なぜ大人が甲子園を諦めるのか?!
~全員マスク・手洗いで新型コロナのリスクが無視できる理由~

[2020年5月26日火曜日]

 ”リスクの伝道師”SFSSの山崎です。毎回、本ブログでは食の安全・安心に係るリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方を議論しておりますが、今月も新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について、ようやく緊急事態宣言が全国で解除されたにもかかわらず、いまだにその感染リスク低減策に関して疑問符がつく社会的措置が多いので、これを議論したいと思います。
 なお、世界中でCOVID-19により亡くなられた方々に謹んでお悔やみを申し上げるとともに、感染して治療中の方々にお見舞いを、また日々奮闘されている医療従事者の皆様に敬意を表します。

 実は昨年の夏も、筆者は甲子園のリスク問題をとりあげたのだが、今年もまたこのような形で高校野球のリスク問題をとりあげることになるとは、夢にも思わなかった:

 ◎いま一度「リスク」を考える
 ~回避すべきリスクかどうか、誰がどう決めるべき?~
  SFSS理事長雑感 [2019年7月26日]

 http://www.nposfss.com/blog/risk_avoidance.html

 その当時、高校球児だった現千葉ロッテマリーンズのゴールデンルーキー、佐々木朗希投手が、岩手県予選決勝で肩が故障するリスクを恐れて、監督が登板回避を指示したことに関して、筆者は本当にチームの甲子園出場を逃すリスクと佐々木投手の故障リスクを天秤にかけて(「リスクのトレードオフ」)、綿密にリスク評価をしたうえで佐々木選手やチームメートたちも含めて協議したうえでの決定だったのか、疑問を呈したわけだ。

 ◎夏の甲子園中止を決定 春夏連続は史上初めて 地方大会も
  Yahoo News 5/20(水) スポニチ・アネックス

  https://news.yahoo.co.jp/articles/70a127f88d6cda88e4d95f913b2014e3280004aa

 今回高野連と朝日新聞社が高校野球夏の甲子園大会を中止したことも、高校球児たちも含めて関係者の感染リスクを恐れて決定したものだと理解するが、肝心の高校球児たちが3年間甲子園を目指してきた汗と涙と努力の結晶(彼らにとっての夢・名誉・人生における価値など)が一瞬で消えてしまうリスクと、きちんと天秤にかけたうえでの判断だったのか、大いに疑問だ。夏の甲子園大会出場のチャンスを100%断たれるリスクと夏場の新型コロナのリスクを比較したときに、後者が間違いなく大きいとなぜ言えるのか。

 このような典型的な「リスクのトレードオフ」の問題を慎重に吟味する際に、感染症専門家の一面的な助言のみで、短絡的に新型コロナのゼロリスクを選択したとすると、あまりにも拙速というしかない。われわれの人生において、リスクは感染症だけではないので、新型コロナのリスクを移動制限などで遮断すると、必ずほかのリスクが生じる(ほかのベネフィットを失う)ことを肝に銘じなければならない。それくらい、高校球児たちにとって甲子園大会の価値観・人生観が非常に大きいことは、甲子園を経験して、その後の人生が大きく花開いていったOBたちに聴けばわかるのではないか。

 そう考えると、今回の夏の甲子園大会中止について、大人が勝手に決めてしまうのではなく、なぜ高校球児たちやOBの意見を少しでも反映して、判断に活かさないのか。「高校野球は教育の一環なのだから、大会開催の安全管理については生徒が決めることではない」と言われるかもしれないが、では「アスリート・ファースト」という考え方は高校生には適用されないというのも納得がいかない。かつて、日本がモスクワ五輪のボイコットを決定したときに、泣きながら抗議をした山下康弘や瀬古利彦なら、今回一生に一度のチャンスであった甲子園大会の夢を逃した高校3年生の選手たちの気持ちがよくわかるはずだ。

 もし次の冬に、新型コロナの第二波パンデミックが襲来したときに、感染リスクが避けられないとして、「東京大学・京都大学の入学試験を今年度は中止します」とアナウンスしたら、「命には替えられないので仕方ないよね。1年浪人します・・」と受験生や保護者達があっさり納得するだろうか。そんなことはないだろう。今回の高校野球大会中止は、高校球児・その保護者・応援する学校関係者たちにとっては、まさに人生を根本から覆されるような”青天の霹靂”というべき決定なのだ。

