食品衛生におけるノロウイルス対策の急所(2025年11月21日)

秋田県健康環境センター・保健衛生部・シニアエキスパート
斎藤博之



1.直近のノロウイルスによる食中毒の発生状況
 各方面に甚大な影響をもたらした新型コロナウイルス感染症が2023年5月8日をもって5類定点把握感染症に移行し、飲食店や給食調理等の食品を取扱う業種においても、コロナ禍で抑制されていた様々な要素がなくなり、活気を取り戻している。一方で、残念なことに食をめぐるトラブル(食中毒)もまたコロナ禍前の状況が再現されてしまっている。食中毒統計の最新の速報値によると、2025年の1月1日から10月1日までに報告のあった697事例中、46%にあたる320例がノロウイルス(NoV)を原因としている。これを患者数で表すと、13,325人中、実に80%にあたる10,595人がNoVによる健康被害を受けている。この数字は、細菌や寄生虫といった他の原因物質と比べて突出して大きく、原因が判明しているにもかかわらず食中毒抑制に結び付いていないというのが現状である。これまで有効な予防対策とされてきたものの中にも運用面で注意しなければならないいくつかの“急所”が存在し、そこを的確にコントロールすることがリスク低減の要諦であることから、本稿では実例を交えて解説する。

2.食品の加熱調理
 厚生労働省作成の大量調理施設衛生管理マニュアルでは、NoVによる食中毒対策として85~90℃で90秒以上の加熱調理を求めており、一般の飲食店等においても加熱調理をしっかりと行えば食中毒を防げるとの認識が浸透している。ところが、加熱だけに注意が向けられるようでは対策として不十分である。近年は、パンソルビン・トラップ法のような食品中のウイルスを検出する技術が開発されて、実際の汚染状況がわかるようになってきた。次の表は当センターで扱った食中毒事例で、どのような食品からNoVが検出されたかを示したものである。大根おろし以外は、十分に加熱調理された食品である。他の機関からの報告でも、“そら豆の煮物”、“焼き魚”、“唐揚げ”、“学校給食のパン”等、加熱調理済みの食品からNoVが検出されている。
 これらの意味するところは、加熱は予防対策として必要条件になるが十分条件ではないということである。食品が加熱後にどのようなプロセスを経て、ヒトの口に入るかを考えれば、盛り付けや詰め替え時での汚染が急所となってくるので、加熱したから安心というわけではないことに留意する必要がある。

3.食品取扱者の健康チェック
 NoVに感染すると激しい嘔吐と下痢が起こるものと一般には認識されているが、その症状だけを指標にして食品取扱者の健康チェックを行うのは対策として不十分である。次の表は2016年に当センターで経験したある成人の症例経過を示したものであるが、カキを生食した60時間後に、胃部不快感が出現したものの、嘔吐・下痢はなく、1日後に症状としては回復した。ところが、NoVの排泄は18日間継続した。こうした軽症の成人感染者が医療機関を受診するとは考えにくく、その軽い症状も速やかに消失していることから、何ら気にすることもなく仕事に従事していたものと思われる。本症例は胃部不快感だけで嘔吐・下痢はなく、むしろ便秘とガス貯留が主訴となったことから、形式的な健康チェックでは見逃される可能性が高い。
 軽症・無症状の感染者が調理を担当したことにより食中毒を発生させるに至ったと考えられる事例は多数報告されていることから、典型的な嘔吐・下痢だけではなく、胃部の異常、便性状の変化(便秘も含む)、倦怠感等のいつもと違った体調変化がないか確認することが急所といえる。

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