食品製造の工程管理における微生物制御への予測微生物学の活用(2022年9月12日)

小関成樹


北海道大学大学院農学研究院・食品加工工学研究室・教授
小関成樹

予測微生物学とは
 細菌のような微生物は分裂を繰り返すことで増殖するが、一度分裂を開始すると、ある環境条件下において増え続け、その増殖挙動はある意味でパターン化している。「パターン化する」とはつまり、「数式化できる」ということを意味し、この特徴に着目して測定可能な環境条件の情報から、数式に基づき細菌数の変化を予測可能とする、というのが予測微生物学の最も基本的な概念である。加えて、近年ではリスクを基盤とする評価、管理が行われるようになり、細菌数の変化とともに、どのくらいの確からしさ(確率)で数が変化するのか、あるいはある環境下で増えるのか、増えないのか、といった確率を予測するといった役割も大きくなっている。

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予測微生物学の活用
 HACCPと公衆衛生のゴールである”Appropriate level of protection(ALOP)”とを繋ぐ指標として”Food Safety Objective(FSO)”という考え方がある。FSOとは喫食時の目標菌数を指しており、例えば1gあたりの菌数は10個以下でなければならない、といった具体的な制御目標の数値で示される。実際には、食品内の菌数は時間経過に伴い、原材料による初期菌数から殺菌工程で減少、保管中に増殖するなど動きがあるため、全行程を俯瞰して最終的な菌数がFSOを下回っていれば良いという発想である(図1)。
 菌数の扱いは「桁(log)」に注目するので、FSOに関しても桁の動きをみる。たとえば消費期限を決めるにおいては、FSO = 1log CFU/gであるとする。それに対し、初期菌数が3log程度であり、殺菌工程(減少菌数)で-5logできる(菌数を5桁下げることができる)とすると、保管中の増菌をどの程度まで許容できるかを推定できる。図1中の式に当てはめると以下のように記述できる。

 初期菌数3 log + 減少菌数 -5 log + 増加菌数?≤ FSO 1 log

 これより、?≤3となり、つまり、増殖は3桁までに抑える必要があることが示される。ここで、増殖予測モデルを活用して3桁増加に至る時間を予測推定することで、定量的に的確な消費期限の設定を可能とする。

 以上のように、HACCPに基づく管理が前提となっている現代において、FSOという考え方を基盤に、論理的にさまざまな条件を決定できることを認識して頂きたい。往々にして従来ありがちであった「なんとなく、温度が倍になったら時間は半分くらいになるのでは」という感覚的な判断ではなく、計算によって数値を算出し、各種の製造・流通条件を論理的に導き出せることを理解して、微生物制御に取り組まれることを強くおススメする。

今後の展望
 これまで予測微生物学といえば数式に基づく、小難しいことをやっている印象が強かったかもしれない。しかし、近年のコンピュータサイエンスの発展に伴い、予測微生物学の世界にもその波が入り始めている。様々な条件下における微生物の増殖や死滅のパターンをコンピュータに学習させてしまい、未知の条件下における増殖あるいは死滅の予測を可能とする、機械学習の手法の可能性が示されつつある。大量の網羅的なデータさえ整えば、かなりの精度での予測が可能となることが見込まれる。そのためには、食品業界全体でのデータ共有の枠組みの整備などが課題である。


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