ソーシャルディスタンス/ゼロリスクの落とし穴~アベノマスクでCOVID-19リスク低減策を考えよう!~

[2020年4月20日月曜日]

“リスクの伝道師”SFSSの山崎です。毎回、本ブログでは食の安全・安心に係るリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方を議論しておりますが、今月もこれまで世界中で15万人以上の生命を奪った新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について、引き続きリスコミのあり方を考察します。 世界中でCOVID-19により亡くなられた方々に謹んでお悔やみを申し上げるとともに、感染して治療中の方々にお見舞いを、また日々奮闘されている医療従事者の皆様に敬意を表します。

中国武漢から始まり、ダイアモンド・プリンセス号における集団感染を契機に、わが国にも徐々に侵攻してきた未知のウイルス”SARS-Cov-2″に対して、その特徴的な感染形態と重篤性など限られた情報をもとに、公衆衛生上のリスクを評価し、どのような感染予防策をとるべきか、SFSSでは早くから国立医薬品食品衛生研究所客員研究員の野田衛先生にご助言をいただきながら、以下のようなリスコミ活動を続けてきた:

◎「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の予防法について」
~食の安全・安心Q&A 番外編~ 2020年2月19日
http://www.nposfss.com/cat3/faq/covid-19.html

野田衛先生が提唱された「集団予防」のポイントは以下の3つだ:
① 飛沫をあびないこと(飛沫感染防止;マスクも有効)
② 手洗いまでは顔をさわらないこと(接触感染防止)
③ 消毒薬をうまく使う(アルコール以外も有効利用)

この2月中旬の時点で、医療情報に詳しいメディアの方々に対しても、国民総動員でこの「集団予防」を励行することがCOVID-19感染拡大を抑えるのに重要とお伝えしたものの、われわれの発信力が弱く、採り上げていただけなかった。最大のネックは、WHOや米国CDCなど世界の主要な健康行政が「マスク着用によるウイルス感染症予防効果のエビデンスはなく、健常者はマスクを着用すべきでない」と主張していたことで、TVのワイドショーに登場する医師たちも、「健常者のマスク着用は非科学的で意味なし」と主張し続けたことだ。

ダイアモンド・プリンセス号において無症状または軽症の感染者が多数発生していたとの事実をもっと真摯に受け止めて、公衆衛生上の感染拡大リスクが想像以上に大きいことが予測できたはずだが、それに対するリスク低減策が提案できていなかったように思う。いまにして思えば、これら無症状/軽症の感染者を物理的に隔離するためにも、韓国と同じようにPCR検査の件数をもっと増やすべきであったし、それをしないのであれば市中感染者がどこにいるのか不明のため、無症状感染者からの感染拡大を阻止するためにも、すべての市民にマスク着用を義務付けるべきだったのだろう(感染者が無症状感染であることを自覚していないのだから、「咳エチケット」をうったえても明らかに不十分だ)。

残念ながら、欧米の健康行政も医師など専門家たちも、社会に対して発信力のある方々が、この未知のウイルス感染症を抑えるためには、物理的隔離政策(ロックダウン・移動制限・外出自粛・3つの「密」に近寄らない等)、すなわち「ソーシャル・ディルタンス(社会的距離)」がもっとも重要であり、とにかく「Stay at Home」という、きわめて限定的な環境要因のリスコミを市民向けに続けたことに問題があったのではないか。とにかく2m以上のソーシャルディスタンスを維持さえすれば感染リスクはない、すなわち「ゼロリスク」だというリスコミだ。

個人で簡単にできる感染予防活動にしても、著名人たちによる「自宅でできるトレーニング」「手洗い方法」などの啓発動画ばかりがSNSやTV番組で拡散され、「外出時はマスクを着けましょう」という動画は一切見かけなかった。そのため、若者たちがマスクなしの無防備な状態で夜の街にくりだしたため、おそらく無症状/軽症の感染者が飛沫を飛ばしまくったことが、ライブハウスなどでクラスターを形成するだけでなく、感染源の特定できない市中感染を増やしたものと疑われる。

