Q(市民):新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染拡大が中国で猛威をふるっており、日本国内でも感染者が見つかっていますが、感染を防ぐにはどうすればよいのでしょうか?
A(SFSS):一般市民むけの新型コロナウイルス対策について、ウイルス研究者で感染症予防に詳しい麻布大学客員教授/国立医薬品食品衛生研究所客員研究員の野田衛(のだ・まもる)先生にくわしく解説いただきましたので、以下をご一読ください。
(山崎):野田先生は、今回の新型コロナウイルスに対する一般市民の予防法について「集団予防」という概念を提唱されています。政府の水際対策が十分機能しない中、すでに対策前から感染者が中国より渡航していたであろうことや、不顕性もしくは軽症の感染者も国内にいるようだと考えると、この新たなウイルス感染症の流行を抑えるのは容易でないと思いますが、「集団予防」とはどういう理論なのでしょうか?
(野田):「集団予防」とは、個人が日常的に衛生的な行動をとることにより、各自が感染症にかかりにくくなるのみならず、感染症流行の縮小や重篤な症例を減らすことに寄与することを言います。新型コロナウイルスの発生に呼応してインフルエンザの流行が減っています。これは各自が手洗いやマスク着用をいつもより行うようになったことが関連していると思います。普段よりワンランク上の意識を持ち、予防を実践した結果です。言わば、「All for one, one for all」ですね。
(山崎):自分の感染症予防が、集団の感染症予防につながるという感じでしょうか?具体的には、どのような予防法をすればよいのでしょうか?新型コロナウイルスと言われても市民は対処法を知りません。
(野田):対策内容はインフルエンザやノロウイルスとほぼ同じで、特段予防グッズをそろえる必要はありませんので、経済的影響はほぼないといってよいでしょう。新型コロナウイルスの感染効率(一人が何人にうつすか)のデータがいろいろ言われていますが、それは個人個人の予防的行動でいくらでも下げることができると考えています。まずは、自分が感染することを予防するために、できることを行うことです。
(山崎):1に手洗い、2にうがい、マスクはあまり効果がないなどと言われますので、市民は混乱しているように見えます。わかりやすい「集団予防」のポイントを教えてください。
(野田):「手洗い」と「せきエチケット」だけでは不十分で、その2つは予防法の一部に過ぎません。飛沫感染と接触感染を分けて考え、ウイルス感染を阻止するイメージが大事です。
(山崎):重要なポイントを3つくらいに絞れますか?
(野田):まずは、①飛沫をあびないこと(飛沫感染防止)ですね。飛沫感染は、感染者からのせき、くしゃみ、会話の唾液(つば)、喀痰を、口、鼻、目に浴びることによっておこります。すなわち、せき・くしゃみ・つばを直接顔(目の結膜や喉・鼻などを通じた呼吸器)に受けない行動をとることです。具体的には、顔をそむける、有症者から距離を保つ、マスク(なければ、ハンカチ・タオルでもOK)で顔を覆う、メガネを着用などです。
(山崎):なるほど。ただ、有症者といっても公共交通機関の中で誰が有症者かわかりません。せき込んでいるなど、有症者と疑われる人でよいのでしょうか?
(野田):そうですね。発熱・倦怠感だけの有症者がいてもおかしくないですが、少なくともせきやくしゃみで飛沫を飛ばしていることがなければ、それほど気にする必要はないでしょう。現時点の流行状況から、個人が感染者に出会う機会は極めて少ないと思いますが、国民全体から見れば、誰かが出会う機会があると考えるべきでしょう。満員電車ですと距離を保つのも難しいので、時差出勤や自宅勤務を指示している会社も多いようですね。
(山崎):マスクはウイルス感染の予防効果はないとする論文もあるようですが、どうなのでしょうか?
(野田):マスクは広く言われているように咳などの発症者が飛沫拡散防止のために使うのが一番大切です。しかし、不意に飛沫が直接、口や鼻にむけて飛んでくる場面も人込みの中ではあります。そのようなときにマスクを適切に使うとか、ハンカチで口と鼻を覆うとかで、飛沫感染のリスクは下がりますよ。もちろん、それでリスクがゼロにはなりませんが、やらないよりやったほうが感染リスクは下がると思います。また、新型コロナウイルスでは発症前や無症状感染、要するに感染している自覚がない場合でも感染源になる可能性が指摘されています。そのような時にはおしゃべりのつば(唾液)が危険ですが、マスク着用はつばの飛散を抑える効果があります。ただし、マスクの使い方が悪いと、飛沫感染を防げても、次で述べる接触感染の原因にもなります。正しい使い方が重要です。
(山崎):なるほど。いまマスクが市場で品薄になっているということもあり、電車の中でもマスクをしていない方が結構多いように思いますが、「集団予防」のためにはマスクを適材適所で使った方がよいのですね。正しいマスクの使用方法、着用方法について、ポイントを教えてください。
(野田): マスク本体(四角い部分)には触れない、着脱はゴムの部分を用いて行う、マスク本体の表と裏をそれぞれ触れさせない(外側は他人の便器、内側は自分の便器と思う)、使用したマスクはビニール袋などに入れてしまう、頻繁に交換することが望ましい、特に他人のせきやくしゃみを直接浴びたものは廃棄する、などですね。これらを確実にしないと、自分の手で接触感染を起こすことになり、マスク着用の意味がなくなります。
(山崎):マスクを使用する適切な時期は?
