前回のQ&Aでは、一般市民むけの新型コロナウイルス対策について、ウイルス研究者で感染症予防に詳しい麻布大学客員教授/国立医薬品食品衛生研究所客員研究員の野田衛(のだ・まもる)先生に、「集団予防」という概念とともに、マスク・手洗い・消毒薬という3つの予防法のコツについて、具体的にご解説いただきました:
http://www.nposfss.com/cat3/faq/covid-19.html
(山崎):野田先生は、新型コロナウイルスに対する市民の予防法について「集団予防」という概念を提唱され、とりわけ健常者も含めて正しくマスクをすることの重要性を強調されました。しかし、WHOや米国CDCなども、「健常者はマスクをする必要はない」、「医療機関などでマスクが不足するので、健常者はマスクをしてはいけない」などの強いメッセージを出していました。
*健常者にとって、マスク着用によるウイルス感染症予防効果のエビデンスはないのでしょうか?
(野田):そんなことはありません。長野県松本市の小学校において、マスク着用の季節性インフルエンザに対する予防効果を調査した観察研究報告があります。2014/15シーズンの長野県松本市のすべての小学生(29の公立小学校、13,217人)が対象で、10,524人の子供から得られた回答について統計解析したそうです。
*Mitsuo Uchida, et al.: Effectiveness of vaccination and wearing masks on seasonal influenza in Matsumoto City, Japan, in the 2014/2015 season: An observational study among all elementary schoolchildren, Preventive Medicine Reports, 5, 86-91 (2017)
(山崎):なるほど、小学生での季節性インフルエンザ発症について、どのような予防措置が有効だったかという疫学調査ですね。マスク着用はどうだったのでしょうか?
(野田):ワクチン接種とマスク着用で予防効果が有意に認められたとのことです。ちなみに、手洗いとうがいは予防効果がなく、むしろ罹患率は増加しました:
表 ワクチン接種、マスク着用、手洗い、うがいの予防効果
対策 | オッズ比 | 95%信頼区間 |
---|---|---|
ワクチン接種 | 0.866 | 0.786-0.954 |
マスク着用 | 0.859 | 0.778-0.949 |
手洗い | 1.447 | 1.274-1.644 |
うがい | 1.319 | 1.183-1.471 |
オッズ比が、1以下の場合効果があり、値が小さいほど効果が大きい。
(山崎):インフルシーズンにマスクを常用した小学生で、インフルエンザ発症者が有意に少なかった、との理解ですが、合っておりますでしょうか?
(野田):おっしゃる通りです。ちなみに、ワクチン接種とマスク着用の全体的な効果は、それぞれ9.9%と8.6%であったとのこと。高学年(4〜6年生)と低学年(1〜3年生)のグループに分けると、ワクチン接種の有効性は低学年で大きく、マスク着用の効果は高学年で大きかったそうです。 高学年ではマスクを正しく着用していたから、有意な予防効果が得られたのではないかとの考察がされました。
(山崎):おもしろい結果ですね。もちろんインフルエンザと新型コロナウイルスでは感染形態が若干異なる点もあるかとは思いますが、飛沫感染と接触感染が主たる経路とすると、野田先生が言われた「正しくマスクを着用すること」の重要性がわかります。
(野田):そうですね。マスクがうまく着用できなかったことが容易に想像できる低学年では、飛沫感染を予防できなかったのでしょう。一方、ワクチン接種効果が低学年で高かった理由については、ワクチン接種が低学年で高かった(低学年:51.4%、高学年:44.7%)、高学年の生徒がより活動的で感染機会が増加した、低学年でのワクチン効果が高いことを示唆する報告があることなどが原因ではないかと考察されています。反面、小学校において手洗いやうがいでは、むしろインフルエンザ発症が増えています。これは、小学生が手洗い場に集まり、同時に手洗いやうがいを実施したことで感染リスクを高めた可能性があり、このことが小学校でのインフルエンザ集団発生の制御が困難である理由となっているのではないかと考察されています。
(山崎):「健常者マスク不要論」を主張する方々は、この調査報告ではインフルエンザに感染した小学生がマスクを着用したからこそ発症が減ったのではないか(咳エチケットのせいでは?)と言われるように思いますが・・
(野田):いえいえ。インフルエンザを発症した子供は学校を休みますので、あくまで健常者もしくは健康にみえる小学生がマスクを着用したか、しななかったのかで群間比較をしています。今回の新型コロナウイルスの予防対策においても、同じように健常者の市民がすべてマスクをした場合と、しなかった場合の感染/発症リスクを考察する意味で、重要なデータと評価するべきです。
(山崎):なるほど。ほかにもマスク着用のインフルエンザ予防効果のエビデンスはあるのでしょうか?
