公益社団法人日本消費生活アドバイザー・コンサルタント・相談員協会 食生活特別委員会副委員長
蒲生 恵美
食品安全の分野でひとたび問題が起きると「放射性物質ゼロを目指します!」などのゼロ・トレランスが繰り返し叫ばれるが、食品にゼロリスクは不可能として、Codexは1995年に食品安全システムの原則にリスク分析を採択した。ゼロリスク論から実質安全論への転換である。実質安全論は政府だけでなくすべてのステークホルダーに食品安全性確保のための責任の共有を求めている。実質安全論をベースとした食品安全基本法は、「消費者は知識・理解を深め、意見表明に努めて食品安全性確保に積極的な役割を果たす」ことを定めている。
ゼロリスク論でなく実質安全論においては、リスクをどこまで低くするか、言い換えればどこまでのリスクは社会として許容するかを決めなければならない。その際にはリスクトレードオフを考えなければならないし、国際整合性を図りつつ限られた予算をどのリスク対策に優先配分するかといった、科学だけでなく社会的な検討も行わなければならない。社会として引き受けるリスクは、政府や科学者など特定の誰かが決めてその人だけが責任を負うものではなく、消費者も含めたすべてのステークホルダーの参画が求められる。筆者は実質安全論の食品安全システムが始まった現代において、消費者に求められる力を養うことが食品安全分野の消費者教育が果たすべき役割だと考える。そしてその消費者教育には以下の4つが重要だと考えている。講演では遺伝子組換え食品(以下GM)を題材にこの4点について説明した。
1.科学的根拠のある情報
内閣府の調査※1によるとGMは食中毒や農薬、食品添加物などと比べて「安全性についての科学的な根拠に疑問」を不安要因として挙げる割合が高く、科学的根拠のある正確な情報を伝えることが重要である。この観点からの情報発信は複数あるが事例※2は限られている。
2.程度を判断する力
実質安全論ではリスクをあるかないかでなく総合的に判断する必要がある。「情報の信頼性」「リスクの程度」「リスクトレードオフ」を客観的にチェックする方法を養うことが有効だ。
3.他人の考えを理解する力
自分の考えを客観視することは難しく、無意識のうちに相手も自分と同じ見方をしていると思ってしまうことがある。他人の考えを理解した上で自分の意見を伝え合うディベート※3などの教育は、他人の考えを理解する力を養うために今後も充実していくことが望まれる。
4.異なる意見を持つ人との合意点を探る力
GMに限らず科学技術コミュニケーションではその技術の説明のみに終始することが多いが、消費者が知りたいのはその技術がどのような社会の実現に貢献し、他の技術と比べてどのようなメリット・デメリットがあるかだと思う。技術ありきの議論でなく、持続可能な社会という誰もが共感できるポイントから議論を始めてGMやその他の技術を比較検討する場では、互いに意見が異なる相手とでも合意点を探ることが可能になるのではないか。社会としての合意点を探る力の養成が消費者教育には求められる。
実質安全論の食品安全システムがうまく機能するために必要と思われるこれらの消費者教育にこれからも尽力していきたいと思う。
※1.内閣府食品安全委員会「食品の安全性に関する意識等について」平成24年7月
※2.http://www.life-bio.or.jp/topics/pdf/topics461.pdf
※3.http://www.nias.affrc.go.jp/gmo/biotech/minna201402.pdf