(野田):電車、バス、駅等、不特定多数の人と密接に接触する環境にいる時。宴会場やコンサート会場など閉鎖環境に長時間いる場合、ですね。東京都で、屋形船の集団感染が発生しましたが、このような閉鎖環境も危険です。ただ、宴会ではマスク着用は難しいので、ハンカチ等を使う必要があります。
新型コロナウイルスの感染は濃厚接触が危険とよく言われますが、この濃厚接触は、英語の「close contact」の和訳です。Closeには、距離が近い(通常飛沫が飛んでくる2m以内)という意味の他に、閉鎖した(宴会場など)、密集した(通勤時の電車の中など)、親密な(キスなどができる関係)などの意味があり、いずれも新型コロナウイルスが感染しやすい場面です。
(山崎):飛沫感染の予防法はわかりました。では2つ目の予防のポイントは何でしょう?
(野田): 2つ目は②手洗いまでは顔をさわらないこと(接触感染防止)ですね。すなわち、感染リスクがある場面や場所に接したら,手洗い/消毒をするまでは顔(口,鼻,目)に触れないことが重要です。これができて初めて手洗いが有効となります。
(山崎):たしかに、いくら手洗いや消毒を入念にやっても、その前にウイルスに汚染された手で口,鼻,目に触れてしまったら、感染は止まりませんね。
(野田):そうなんです。先ほど述べた感染する危険性が高い場面や場所にいたら、飛沫感染は防げても、ウイルスが手指や衣服に付着している危険性があります。また、電車のつり革、エスカレータの取っ手、エレベーターのボタン、トイレのドアノブ、映画館のイス、宴会場の机の上などは感染者から汚染を受けた危険性があります。新型コロナウイルスについては、特に、せきや唾液が付着しやすい、机の上やコートなどの上着も汚染しやすいので、注意が必要です。そのため、それらに触れてしまったあとは、「ウイルスが指についているかもしれないので、次の手洗い/消毒までは顔に触れない」と意識できるかどうかです。ハンカチ、タオルなど顔に触れるものは頻繁に取り換え、洗濯することも重要です。日常的に感染症予防に役立つ行動を体で覚えたいですね。そして、感染リスクのある環境から離れたら、できるだけ早めに手を洗うこと。それができて、初めて手洗いの予防が役に立ちます。トイレの後や食事の前は当然ですが、出勤時、帰宅時などにも必ず手洗いをしていただきたいです。また、接触感染を防ぐためにはドアノブ、エレベーターの押しボタンなど不特定多数の人が触る場所は、触る場所を工夫する、利き手でない手指などで触るなど、利き手の手指の汚染を防ぐ工夫も大切です。
(山崎):入念な手洗いのポイントは、よく報道されているところですが、何かポイントがありますか?
(野田):2度洗いで念入りに洗うなどとよく言われますが、特に意識してほしいのは、「指先をよく洗うこと」ですね。これは、自分の手で顔(口,鼻,目)に触れるときは、手先のどこが当たるかを考えればわかるはずです。
(山崎):なるほど。自分で口,鼻,目に触れることをイメージすると、接触感染防止のポイントが見えてきました。一番重要なのは「顔にさわらないこと」、次に「手洗いは指先を中心に」といった感じでしょうか。
最後に「集団予防」の3つ目のポイントを教えてください。
(野田):3つ目は③消毒薬をうまく使うということですね。新聞・テレビの報道では、アルコール消毒に偏っており、店頭でも売り切れているようですが、ほかにも種々の有効な消毒薬が市販されています。以下は、その例と主な使用目的です。
●ポビドンヨード系消毒剤:うがい、手洗い
● 酸性電解水(次亜塩素酸水):手洗い
●塩化ベンザルコニウム(オスバンなど):手洗い、環境の消毒
●次亜塩素酸ナトリウム(塩素系消毒剤):環境の消毒(脱色に注意)
●アルデヒド(グルタールアルデヒド等):環境の消毒
(山崎):どれも新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対して効果があるのでしょうか?
(野田):SARSなど、同類のコロナウイルスに対して消毒効果があるので、有効と考えていいと思います。ただし、使用説明書に従って使用することが重要です。手指の消毒では、使用するタイミングは、手洗いの後・顔に触れる前・食事前・トイレ使用後・ビル等の入室前などとなります。環境の消毒では、新型コロナウイルスの消毒が必要な場所が、手指や感染者の唾や唾液が付着しやすい環境(机の上、衣服、キーボード、タブレットなど)であることも、ポイントとして押さえておきたいですね。また、汚れた環境では効果が下がりますので、清掃・洗浄後に消毒剤を使用します。アルコールスプレーは、手洗い後に使用する場合、水分を十分除去した後、手指に吹き付けることが大事です。
(山崎):「うがい」が予防によいという情報もよくみかけますが・・
(野田):せきや唾液等を浴びた時には、うがい用ポビドンヨード系消毒薬を使うことで感染リスクは下がります。通常のうがいは水で行えばよいでしょう。ただし、うがいは感染リスクがあったすぐ後に実施すれば効果があるものの、感染機会から時間が経過したとき(帰宅時等)では、効果は期待できないと思います。
(山崎):やはり消毒薬も、ウイルス感染の経路やタイミングを意識して、頻繁に使用しなければ意味がないのですね?よくわかりました。
今回先生から教えていただいた、以下の「ポイント3つ」を肝に銘じて、国民が一丸となって「集団予防」を実行していかないといけませんね。
① 飛沫をあびないこと(飛沫感染防止;マスクも有効)
② 手洗いまでは顔をさわらないこと(接触感染防止)
③ 消毒薬をうまく使う(アルコール以外も有効利用)
(インタビュー取材:SFSS 山崎 毅、写真撮影:miruhana)
[初稿:2020年2月19日03:28]
[第二稿:2020年2月19日10:35]
[第三稿:2020年2月20日10:28]