(野田):はい。インフルエンザのパンデミックが発生した場合を想定し、どのような対策が効果的であるかを把握するために、手洗い、マスク着用、環境の消毒の個人予防について、過去の論文(14の無作為対照研究)の臨床データを総合的に解析した報告があります。その報告によると、予防効果があるとする確固たる科学的証拠を得るには至らなかったとのことです。
*Jingyi Xiao, et al.: Nonpharmaceutical Measures for Pandemic Influenza in Nonhealthcare Settings–Personal Protective and Environmental Measures, Emerging Infectious Diseases, 26(5), 2020
(山崎):それは残念です。マスク着用の予防効果が明確に認められなかったということですか?
(野田):複数の論文のデータについてメタ分析(固定効果モデル)を行った結果、マスク着用については、マスク着用のみで0.78、マスク着用と手洗いの併用で0.91、マスク着用(手洗いの有無を問わない)で0.92の値となっています。1以下の値で効果があることを示しますので、多少の効果があったことになります。手洗いについては、各論文のデータのバラツキが大きく、分析できたのはマスク着用と手洗いの併用(0.91)だけでしたが、それも効果が認められています。
また、各文献のデータから単純に算術平均値で求めた罹患率の平均値は、マスク着用や手洗いを実施する方がいずれも低い値となっています。従って、効果がまったくないということではありません。筆者は確固たる(substantial)効果はなかったと述べています。
私個人としては、このような効果の違いであっても、集団レベルでみると予防効果が得られると考えています。
これが集団予防ということになりますが:
(山崎):なるほど。確固たる効果はあるとは言えないまでも、効果がある程度認められているということですね。ありがとうございました。いま専門家会議の先生方が強調されている「3つの密」(密閉・密集・密接)に近づかないことや、自宅待機・イベント自粛など、市民を物理的に隔離する手法はどうなのでしょう。
(野田):市民の移動制限、外出禁止、休校など物理的な隔離手法は、明確なウイルス感染症の拡大抑制効果が報告されており、個人の予防行動(マスク着用・手洗い・消毒薬利用・うがいなど)よりも予防効果が高いことがわかっています。
(山崎):だからこそ専門家会議の先生方は、密閉・密集・密接に近づかないことを強調されるのですね?いまソーシャル・ディスタンスなどと呼んで、他人からの距離を1m以上開けることが推奨されていますが、ワクチン開発が完了するであろう1年先まで「3つの密」を避けろと言われたら、外食や夜の娯楽産業はすべてつぶれてしまいますね。
(野田):そうなんです。市民の物理的隔離政策(外出禁止やロックダウンなど)は、大きな経済的損失を伴うことが一番の問題です。新型コロナウイルスの感染拡大が止まっても、自殺者がたくさん出てしまったら本末転倒です。また、物理的隔離政策を長期間にわたって実施することは難しく、解除した後にはまた感染拡大が起こりやすくなってしまいます。従いまして、言うまでもなく物理的隔離政策は重要ですが、マスク着用・手洗い・消毒など、市民ひとりひとりの個人予防対策もさらに徹底すべきではないかと思うわけです。
(山崎):そうですね?いまよく言われる新型コロナの「集団免疫」を獲得していくプロセスを考えても、経済活動を抑制することなく、市民たちが感染予防活動を励行しながら、その中でも高齢者・妊婦・小児などには絶対ウイルスをうつさない距離を保つことができれば、いけそうな感じがします。そうこうしているうちに大半の市民が免疫を獲得している社会となればよいですね。
