
弘前大学人文社会科学部
日比野 愛子
1.培養肉に対する人々の理解
近年、細胞を増やして作る「培養肉」に注目が集まるようになってきた。細胞培養を用いて作られる食料は「細胞性食品」とも呼ばれ、牛・豚・鶏以外のさまざまな動物種にも応用できると目されている。培養肉が期待される理由には、今後見込まれる人口増の時代においてタンパク質を確保しうることや、従来型の畜産がともなう環境負荷を軽減できることなどが挙げられている。他方で、培養肉は新しい食品生産の方法であるため、人々の懸念も生じうる。
これまでの培養肉に関する意識調査では、人々の培養肉への否定意見にもっとも強く影響するのは「不自然さの認知」であることが示されてきた。日本で、20歳から59歳までの2,000人を対象とした意識調査(2021年実施)では、培養肉を食べてみたい人、中間意見を持つ人、食べてみたくない人の割合がちょうど三分されていることが明らかになった。こうした意見の違いがどのような要因から決まってくるのかを調べたところ、先行研究と同様に不自然さの認知の影響が強く、否定意見を増やしていた。ただし、日本では食料危機への貢献可能性という要因も影響しており、こちらは肯定意見を増やしていた。こうした結果からは、培養肉の説明においては懸念に寄り添うアプローチと、意義を説明するアプローチの双方が必要であることがうかがえる。また、日本の回答者ならではの特性として、意見の不表明(「どちらともいえない」「分からない」回答の多さ)や、多くのものを生命と捉える生命観と培養肉の受容性が連動している点が挙げられる。前者に関して、多くの中間層と一部の反対者という構造になっていることにも注意が必要であろう。
2.海外の反応
培養肉は現在発展中の萌芽的な食品カテゴリーであり、2025年の現時点では、各国の対応にもバリエーションが生じている。例えば、シンガポールでは推進政策が取られており、イタリアでは製造・販売禁止の法案が提出されている。筆者らは、培養肉に関して特徴的な政策を示す(示しうる)4カ国(シンガポール、イタリア、デンマーク、オーストラリア)でも、日本の意識調査と同内容の調査を行った(回答者総計4,416名、2024年)。培養肉を食べてみたいと答えた回答者は、日本で3割程度だったのに対して、シンガポールでは6割、イタリアでは5割だった(図1)。シンガポールとイタリアは、培養肉の認知度が高く、シンガポールでは73%、イタリアでは79%の回答者が培養肉について見聞きしたことがあると回答していた。これらの国では、培養肉が環境問題に貢献する可能性も比較的高く認識されており、シンガポールでは54%、イタリアでは61%の回答者が培養肉は環境負荷を軽減する可能性があることに賛同していた。
興味深いのは、培養肉に対して抑制的な政策をとるイタリアでも培養肉に対する肯定意見が多く見出された点である。環境問題という枠組みは、培養肉の理解につながる1つの重要な枠組みであるといえる。ただし、国際比較調査の結果は、地域に合わせたコミュニケーションが必要であることも示す。日本の意識調査の結果は、培養肉の背景として食料供給への貢献可能性について述べた方が理解されやすい可能性を示唆する。リスク評価のための対話の土台には、技術の登場の経緯に関する腑に落ちる理解が必要であり、それは地域の文化的・あるいは政治経済的文脈に即した内容となるはずである。

3.情報提示
培養肉に関してどのような情報を提供するのがよいか。どのような説明を行えば、安全性課題の理解や議論が進むのか。特効薬となるような情報内容は明確になっていない。これまでのリスク・コミュニケーション研究では、技術のプロセスを開示しても信頼の向上には結びつかないものの、技術の説明が欠けると信頼が低下する傾向も指摘されている。筆者らが行った調査では、培養肉の説明の際、人々の懸念に対応した丁寧な説明文をいくつか用意し、その後の回答者の反応を調べた。例えば、技術の説明を述べる際にも、既存の食肉がすべて培養肉に入れ替わるわけではないことを説明した文章を用意したのである。結果、培養肉の背景にかかわる情報を丁寧に示すと、「不自然さの認知」が減ることが示された。情報提示が簡単に受容性を高めるわけではないが、まったく無力ということはなく、腑に落ちるプロセスに貢献するのではないかと考えられる。情報提示や対話に資する研究・実践を今後も蓄積していくことが望まれる。

参考:弘前大学プレスリリース(2024年8月28日)
https://www.hirosaki-u.ac.jp/topics/97133/


