不正はかっこ悪いことになる

[2014年7月21日月曜日]

今年前半、国内の話題をさらった人物は、小保方さんと号泣議員のようだ。

いずれも正確であるべき報告に不正があったことで、過去の栄光から奈落の底に突き落とされた様相の事件だったが、このお二人のTV登場回数が多すぎじゃないの?と思われた方も多いのではないだろうか?だが、家庭のお茶の間でも街の居酒屋でも、この話題がTVに出てくると、「いやぁ、ホントにあいつは馬鹿だよね?」と盛り上がる映像になってしまったのだから、マスコミが採り上げるのも仕方なかろう。

おそらく一般市民からみても、同じようなチーティングの誘惑にかられた経験は誰しもあって、それでも道徳心が勝って自制するのが普通なのだが、ある種の共感+「対岸の火事」は見ていておもしろい、ということかもしれない。科学や経理のレポートは、粛々と事実を報告しておけば問題はないのだが、ちょっとしたスケベ心から小細工がはいると、どんな小さなウソでも「不正」は「不正」として公的に糾弾される。

今回の事件を目の当たりにして、科学の世界で捏造・改ざん・コピペをすると、こんなにかっこ悪いことになるんだと、世の中の研究者たちや学生の教訓となったことはよかったと思うし、政治の世界でこんな小金でも不正支出をしてしまうと、あのような惨めな記者会見に追い込まれるんだと思い知らされ、初めて(?)襟を正そうと思った政治家も多いのではないか。

本来はもっと今回の事件に関して、科学の世界・政治の世界における倫理観の欠如やモラルの低下が議論・糾弾されてもよいように思うが、そこまではいかず笑ってごまかす雰囲気があるのも気になる。実際、小保方さんや野々村議員に関して反対派ばかりではないというから、皆やってることなのにね?と冷めた目で見ている方々も意外に多いのかもしれない。

倫理観の欠如やモラルの低下がもたらした不正事件は、ほかにも東京都議会のセクハラヤジ問題、ノバルティスファーマの臨床データねつ造問題などもあり、日本の道徳教育がうまくいっていないことを実感する。実際、小保方さんも野々村議員も共通して言えることは、未熟であったとの反省の弁はあっても、悪いことをしたという認識がなかったということだ。

早稲田大学が小保方さんの博士号を剥奪しなかったことも、理化学研究所が小保方さんの処分を延期してまで、一緒に再現実験をしていることも、どうなのだろうか。ある意味、科学者/博士号に対する市民の信頼が失墜してしまった象徴的な事件ともとらえることができるが、少なくとも過去のことをこれ以上蒸し返して、ほかにもたくさん不正がありましたと報告しても、信頼は失墜するばかりであり、たしかに前進はない。

これからの日本の科学者は、捏造・改ざん・剽窃などの科学不正をしないことは当然として、常に正確なデータを情報公開し、地道に透明性を高くし続けることでしか、信頼回復の道はないであろう。実験ノートをしっかり残して、再現性の高いデータであることを検証したうえで発表をする、という姿勢を真摯に継続することしかない。

京都大学教授の中西寛先生が、毎日新聞 2014.6.22朝刊の【☆時代の風:STAP細胞問題『教訓、研究活動に生かせ』】において、以下のような見解を述べられている:

「・・・世界有数の研究機関の研究者が共同執筆し、学界最高峰の雑誌の査読を通過した論文の誤りが瞬時に明らかにされたことは、インターネットを通じた匿名チェックの威力を示し、また、無駄になりかねない再現実験から多くの研究者を救ったことも確かである。 今後こうした「社会的査読」とでも言うべき活動と、学界内で行われるチェック体制をどう結びつけていくかが課題になる・・・」

世界No.1の科学雑誌「Nature」の査読者が指摘できなかった科学不正を、インターネット上のソーシャル・ネットワーク・レフリー(SNR)が正したというのも、まさに現代のネット社会を象徴する出来事だったと言えよう。

食の安全に関する情報発信もサイエンスなので、科学的におかしいぞという記事が不特定多数に発信された場合に、今後はこの「社会的査読(SNR)」によって、迅速かつ厳格な評価を受けることになるであろう。そうなれば科学的不正を指摘された記事は、小保方さん・号泣議員と同じく「かっこ悪い」結末が待っていることを覚悟すべきである。

SFSSでは、8月31日(日)に「食のリスクコミュニケーション・フォーラム2014 ~食の安心につながるリスコミを議論する~@東大農学部」4回シリーズの第3回を開催し、リスコミのあり方をさらに議論しますので、ふるってご参加ください。

本フォーラムの詳細ならびに事前参加登録はこちらより
⇒ http://www.nposfss.com/miniforum/

(文責:山崎 毅)

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