(野田):集団免疫は、私が集団予防を推奨する元になっている言葉です。確かに、国民が感染を繰り返し、集団免疫を獲得すれば新型コロナウイルスの流行は収まるでしょう。しかし、個人的にはワクチン接種が導入されない限り、集団免疫による予防効果を期待することは考えるべきではないと思います。当然ですが、感染者が増加するに従って、重症例や死亡例が発生してしまいます。集団免疫はあくまで、ワクチン接種により得られるものであり、現状においては感染しない、感染させない対策に全力を注ぐべきだと思います。
ここまではインフルエンザなど既存のウイルス感染症のデータを基に、マスク着用の予防効果を推察しましたが、今回の新型コロナウイルスに関する興味深い記事がインターネット上に掲載されていましたので、ご紹介したいと思います。
(山崎):どういったものでしょうか?
* Sui Huang (2020) “COVID-19: WHY WE SHOULD ALL WEAR MASKS — THERE IS NEW SCIENTIFIC RATIONALE” medium.com Mar 27, 2020.
(野田):著者のSui Huang博士は分子生物学および細胞生物学者であり、理論生物学の経歴を持つ先生ですが、インターネット上で、以下のような理由から、マスク着用を推奨されています。
- 新型コロナウイルスの流行の増加を抑制するためには、感染効率を下げることが重要(有効か無効かではなく、ある程度有効な対策は導入すべき)。
- 各種のマスク(N95マスク、外科用マスク、自家製マスク)のエアロゾル(0.2~1マイクロメートル)の透過率はN95マスク、外科用マスク、自家製布(tea cloth)の順に高くなる(通過しやすくなる)が、いずれも、非感染者の飛沫侵入防止、感染者の飛沫拡散防止の両方において効果があるとする報告がある。通常の飛沫のサイズはエアロゾルより大きいことから、N95マスクとそれ以外のマスクとの飛沫の透過率の差はより少なくなると思われる。
- 新型コロナウイルスは細胞に侵入するためには、ACE2と呼ばれる受容体を利用している。この受容体は鼻腔の細胞で多く発現している。また、鼻腔の拭い液から大量のウイルス遺伝子が検出されることから鼻腔の細胞でウイルスが効率的に増殖していると考えられる。そのため、鼻や口からのウイルスの侵入を防ぐことが大切。
以上の理由から、マスクの着用が新型コロナウイルスの感染防止に役立つ。また、N95マスクでなくても、外科用マスクや自家製のマスクでも感染のリスクを下げることができる。ロックダウンなどの社会的隔離政策が解除された場合、再び感染のリスクは高まる。そのため、マスクの幅広い使用を推奨する。
以上のような内容です。
(山崎):よくわかりました。それで、すべての市民がマスク着用を義務付けられたチェコなどで、新型コロナウイルスの感染拡大が抑制され、世界にそのムーブメントが広がっているのですね? ⇒ #Masks4All
https://youtu.be/HhNo_IOPOtU
以上、すべての市民がマスク着用を励行することが、感染拡大を抑えてくれる可能性について、ご解説いただきました。野田先生の提唱される「集団予防」の「ポイント3つ」を、国民総動員で実行しましょう。
そうすれば、“I protect you, and You protect me.”ですね?
① 飛沫をあびないこと(飛沫感染防止;マスクも有効)
② 手洗いまでは顔をさわらないこと(接触感染防止)
③ 消毒薬をうまく使う(アルコール以外も有効利用)
(インタビュー取材:SFSS 山崎 毅、写真撮影:miruhana)
[初稿:2020年4月4日00:11]