寄生虫アニサキスによる食中毒の特徴と予防策(2025年8月23日)

国立健康危機管理研究機構 国立感染症研究所 客員研究員
杉山 広


1.臨床像と免疫学的側面
 アニサキス食中毒は、アニサキス科に属する線虫の幼虫が寄生した海産魚介類を、生または加熱不十分な状態で摂食することにより発症する。本症は日本で特に多く報告されており、世界で確認されている症例の9割以上がわが国に集中している。これには、刺身や寿司で海産魚介類を日常的に生食するわが国の食習慣が大きく関係している。
 発症例では、摂取後数時間以内に強い上腹部痛が出現することが多く、これはアニサキス幼虫が胃壁に穿入することで生じる。胃内視鏡検査などにより診断が確定すれば、内視鏡的に虫体を摘出することが第一選択の治療法となる。近年は、人間ドックなど健康診断の際に偶発的に発見される「無症候例」の報告も増加している。さらにアレルギー症状も注目され、患者のおよそ5%に蕁麻疹が認められたとの報告があり、またアナフィラキシーショックにより救急搬送される重症例も確認されている。アニサキス幼虫からは15種類以上のアレルゲン分子が同定されており、その中には耐熱性のアレルゲンも含まれている。アニサキス食中毒に関しては、単に寄生虫の感染症として捉えるのではなく、アレルギー疾患としての側面にも注意する必要がある。

2.アニサキスの生活環とヒトへの感染経路
 アニサキスは複雑な生活環を持つ。終宿主はクジラなどの海産哺乳類であり、その消化管内で雌雄の成虫が交接して、雌成虫が産卵する。虫卵は糞便と共に海中に排出された後に孵化して、第一中間宿主のオキアミに捕食され、第三期幼虫に発育する。その後、魚類やイカがオキアミを捕食して待機宿主となり、その体内でアニサキスは第三期幼虫のまま寄生を続ける。人は魚介類を摂食することで感染するが、人体内でアニサキスは成虫に発育せず、第三期幼虫が前述の病態を引き起こす。
 我が国では食品衛生法によりアニサキスを独立した食中毒の病因物質として定義されており、患者を診察した医師は、事例を保健所に届け出る義務が課されている。アニサキスは1999年に初めて「その他の食中毒」の原因として、食中毒統計に収載された。そして2012年末の法改正により正式に独立した原因物質とされた。その後も食中毒事例の報告数は増加傾向を続け、2018年以降はすべての食中毒事件全体の中で、事件数が最多を記録し続けている(図1)。

3.発生動向と原因魚種
 2024年の統計を見れば、全国で330件のアニサキス食中毒が報告され、そのうち98件で原因魚種が特定された。その中でもサバ(マサバおよびゴマサバの総称)が42件と最多で、原因魚種全体の43%を占めた。カツオが主因となった2018年を除き、例年サバが本食中毒の主要な原因魚種であり、その対策は重要である。一方、商用レセプトデータ解析では、2018年および2019年に年間約2万人の患者が医療機関を受診したと推計され、統計上の届出数との差異が浮き彫りとなった。このギャップを解消するには、医療機関と行政機関との間で、情報連携の強化が求められる。

4.有効な予防策と技術革新
 予防法として最も確実なのは、加熱処理と冷凍処理である。具体的には、60℃で1分以上の加熱、または-20℃で24時間以上の冷凍が効果的である。目視による検査やキャンドリング法による虫体除去、寄生頻度が高い腹部筋肉の除去も一定の予防効果を示すが、完全とはいえない。また調味料の使用でアニサキスは死滅しない。サバなどは酢締めしても、さらに冷凍(-20℃、24時間以上)した後に解凍して喫食すべきである。
 養殖魚はリスクが低いと考えられていたが、完全養殖(人工種苗・人工飼料・閉鎖循環系での飼育)でない場合、特に天然稚魚を用いた畜養や生餌の供与が行われた場合は、感染リスクに留意すべきである。
 近年、アニサキスを物理的に殺滅する新技術として、パルスパワー(瞬間的に大電力を印加する処理法)が注目されている。この技術は日本とスペインで独自に開発されており、食品の食味を損なうことなくアニサキスを致死する可能性が示された。今後、食品加工業や流通業での社会実装に向けた技術革新が進展すれば、新たな食中毒防止法として大きな役割を果たすことが期待される。
 アニサキス食中毒は、海産魚介類を扱う現場において、無視できないリスクである。一方で、発生統計の活用、科学的知見の蓄積、予防技術の進展により、対策の精度と実効性は高まっている。このため、生産から流通、販売、調理に至る各段階で、科学的根拠に基づくアニサキス食中毒対策を講じることが、食の安全・安心を担保するために不可欠である。今後も、科学的知見と技術革新を武器に、アニサキスによる食中毒のリスクを社会全体で制御していく体制整備が求められる。

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