SFSS 食の安全と安心フォーラム第16回(2019.1.27)より放射線殺菌技術の食品への応用(2019年4月29日)

小林泰彦


量研・高崎研 放射線生物応用研究部長
小林泰彦

1. 放射線殺菌技術の特徴
 放射線殺菌・滅菌は確立した技術であり、国内でも医療機器、食品容器、実験動物用飼料などを対象に複数の商用照射施設が稼働している。
 高温高圧蒸気滅菌やEOG滅菌と比べた放射線滅菌の利点は、1)温度がほとんど上がらないため対象物の品質が保たれ、プラスチックなど耐熱性が低い材料や生鮮・冷凍品でも処理可能、2)滅菌後の残留ガスの除去や排ガス処理が不要で、安全性が高く環境汚染もない、3)放射線の透過力が大きいため、形状を問わず内部まで均一に処理でき、出荷前の最終梱包状態での処理や密封包装後の処理も可能、4)連続処理が可能で効率的、5)滅菌効果は線量で決まるため工程管理と滅菌の保証が簡便、などである。

2. 殺菌に用いられる放射線
 どんな電離放射線にも殺菌作用があるが、工業的に使われているのは、対象物を放射化しないように、コバルト60のγ線と10 MV以下の加速器による電子線が主で、電子線で発生させた変換X線(制動X線)も使われ始めている。γ線やX線は透過力が大きく、分厚いものを均一に処理するのに適している。電子線は、線量率はγ線の千倍も高いが、透過力が小さいので、薄いものや嵩密度の小さいものに短時間で高線量を照射するのに適している。γ線、X線、電子線のいずれも、殺菌作用自体には、原理的にも実用上も何も違いはない。

3. 放射線殺菌と食品照射
 放射線殺菌・滅菌は、熱に弱いプラスチック製の医療機器や実験器具類の他、医薬品原材料、包装材、衛生用品、実験動物用飼料、無菌充填用PETボトルなどの食品容器にも使われている。もちろん食品そのものの殺菌・滅菌も可能である。より低い線量(100?500Gy)では、熱帯果実などの検疫害虫の殺虫(不妊化)ができ、さらに低い線量(数十Gy)ではジャガイモやニンニクの芽止めができる。
 認可された放射線を、定められた条件で食品や農作物に照射して、殺菌・殺虫・芽止めなどの処理を行う技術を食品照射と呼ぶ。実用的には、殺菌などの目的達成に充分な線量以上で、かつ食品の商品特性や嗜好性に悪影響が生じない範囲の適切な線量が照射される。
 食品照射は、毒性学的・微生物学的安全性および栄養学的適格性の観点から最もよく検討された食品処理技術であり、意図した技術上の目的を達成するために適正な線量を照射した食品はいかなる線量でも適正な栄養を有し安全に摂取できる(WHO、1997)、安全性に関して喫緊の懸念事項はない(EFSA、2011)とされ、Codex規格やISOなどの国際規格が整備されている。

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4. 海外と日本の状況
 日本以外のすべての先進国で、国際機関の評価をもとに安全性を評価し、必要に応じで国内の規格・基準を整備し、食品の安全確保と品質向上のために香辛料や乾燥野菜、乾燥食品素材、食肉・魚介類などの微生物制御に利用している。最近では2016年6月にカナダ保健省が「放射線照射は牛挽肉中の有害細菌を低減するための安全かつ有効な処理」として規制の改正を提案、2017年2月に新たに冷蔵・冷凍牛挽肉の照射殺菌が許可されている。
 食品照射の処理量が最も多い国は中国で、100を超える照射施設で年間100万トンを超える食品が照射されている。年間20万トン以上のスパイス・調味料類が照射殺菌され、中国全土のコンビニで見かけるポピュラーなスナック:味付き鶏脚/手羽先は、照射することで茹で時間を最小限にでき、テクスチャー良好かつ室温での日持ち6ヶ月以上である。米国では年間消費量の3分の1に当たる年間7?8万トンの香辛料に加えて、年間8千トンの牛挽肉や食鳥肉が照射殺菌されている。他の国でも、香辛料以外に乾燥野菜やカエル脚、発酵ソーセージなど、ニッチな市場に向けた商業照射が継続している。さらに、ここ数年、国際植物防疫条約(IPPC)に基づく「植物検疫措置に関する国際基準(ISPM)」の下で、蒸熱・低温・薬剤処理に代わる新たな植物検疫処理として熱帯果実の照射が急増中である。
 食品照射が実用化された海外の国々では、たとえ一部の消費者は拒否しても、実際に照射食品は購入されており、市場が緩やかに発展している。一方、日本では、食品への放射線照射が食品衛生法で原則禁止されているため、日本の消費者は芽止めジャガイモ以外の照射食品を店頭で目にすることも、購入してそのメリットを実感する機会もない。厚生労働省は、照射食品に対する規制の見直しに消極的な理由として、ニーズが見えないことと社会受容の未熟を挙げている。しかし、社会受容のための消費者教育より、照射食品の安全性と有用性に関する公衆衛生当局の正当な評価と、ニーズがあっても言い出しにくい食品製造・流通事業者の納得が先ではないだろうか?

参考)
日本食品照射研究協議会 http://www.jrafi.jp/FItoha.htm

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