小さな巨人、カビ、その偉大さと安心・安全を探る (2014年4月22日)

NPO法人 食の安全と安心を科学する会理事/国立医薬品食品衛生研究所 客員研究員
髙橋 治男

髙橋治男

昨年暮れに、和食が世界文化遺産に登録されました。「一汁三菜」の基本的な食事スタイルが栄養バランスに優れていることと、「うま味」を上手に使うことなどが評価されたとのことです。この「一汁三菜」、「うま味」に欠かせないのは、醤油、味噌、酒などの麹菌による発酵産物です。麹菌は、もちろん、かびの仲間で、東アジアなどのモンスーン地帯は「麹菌の文化」とされ、ヨーロッパの乳畜製品に見られる「青かび文化」と対比されます。モンスーン地帯は稲作に適し、麹菌がコメと親和性を有することが、「麹菌文化」につながったものと考えられます。麹菌には、主に日本酒、味噌などの醸造に用いられる黄麹菌と、九州、沖縄で焼酎の醸造や、食品原料となるクエン酸、ペクチナーゼなどの糖質分酵素類などの各種酵素剤の製造に用いられる黒麹菌があります。麹菌は、まるで「食品工場」の様な優れた機能を持っていますが、最初から備わっていたのではなく、麹菌の未知の能力を求めてやまなかった先人からの努力があります。
 かびがつくるものは、食品類だけではなく、青かびのペニシリンに代表される医薬品類や麹酸など色々な化合物(代謝産物)をつくります。その中には、ヒトや家畜が摂取すると健康を害する一群のグループがあり、かび毒(マイコトキシン)と呼ばれています。古来より著名なかび毒は麦角アルカロイドで、麦などのイネ科植物の穂に寄生するかびがつくり、ヨーロッパでは中世より知られています。ただ、このかび毒は種々の薬理作用もあり、一方では、お産の時の止血剤などとしても使われて来ました。また、かび毒の中には抗生物質としての作用を持つものもあります。その薬理作用、生理作用が強すぎ健康被害を及ぼすと、かび毒としても扱われる場合があります。かび毒は、主にコウジカビ(アスペルギルス属)、青かび(ペニシリウム属)、赤カビ(フザリウム属)の仲間がつくり、その数は200種以上にものぼりますが、実際に自然界にその汚染例があり、食品衛生的に注意を要するものは30種程度です。近年、かび毒が食品衛生的に脚光を浴びたのは、1960年に英国でアフラトキシンが発見されたことによります。このかび毒は天然物としては最強の発がん物質とされています。コウジカビの仲間がつくりますが、このかびは南方系で、わが国では主として九州南部以南に分布します。かび毒は農薬と異なり、人為的に投与をやめることが出来ず、時おり自然汚染を生じるため、常に、監視と制御が必要です。そのためアフラトキシンなどの様に、毒性の強いものは食品や食品原料として含まれる許容量がガイドライン(基準値:かび毒ガイドライン、web 検索可能)で決められ、例えば、輸入農産物や食品は、輸入時に検査を受けています。この基準値は、食品安全委員会で決められますが、新たな研究成果などが反映されるため、時おり改訂があり、近々、改訂が予定されています。
 この様に、かびは、私たちの生活環境でよく見かけられる微生物ですが、私たちの生活に欠かせない役目を担う偉大な部分と、私たちの生活を脅かす危険な面を併せ持っています。また、食中毒をおこす細菌とかびは、しばしば混同されます。かびは生物学的には、むしろヒトや動物に近く、細菌とは基本構造が異なります。
 この度、当NPOでは、7月13日に「小さな巨人、カビ、その偉大さと安心・安全を探る」をテーマにフォーラムを開催する予定です。かびをもっと知り、また、私たち生活との関わり合いを見つめ直すことにより、この小さな巨人、かびの世界を探求してみたいと思います。ぜひ、ご参加下さい。

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