細菌性食中毒対策における衛生管理ポイント(畜産農場~加工施設)(2022年9月12日)

佐々木貴正


国立医薬品食品衛生研究所・食品衛生管理部・第一室長
佐々木貴正

1.はじめに
 家畜の消化管内には細菌性食中毒の原因となるカンピロバクターやサルモネラなどの食中毒菌が棲息していることがあります。家畜は食中毒菌が消化管内で増殖しても下痢や嘔吐などの食中毒症状を示すことは稀で、糞便とともに食中毒菌を体外に排泄します。もちろん、と畜場や食鳥処理場などの食肉処理施設では可食部位の糞便汚染を防止するために一般衛生管理やHACCP方式による衛生管理に取り組んでいますが、完全に汚染を防止することは困難です。また、食中毒菌は、適度な栄養分、水分、温度があれば、食品、製造ライン、調理器具などのあらゆる場所で増殖することができます。このため、細菌性食中毒を減少させるためには農場から食卓(フードチェーン)に至るすべての段階において、その段階に存在するリスクに応じた安全確保のための取組を行う必要があります。このような考え方をフードチェーン・アプローチと言います。

2.フードチェーン・アプローチ
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 日本は、2003年にリスクアナリシス(リスク管理、リスク評価及びリスクコミュニケーションで構成)を食品安全行政に導入し、リスク管理機関である農林水産省と厚生労働省、リスク評価機関である食品安全委員会は、フードチェーン・アプローチに従ってフードチェーンの各段階における汚染実態調査や汚染低減策に関する調査研究を推進しており、その成果(科学データ)も少しずつ公表されるようになりました。例えば、細菌性食中毒の中で最も届出数が多いカンピロバクター食中毒の主な原因は生や加熱不十分な鶏肉料理や牛肉料理であると考えられていますが、実際に食中毒事件の多い夏季のブロイラー群の保菌率は7割を超えること、この保菌率は飲用水の消毒によって低下できる可能性があることが分かりました。また、鶏肉は、食鳥処理場における脱羽と内臓摘出の工程で高濃度に汚染される一方で、従来考えられてきた「とたい」
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の冷却工程(国内のほとんどの食鳥処理場では次亜塩素酸ソーダなどの殺菌剤を添加済み)ではその汚染濃度が低下すること、汚染濃度はその鶏肉が生産される食鳥処理場によって異なること、高圧処理によって鶏肝臓内部の汚染濃度を低下させることができることなども分かりました。一方、肥育牛はカンピロバクター保菌率が高く(6割)、数か月間カンピロバクターを糞便中に排泄することが分かりましたが、肥育牛は子牛、育成牛、肥育牛の各段階で家畜市場を介して全国に移動する可能性があり、現状の牛の流通システム下では、農場への保菌牛導入を防止することは困難であることが分かりました。サルモネラ食中毒については、輸入ヒナの検疫強化や市販鶏卵への生食用消費期限の表示などの取組により2000年以降急減しましたが、それでも細菌性食中毒の中では2番目に届出数の多い食中毒です。これまでの調査によって、ブロイラー群の保菌率は8割超であり、ブロイラーの親(種鶏)が保菌していることがその原因の1つであることから、サルモネラ食中毒を減少させるには種鶏場の汚染状況を低下させる必要があることが分かってきました。
 このようにフードチェーンの各段階における食中毒菌の汚染状況やその汚染低減策に関する科学データなどの情報は蓄積されつつあり、今後はこれら蓄積された情報を分析・評価し、新たな汚染低減策の導入または現行の汚染低減策の改良へと移行することが期待されています。

3.今後の展開
 安全確保のための取組には当然経済的コストが必要で、最終的にそのコストは消費者が負担することになります。このため、行政、生産者、食品製造者、飲食店、消費者などのフードチェーンに関わるすべての関係者がこれら情報を共有し、相互理解を深めた(リスクコミュニケーション)上で、各自が細菌性食中毒の発生防止に取り組み、その効果を検証・共有する必要があります。また、安全性の更なる向上を目指し、このサイクルを継続していくことも必要です。

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