

興味深いのは広島県で、湯崎知事が広島市中心部の市民80万人に対してPCR検査を実施すると宣言したところ、急激に1日の新規感染者数が減少し、今では広島市内で新規感染者が発生しない日もあるくらいまで、新型コロナ感染拡大が止まったということだ。すなわち、広島市民は皆、全市民にPCR検査と県知事から言われた瞬間に、「もし自分がPCR陽性だったら、自分や家族や会社にどんな悲劇が待っているんだろう」と恐ろしくなって、会食に行かなくなった(行動変容をもたらした)ということではないかと・・まさにタナボタか。

もしそうだとすると、行政の指示に従わない個人や事業者に過料などの罰則を科すよりも、「全市民にPCR検査を実施しますよ」と自治体が宣言して、市民に対してプレッシャーをかけた方が効果的ということかもしれない。ただPCR検査で陽性になっても、軽症もしくは無症状で2週間自宅療養すれば済む場合、本来まわりからの扱いも「区別」だけで済むはずなのだが、どうもPCR陽性になってしまうと、それだけでは済まない、すなわち国民は周囲からの「差別」を強く恐れている、ということではないか。

保健所が行う感染者に対する積極的疫学調査に対して、なかなか協力が得られないことから、今回の法改正で調査に協力しない感染者に対して過料を科すこととなったわけだが、本来、このような感染者に対する「差別」が起こる土壌が日本社会にあることが根深い問題のように思う。すなわち、日本社会において「区別」と「差別」の境界線が不明瞭だからではないか。

本ブログでも何度か議論したことだが、感染者や濃厚接触者は公衆衛生上のリスク低減のため(社会の安全のため)に、「区別」されることが必要だ(「濃厚接触情報の公表は区別のためで、差別のためじゃない」 SFSS理事長雑感 2020年03月08日)。すなわち、感染者・濃厚接触者が差別を受けないために秘匿されるべきは、あくまで個人情報であり、「〇〇市の感染者#100番さん」が感染した時期の行動履歴は、市民に詳しく公開されるのが理想だ。

自治体の積極的疫学調査の姿勢において、「区別」と「差別」の切り分けがきっちりできていれば、感染者や濃厚接触者も行動履歴などの公開に協力がしやすく、公衆衛生対策が効率よく実行できるものと思う。ところが、自治体や保健所の担当者が、感染者に対して「区別」のために必要な情報が何かを説明しきれないと問題だ。

「差別」というのは、あくまで個人情報や固有名詞から発生するものであり、個人情報(固有名詞)だけを非公開とすればよいはずだが、たとえば「性別」「年齢」「職業」「行動履歴」は個人が特定されるわけではなく差別につながらないですよ、と説明できていないのではないか。

感染者や濃厚接触者とその家族に対して、実際にSNSなどで「差別」が発生していることを身の回りで目にすると、どうしても感染による「差別」に対する恐怖心が大きくなるのはわかる。本来社会が感染者に求めることは「区別」=「隔離」だけのはずなので、そこを市民が明確に使い分けできなければならない。季節性インフルエンザにかかって「差別」をうけることはないので、まず新型コロナ感染症が5類に分類されれば解決する問題とも言えるだろう。

また今後、たとえば東京オリパラの会場において、ワクチン接種者と未接種者を区別することは、公衆衛生上のリスク管理のために必要だが、未接種者に対する非難や誹謗中傷は「差別」なので、これを社会が許してはいけないということだ。「区別」は社会が許容すべきだが、「差別」は社会が許容すべきではない。この違いを常に社会で議論することが不可欠であり、「区別」を「差別」と見誤ると、社会が加害者と被害者を同時に生むことになるので、要注意だ。

いま世間で話題になっている東京オリパラ組織委員会の森喜朗会長が女性蔑視発言で辞任に追い込まれた決定的な要因は何か。筆者自身も、これまでの森さんの諸発言を見聞きし、彼を擁護する気持ちは毛頭ないが、潜在的に女性に対する差別意識をお持ちだった可能性は否定できないものの、今回のコメント全体の文脈を読み直してみると「差別」か「区別」かの見極めが難しい案件のように感じる。

すなわち、ラグビー協会の女性理事で話の長い方が数名おられたことは事実として、個人名で呼ばずに「(あの)女性は・・」と呼んでしまったとすると、「差別」ではなく「区別」ともとれる表現だ(個人名だと誹謗中傷になるので、むしろそれを避けた?)。また、「女性は話が長い」というと差別的に聞こえるが、「女性はおしゃべりが好きだ」というと、それは「区別」になるので、これをあきらかに「女性差別」とするのも厳しすぎる判定ではないか。

東京五輪組織委員会の会長たるもの、少しでも女性を差別したと聞こえるジョークは社会全体が一切許容できないとの結論で、社会的制裁につながったわけだが、東京五輪の精神における男女平等(ジェンダー・イクオリティやジェンダー・バランス)の理念も含めて、「差別」と「区別」の明確な切り分けは、今後も議論すべきではないかと思う。

東京五輪における近代スポーツの考え方において、男女平等が大事であるという理念に疑いはない。マラソンなどの陸上競技や水泳など、競技人口の男女比が同じになるように推進してきた歴史がそれを証明しており、IOC自体の役員を男女比5:5にすべきなのは頷ける。

ただ、個別の競技種目を見ると、たとえば野球とソフトボールを比較するとわかるが、おそらく野球では男子の競技人口が圧倒的に多く、ソフトボールでは女子が大半と考えると、現時点でこれら競技の上位団体の役員会は、やはり競技人口の男女比にある程度そったものであるのが合理的ではないか。したがって野球の推進協議会などで、女性の理事が少なかったとしても、それは「女性差別」とはならず、「区別」として許容されるはずだ。たとえば、ソムリエしかり、もしかしたらラグビー協会もどうなのだろうか。

もちろん、それでも多様性を考えて、女性の意見をできるだけ取り込むために、女性の役員を4割にすべきだという考え方もあるのだろう。しかし、もしそれでその競技のルールが女性仕様に変更になったとしたら、その競技種目のアスリートたちは、それを許容できないのではないか。また、学会など有識者が中心の役員会においても、学会員全体の男女比に均等に役員を選任するほうが合理的であり、そのバランスをあえて崩して女性4割とすると、むしろ学会全体を反映しない決裁がなされる可能性があり、よくないように思う。やはりスポーツにおいても、ジェンダーバランスは必ずしも5:5ではなく、現時点での競技人口にある程度即したバランスの男女比にするのが適正ではないだろうか。

もちろん、だからといって日本がジェンダー・イクオリティに関して無頓着な男社会の国でよいというわけではないので、今回の事件を契機にジェンダー・バランスの適正比率に関して、明確な「区別」ができる社会にしていく必要がある。逆に、ジェンダー・イクオリティを誤解して、適正な「区別」を「女性差別」だと指摘してしまうと、生む必要のなかった加害者/被害者を生んでしまう危うさにつながるので、しっかりした議論が社会に求められると考える。

以上、今回のブログでは、「差別」と「区別」の違いについて、新型コロナ感染症の感染者・濃厚接触者の例と、スポーツ団体の男女比の例をもとに解説しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションのあり方を議論するイベントを継続的に開催しており、どなたでもご参加いただけます。

◎SFSS食の安全と安心フォーラム第20回(2/21:Zoom) 開催のご案内
『食品ロス削減&SDGs』 ~SFSS創立10周年記念~

http://www.nposfss.com/forum20/index.html

【文責:山崎 毅 info@nposfss.com

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