唯一、マスク着用が重要との学術啓発活動を続けた公人は、北海道の鈴木直道知事だ。早くから記者会見の際には必ずマスクを着用し、実際に道民向けにもマスクを無償配布したというのだから、一時的ではあるものの感染拡大が収束したのはうなずけるところだ。ご本人は道民に「咳エチケット」をうながされたのかもしれないが、おそらく道民の皆さんは「もし自分が無症状で感染していたら他人に移してしまうので、マスクを着用しよう」と考えた方がどれだけいるか疑問だ。

そこで筆者は、市民のリスク感覚の特徴も含めて、全市民のマスク着用を推奨することの重要性について、ブログでつづった。当然、WHOも米国CDCも「健常者マスク不要論」を公然と主張していたので、それに反発する論説には抵抗感もあったが、世界中で今後も感染拡大が広がって死者が増えるであろうことを考えると、居ても立ってもいられない感覚だった:

◎「新型コロナ:マスクに予防効果なし」理論の弊害
[SFSS理事長雑感 臨時号:2020年3月16日]
日本語(Japanese)/英語(English)

そうこうしているうちに、世界で潮目が変わったのは、チェコの科学者たちが制作した全市民がマスクを着用することを啓発する動画の発信だった:

◎How to Significantly Slow Coronavirus? #Masks4All
•2020/03/27 (Creative Commons license, feel free to share)
https://youtu.be/HhNo_IOPOtU

いま日本の各家庭に届いたアベノマスクを笑う方は、ぜひこのチェコの動画を視聴していただきたい。筆者にはこのMCの女性が天使に見える。なぜなら、彼女からのメッセージが世界中の何十万人もの人々の生命を救う可能性があるからだ。「な~んだ、咳エチケットを言っているだけだろ?」というお医者さんたち・・ もう少しこの動画を注意深く見直してほしい。

彼女はこう言っている: ”There are studies proving that even a homemade mask can be partially protective. Partially. But any protection is essential today.” すなわち、「マスクに予防効果はないんだよと笑う方々がいたけれども、布マスクですら限定的ながら予防効果があるという研究報告もあるんですよ。いまは、どんな予防法でも重要ですよね」ということだ。これにはリスクマネジメントの観点からも非常に重要なメッセージが含まれることがおわかりだろうか。

上述の野田衛先生のインタビュー取材によるQ&Aでも解説されているところだが、今回の未知のウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大をスローダウンさせるためには、ひとつやふたつの感染リスク低減策ではうまくいかない、いろいろなリスク低減策を積み重ねて、感染リスクを少しでも下げる努力をひとりひとりの市民がする必要があるということだ。ノーベル賞学者の山中伸弥先生や本庶佑先生も言われているが、このウイルスとの戦いは長期戦になるのだから、有効なワクチンや治療薬ができるまでは、全国民が対応可能な感染リスク低減活動に頼るしかない。

その意味で物理的隔離政策の最大の欠点は、専門家の先生方にとってもっとも感染リスク低減効果が期待できる(ある意味感染拡大を「ゼロリスク」にできる?)対策である反面、経済損失という別の大きなリスクを生み出しており、決してゼロリスクになっていないのだ。これはある意味「リスクのトレードオフ」の問題と言えよう。とくに若い市民にとっては、COVID-19に感染するリスクはそれほど大きくないと感じる方も多いのではないか?しかし、店舗の休業要請などで職を失うことは、明日生きていけないという大きなリスクに直面するのだ。その意味では、いまよく政治問題で登場する「休業要請と補償はセットでないといけない」と言われる所以だろう。

他方、布マスク・手洗い・消毒により市民がこうむる経済損失リスクは、ほぼゼロだ。市民がけなげに感染リスク低減活動を行っているのに、なぜそれをTV番組でわざわざ阻止するのか?本当はすばらしく感染リスク低減に効果的な「Stay at Home」というメッセージが、「マスク着用」や「手洗い・消毒」などとセットで発信されないなら、筆者には「とにかく自宅にひきこもってろ」と言われているようで、素直に受け取れないのは残念だ。

