山間で育つ「国宝」:ハンガリー在来のマンガリッカ豚 (2014年1月26日)

SFSS理事・東京大学教授
眞鍋 昇

眞鍋 昇

 2013年2月11日、アメリカ合衆国ミシガン州立大のチームが、世界最大の生産・消費街である中華人民共和国の各地の養豚場の豚から様々な抗生物質に対して耐性をもつ多剤耐性菌が検出されたこと、養豚場の周辺の農地の土中の細菌から耐性遺伝子を確認したこと(豚排泄物由来の肥料を介して広がった可能性がある。)を報告しました(Diverse and abundant antibiotic resistance genes in Chinese swine farms.米科学アカデミー紀要電子版)。もしこのような耐性菌が世界中に拡散してしまうと家畜の安定した生産が困難になるばかりでなく、病院内に広がって院内感染を引き起こしてしまった場合には統御ができなくなってしまう可能性があり、地球規模で対策を講じなくてはならない大きな社会問題となってしまいます。このような耐性菌が出現する原因として様々な要因が考えられていますが、家畜や魚介の飼養のために使用されている様々な抗生物質などの薬剤が要因のひとつであると考えられています。EU圏では2030年までに家畜の飼養に抗生物質などの使用を原則禁止する目標をたて、そのために耐病性の高い家畜の作出に真剣に取り組んでいます。このような状況のなか、ハンガリーを中心に中東欧で昔から森林内で放映され続けてきた在来家畜のマンガリッカ豚が、高耐病性を担う貴重な遺伝資源として注目されてきています。今回、私と畜産物の品質や安全・安心に関わる研究に共同で取り組んでいるSFSS会員の株式会社蓬莱の羅辰雄社長(関西圏を中心に店頭で関西人のソウルフードである「551蓬莱の豚まん」を一日14~20万個販売しています。http://www.551horai.co.jp/)とハンガリー国立畜産試験場で開催された主に中東欧と東アジアの高耐病性の在来豚に関わる学会に参加するとともに、実際にマンガリッカ豚を生産している農家と加工工場を訪問しましたので概要を紹介します。

マンガリッカ豚

 学会は、2013年11月20から22日までハンガリーの首都ブダペストの郊外にある国立畜産試験場でラトキ場長(ブダペスト大学聖イシュテバン獣医校教授兼担)の主催のもとで開催されました。私たちが食している豚は、ランドレース種、デュロック種、中ヨークシャー種、大ヨークシャー種、バークシャー種、ハンプシャー種のなかから雑種強勢を期待して適切な3品種を選んで交配した3元豚を育てたものが一般的です。3元豚は、成長が早く(出荷時体重の110~120キロにわずか約6ヶ月で達します。)、飼料効果も高い経済形質に優れた豚です。しかし3元豚は、今も中東欧や東アジア諸国にわずかに残っている猪の性質を色濃く残している在来豚と比較して、様々なウイルス性や細菌性の伝染病に対する抵抗力が弱いため、ワクチン投与や抗生物質などの供与を避けられず、できるだけ病原菌を排除した清浄な環境で飼養しなくてはならなくなっています。学会には、耐病性が高い在来豚の専門家が世界中から一堂に会して、在来豚を有効に利用するための遺伝子解析や繁殖・飼養管理技術などについて基礎から応用まで多面的な研究成果が報告紹介されました(写真1)。開催地のハンガリーを中心に中東欧諸国で古くから飼養されてきたマンガリッカ豚は、20世紀初頭には30万頭以上が飼養されていたのですが、ソビエト連邦支配下の間に激減してしまい、1989年のハンガリー解放時点には200頭以下にまで減少してしまっていました。絶滅が危惧されたのでハンガリーはこれを「国宝」に指定し、最新の繁殖技術を駆使して増産され、現在は6万頭以上にまで増殖できました。その精肉と加工品は国を挙げて輸出され、ハンガリーの畜産業の活性化の一翼を担うまでに育ってきています。その状況を実地で確認するため、学会終了後に聖イシュテバン獣医校の学生さんたちも同行してブダペストから北東に約200キロ離れたマンガリッカ豚の仔豚を生産しているいくつかの農家を訪れました(写真2)。そこでは、雌雄の種豚たちは、抗生物質などを含まない団栗や小麦などの自給飼料を与えられなかった山間で放牧されていました。このような両親から耐病性が高くて逞しい仔豚たちが産まれ、この仔豚たちを肥育農場に出荷していました。11月下旬のハンガリーは東京の真冬より寒く、途中初雪をむかえましたが、種豚や仔豚たちは平然と屋外で生活していました。このようにして育てられた豚の肉を精肉としたり、ハンガリーの伝統的方法で冷燻してサラミソーセージを生産して世界中に輸出している工場を訪れました(写真3)。耐病性の高い家畜の生産から加工、輸出まで、畜産業の上流から下流までがコンパクトながらうまく組み立てられて機能しているハンガリーの事例は、偽装問題で食品の安心が基盤レベルで揺れている我が邦が見習えることが多く、有意義な経験を重ねることができました。

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