ゲノム編集ジャガイモの研究開発について(2024年8月23日)

大阪大学大学院工学研究科 教授
村中俊哉

はじめに
 ジャガイモは、トウモロコシ、コムギ、イネに次いで、世界で4番目に多く作られている作物です。ジャガイモに日が当たり緑になった部分あるいは、芽の部分にはステロイドグリコアルカロイド(以下SGAとします)という毒物が溜まります。コムギでは赤カビ病が穂に感染することにより、可食部(粒)に毒が溜まりますが、一方、作物自体に毒があるものは、ジャガイモだけです。私たちの研究グループは、ジャガイモでSGAがどのように植物内で生合成されるのかを研究する過程で、SSR2という酵素の働きを抑えることによりSGAの量を大幅に減らすことができることを見出しました。ここでは毒の少ないジャガイモの研究開発を通して、ゲノム編集作物に対しての筆者の考えを述べたいと思います。

ゲノム編集による毒の少ないジャガイモの作成
 ジャガイモは栄養繁殖性の四倍体の作物です。SSR2遺伝子の機能を失わせるためには、4つのアリル(対立遺伝子)に変異を与えなければなりません。私たちは、”Platinum TALEN”という高活性のゲノム編集ツールを用いることにより、4アリルすべてを変異したジャガイモを得ました。さらにこのジャガイモではSGAが大幅に低下することを見出しました(Sawai et al. (2014) Plant Cell,Yasumoto et al. (2019) Plant Biotechnol)。これは、倍数性作物でゲノム編集技術を用いて代謝を改変した最初の例となりました。

ゲノム編集ジャガイモ(写真提供・農研機構)

研究目的の野外試験の開始
 ゲノム編集生物の取り扱いについて、我が国では2019年2月に環境省から、3月に厚生労働省からそれぞれ方針が出されました。それによると突然変異と同等の変異であり、かつ、外来遺伝子が存在しないものについては、遺伝子組換え生物を規制するカルタヘナ法の対象外とみなされることになりました。私たちが前項で作出したゲノム編集ジャガイモは、ゲノム編集ツールが、植物ゲノムに残っていました。そこで種々の検討を重ね、「ゲノムに組み込まないゲノム編集法」を開発し、文部科学省に実験計画報告書を提出し、2021年より研究目的の野外試験を開始しました(写真)。これによりポット試験ではわからなかった、ゲノム編集ジャガイモの特性が明らかになりつつあります。

アウトリーチ活動について
 このような新技術については、国民理解が必要です。国内のサイエンスコミュニケーターとの連携やサポートを受けながらアウトリーチ活動を実施してきました。この活動で、研究者が当たり前と思っていることと一般の方々のギャップが大きいことに改めて気づかされました。ゲノム編集は新技術ではあるものの、従来育種技術の延長線にあるものであることを説明するため、作物の原種を実際に見てもらったり、ゲノム編集のパフォーマンスなどを実施しました。アウトリーチ活動の前後で、ゲノム編集作物の許容度は確実に向上したものの、それでも「生産者さんが汗水流したものとは違う」という高校生の意見もあり、食については、論理的な説明だけではないものがあることを痛感しました。また、さまざまなステイクホルダーと意見交換するための「ジャガイモ新技術連絡協議会」を立ち上げました。ここでも研究者とは異なる視点から意見交換ができ、新たな育種ターゲットを得ることができました。

おわりに
 2019年から5年間、農林水産技術会議の戦略的プロジェクト研究推進事業「ゲノム編集技術を活用した農作物品種・育種素材の開発」において、ジャガイモ、コムギ、イネ、ダイズ、ピーマン、タマネギ、花卉など多数の農作物におけるゲノム編集技術開発の研究開発責任者としての活動を行いました。その過程でさまざまな農作物にゲノム編集技術が適用できることがわかりました。一方、ゲノム編集技術は、決して万能なものではなく、従来育種技術と組み合わせることにより、よりよい育種素材、品種ができることを期待します。

タイトルとURLをコピーしました