さらに、このソーシャルディスタンス政策(欧米でのロックダウンなど)が2-3週間続けば、普通は市民がまったく接触していないのなら感染リスクはゼロに近づくはずだが、感染爆発がなかなか収束しないのはなぜか。その答えは「8割おじさん」の予測にヒントがあると筆者は考えている。ヒトの移動を8割減じさえすれば、感染拡大は止まるはずと専門家の数理計算で期待しても、残りの2割のヒトがマスクも着用せず、手洗いもしない方々ばかりだと、感染拡大抑制効果は限定的ということだ。

とくに欧米や国内でも都市部になるほど、家族や友人たちと週末に交流する市民が多いことは想像できるところだが、物理的隔離政策/ロックダウンを強行しても、彼らは残念ながら家族や親しい友人たちとたまに集うことを止めていないだろうということだ。欧米であれば、週末に教会には行かないものの、教会の仲間たちと内輪だけで会食くらいなら体調不良の人間がいないなら大丈夫だろうと、マスクも着用せずペチャペチャ会話していると、ツバが飛びまくってあっさり感染が広がっているのではないか。

いやいや、それはソーシャルディスタンスができてないじゃないか、と言われるかもしれないが、ソーシャルディスタンスもリスク低減効果には限界があり、「ゼロリスク」ではないということを知っていただきたいからだ。市民が外出自粛していたとしても、必ず食料品などの買い物には出るだろう。その際に、いくらほかの市民と2m以上距離をとりながら歩いていたとしても、エレベーターにひとりで乗った時に、前に乗った客が飛沫を飛ばしているかもしれないわけで、結局飛沫感染・接触感染を想定して、マスク着用やアルコール消毒を励行している人は助かり、ソーシャルディスタンスにばかり依存していると事故に当たるのだ。

本当に必要な「安全」に係るリスク低減策を地道に積み上げて、事故に遭うリスクを下げている方は事故に当たらないが、まさか自分はそんな事故に当たるはずがない(=「正常性バイアス」)として、個々のリスク低減策をバカにして怠っている方は、不運が3つくらい重なって不思議と事故に遭う。世の中とはそういうものだ。だから、マスク着用も手洗いも消毒も、個々では感染リスクをゼロにすることはできない限定的なリスク低減効果だが、全従業員が社内外で地道にこれらを励行している会社では、クラスター感染は起こらないはずだ。

在宅勤務・テレワーク・時差出勤をしているからじゃないの?と思われる専門家の方々は、おそらくソーシャルディスタンスに依存し過ぎと思うので、考えを改められたほうがよい。もちろんだが、移動制限など物理的隔離政策がもっとも感染リスク低減に効果的な策であることは理解したうえで、それでも個人でできる感染予防活動を推奨することも忘れないでほしということだ。その意味で、アベノマスクの無償配布に際して、布マスクを洗って使いまわすことで、サージカルマスクは医療従事者に譲る意識をもつのと同時に、いま一度マスク着用によるCOVID-19予防効果について考えていただきたい。

マスク着用によるCOVID-19感染予防については、野田衛先生に再度インタビューしたので、ご一読いただきたい:

◎新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の予防法、続報
https://nposfss.com/qa/qacovid-19/

なお、世界の動きに再度戻すと、上述のチェコの動画にみられるような、すべての市民にマスク着用を推奨するムーブメントが活発になっているので、ロンドン市長のTimes紙記事に関する以下のツイートもご参照いただきたい:

◎ロンドン市長のTwitterより
https://twitter.com/MayorofLondon/status/1251484129075568640?s=20

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以上、今回のブログでは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染リスク低減策におけるソーシャルディスタンスの意義について、くわしく考察しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションのあり方を議論するイベントを継続的に開催しており、どなたでもご参加いただけます(参加費は1回3,000円です)ので、よろしくお願いいたします:

◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2020(4回シリーズ) 開催案内
【テーマ】『消費者市民のリスクリテラシー向上を目指したリスコミとは』

http://www.nposfss.com/riscom2020/

【文責:山崎 毅 info@nposfss.com

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