食由来腸内細菌代謝物と肥満(2026年2月20日)

東京農工大学 大学院農学研究院
宮本潤基


1.腸内細菌
 ヒトの消化管には、およそ100兆個、重量にして1~2 kgにも及ぶ膨大な数の微生物から構成される腸内細菌叢が形成されている。近年の研究により、腸内細菌叢は宿主のエネルギー代謝や免疫機能をはじめとする生体恒常性の維持に深く関与していることが明らかとなっている。腸内細菌叢の構成は、食生活、遺伝的背景やストレスなどの環境因子によって影響を受けることも良く知られている。特に食事は腸内細菌叢に対して強い影響を及ぼし、その変化は短期間で劇的に生じる。動物性食品の摂取は、胆汁酸耐性を有する菌種(Alistipes属、Bilophila属やBacteroides属など)の増加を促進する一方、植物性食品の摂取は、食物繊維を資化する菌種(Roseburia属やEubacterium属など)の増加と関連することが報告されている (David et al. Nature. 2014)。また、地中海食のように野菜や穀類を中心とした食事様式では、難消化性多糖を分解するPrevotella属やLachnospira属が豊富に存在し、それらの代謝産物である短鎖脂肪酸が体内に高濃度で認められることが示されている(De Filippis et al. Gut. 2016)。今後の腸内細菌研究においては、摂取する食事の質や種類を考慮しつつ、腸内細菌叢と宿主との相互作用を統合的に理解することが求められる。近年では、食物繊維などの栄養成分を基質として腸内細菌が産生する代謝物、特に短鎖脂肪酸が、宿主の生体調節機構に寄与する実質的な分子実体として注目を集めている。

2.食由来腸内細菌代謝物と肥満
 腸内細菌の主要な食由来代謝物として知られる短鎖脂肪酸は、炭素数2~6個の脂肪酸の総称であり、主に酢酸、プロピオン酸および酪酸が代表的である。近年の研究により、生体内における短鎖脂肪酸の受容・認識機構が分子レベルで明らかとなり、細胞膜上の受容体であるGタンパク質共役型受容体(G-protein coupled receptor; GPCRs)が同定された。これらの知見から、難消化性多糖類の摂取や腸内細菌による宿主恒常性維持機構は、腸内細菌によって資化された短鎖脂肪酸とその受容体を介した作用によるものであることが示唆されている。すなわち、短鎖脂肪酸は単なるエネルギー源としてのみならず、受容体を介したシグナル分子としても機能することが明らかになりつつある。我々はこれまでに、短鎖脂肪酸受容体である GPR41およびGPR43が、食事、腸内細菌、ならびに宿主の恒常性維持を制御する重要な因子として機能することを明らかにしてきた。特に、母親の腸内細菌叢が胎児の発達および出生後の疾患感受性に及ぼす影響に着目し、妊娠中の母親の食事と腸内細菌との相互作用によって産生される短鎖脂肪酸が、胎児期の成長に影響を与え、その結果として出生後の子供の肥満を予防することを示した。さらに、胎児に発現するGPR41および GPR43が母親由来の短鎖脂肪酸によって活性化されることで、神経細胞、腸内分泌細胞、膵β細胞の分化が促進され、代謝・内分泌系の正常な成熟に寄与することを明らかにした(Kimura et al. Science. 2020)。さらに近年、我々は食の欧米化に伴う糖質、特にスクロース摂取量の増加に着目し、腸内細菌によるスクロースを基質とした菌体外多糖(EPS; exopolysaccharides)産生への影響を検討した。健常者および肥満者由来の便検体を用いてヒト腸内細菌由来 EPS 産生菌の探索を行った結果、ヒト消化管常在細菌の一種である Streptococcus salivarius を肥満バイオマーカーとして単離・同定した。S. salivarius がスクロースを基質として産生するEPSの摂取は、短鎖脂肪酸産生を亢進させ、GPR41 および GPR43を介して肥満および耐糖能異常を改善することを明らかにした(Shimizu et al. Nat Commun. 2025)。

3.おわりに
 近年のオミクス解析技術の発展に伴い、腸内細菌研究は飛躍的な進展を遂げており、ヒトの健康維持に寄与する腸内細菌の機能解明が精力的に進められている。しかしながら、その作用機構には未だ不明な点が多く残されている。腸内細菌代謝物である短鎖脂肪酸は、宿主の代謝制御や免疫応答、さらには腸内環境の恒常性維持に重要な役割を果たすことが示唆されており、生体恒常性維持への関与が注目されている。今後、これらの知見を基盤として腸内細菌由来物質の機能解析をさらに深化させることで、代謝性疾患に対する新たな治療戦略の確立や、健康維持・増進に資する機能性食品の開発など、幅広い分野への応用展開が期待される(図)

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