
一般社団法人The Good Food Institute Japan
マネージングディレクター
洪 貴美子
地球人口は2050年に約100億人1に達すると予測されています。この中で、気候変動、食料安全保障、経済安全保障、公衆衛生、栄養課題、アニマルウェルフェアといった多層的な課題が、既存の食料システムに大きな転換を迫っています。
従来型の畜産は世界全体の温室効果ガス排出の約14.5〜20%2を占め、抗菌薬耐性の拡大、土地利用の過剰、資源効率の限界といった構造的課題も顕在化しています。その中で、動物細胞を培養してつくる動物性タンパク3生産技術は、持続可能で安全かつ公正なタンパク質供給の新たな選択肢として、世界的に注目を集めています。
一部の市場で新しい食品カテゴリを創出するだけでは、これらの共通課題を解決することはできません。日本をはじめ世界中の人々が十分な栄養を安定的に提供する食料供給システムを構築することが、世界7拠点で活動する国際シンクタンクネットワークである私たちGood Food Instituteのミッションです。
特に日本には、技術開発力と品質管理の高さにおいて世界から期待を寄せられています。米国や中国では国家戦略として競い合うこの分野で、日本の研究者や企業が培ってきた培養技術、精密な製造プロセス、成熟した食品サプライチェーンは、この革新を加速させる大きな潜在力を秘めています。
なぜ「Cultivated」なのか
動物細胞を培養して作られる食品は新しい技術であり、どのような名前で社会に紹介するかが重要です。呼称は単なるラベルではなく、消費者の印象や購買意欲、産業全体の成長に直結します。
「Cultivated」は欧米の英語圏で科学的に正確で、表示制度との整合性を保ちやすく、消費者に安心感を与えることから国際的な規制や市場形成に適した名称として選ばれました。消費者調査は2019年から継続実施され、2024年の米国調査が最新データです。
米国や欧州の調査では、「Cultivated」が他候補(lab-grown, cell-basedなど)に比べてポジティブな印象を与えることが示されています。特に「Cell-based」は科学実験のような印象を与え不安を喚起しやすい傾向が確認されています。
2024年の米国調査4では、「lab-grown meat」は認知度が高い一方、67%が「魅力的でない」と回答しました。対照的に「Cultivated meat」は説明前19%でしたが、製造プロセスを説明した後に受容性が大きく向上し、購買意欲や信頼感を高める効果が確認されました。
ここからわかるのは、調査だけでなく、得られた知見をもとに名称を根付かせる継続的な取り組みが不可欠ということです。適切な言葉を選び、説明とともに繰り返し発信し、消費者の理解と信頼を醸成することが新しい食品を受け入れられるための重要なステップです。
日本語用語と国際的影響
日本語での呼称は国内の消費者受容に直結するだけでなく、海外の産業や規制環境にも影響します。日本で採用された用語が翻訳される際にニュアンスが失われたり否定的な印象が広まると、世界の市場形成にリスクをもたらす可能性があります。
日本は世界第4位の経済大国であり、食品流通の高度なインフラと品質管理で評価されています。さらに日本市場はコンセンサスを重視し、一度方向性が定まると産業全体の取り組みが加速する特徴があります。これにより、選択された用語の影響は国内外で大きくなります。
これからの日本に向けて
国際的な合意形成と国内の消費者理解を両立させるためには、科学的根拠に基づいた情報発信と文化・市場に適した言葉選びが不可欠です。「Cultivated」という選択は単なる用語ではなく、未来の食料システムをどう描くかという社会全体の意思決定です。
日本発の情報が国際社会に与える影響を意識し、信頼できる言葉を選ぶことは、産業と規制、社会が三位一体で取り組むべき課題です。人口減少に伴う国内市場の変化を見据え、日本は輸出を意識した戦略を構築する必要があります。食料問題は世界全体で取り組むべき課題であり、日本企業にはグローバル市場を見据えた挑戦が期待されます。
1 United Nations, World Population Prospects 2022
2 FAO, Tackling Climate Change through Livestock, 2013
3 日本では、培養肉、細胞培養食品、細胞性食品などと呼ばれている。
4 GFI, Consumer snapshot: Cultivated meat in the U.S. , 2024