 しかも、夏の甲子園大会、地方の予選大会をすべて開催するにあたり、新型コロナウイルス感染リスク低減策を十分施せば、選手だけでなく応援団・観客や大会関係者にとってのCOVID-19のリスクは無視できるレベルまで下げることが可能だ。NPBも6月19日の開幕が決まったということは、野球の試合を開催すること自体可能だということを、政府もそのリスクが許容範囲内に抑えられると評価したことになる。

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について、日々世界中の研究者から論文発表され、新たな知見が伝わってくることで、専門家たちの見解も少しずつ変わってきたが、われわれの見解はぶれていない。中国武漢から始まり、ダイアモンド・プリンセス号における集団感染を契機に、わが国にも徐々に侵攻してきた未知のウイルス”SARS-Cov-2″に対して、その特徴的な感染形態と重篤性など限られた情報をもとに、公衆衛生上のリスクを評価し、どのような感染予防策をとるべきか、SFSSでは2月中旬から国立医薬品食品衛生研究所客員研究員の野田衛先生にご助言をいただきながら、以下のようなリスコミ活動を続けてきた:

  「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の予防法について」
  食の安全・安心Q&A 番外編

   http://www.nposfss.com/cat3/faq/covid-19.html

 野田衛先生が提唱された「集団予防」のポイントは以下の3つだ:
   ① 飛沫をあびないこと(飛沫感染防止;マスクも有効)
   ② 手洗いまでは顔をさわらないこと(接触感染防止)
   ③ 消毒薬をうまく使う(アルコール以外も有効利用)

 この2月中旬の時点で、医療情報に詳しいメディアの方々に対しても、国民総動員でこの「集団予防」を励行することがCOVID-19感染拡大を抑えるのにもっとも重要とお伝えしたものの、われわれの発信力が弱く、採り上げていただけなかった。最大のネックは、WHOや米国CDCなど世界の主要な健康行政が「マスク着用によるウイルス感染症予防効果のエビデンスはなく、健常者はマスクを着用すべきでない」と主張していたことで、TVのワイドショーに登場する医師たちも、「健常者のマスク着用は非科学的で意味なし」と主張し続けたことだ。

 ダイアモンド・プリンセス号において無症状または軽症の感染者が多数発生していたとの事実をもっと真摯に受け止めて、公衆衛生上の感染拡大リスクが想像以上に大きいことが予測できたはずだが、それに対するリスク低減策が提案できていなかったように思う。しかも日本は、韓国と同じようなPCR検査拡充体制がなかったのだから、無症状/軽症の市中感染者がどこにいるのか不明のため、すべての市民に外出時マスク着用を義務付けるべきだったのだろう(感染者が自覚していないのだから、「咳エチケット」をうったえても、マスクをしてくれないだろう)。

 残念ながら、欧米の健康行政も医師など専門家たちも、社会に対して発信力のある方々が、この未知のウイルス感染症を抑えるためには、物理的隔離政策(ロックダウン・移動制限・外出自粛・3つの「密」に近寄らない等)、すなわち「ソーシャル・ディルタンス(社会的距離)」がもっとも重要であり、とにかく「Stay Home」という、きわめて限定的な環境要因のリスコミを市民向けに続けたことが問題だ。

 とにかく2m以上のソーシャルディスタンスを維持さえすれば感染リスクはなくなるという、すなわち「ゼロリスク」のリスコミは、裏を返すと、新型コロナウイルス感染症が、あたかも「空気感染」かのような誤ったリスクイメージを市民に植え付けてしまう。実際、新型コロナウイルスの感染形態は「飛沫感染」と「接触感染」であり、上述の野田衛先生の「集団予防」の解説でも、「唾液(ツバ)でもうつるので要注意」ということをうったえていたのだが、最近になってやっとメディアでも唾液の重要性をとりあげるようになり、「だからマスク着用が重要なんだね・・」とのコメントが出始めたのは朗報だ。

 英国の世論調査団体「YouGov」の新型コロナに関する特設サイトにて、世界の主要諸国における市民むけアンケート調査データを抜粋したグラフを以下に示す:

rijicho_202005.jpg
 https://yougov.co.uk/topics/international/articles-reports/2020/03/17/personal-measures-taken-avoid-covid-19

 このグラフの統計データが各国のすべての国民の外出時マスク着用率をどの程度反映しているかはわからないので、本データのみで判断することはできないが、台湾が当初から外出時マスク着用率が80%超えで感染者が少なかったこと、日本も3月中旬まで60%前後だったが、台湾のマスク着用率に追いついてきた4月下旬頃から感染拡大が抑制されてきたこと、欧州でもイギリスはなかなか感染拡大が止まらないことなど、各国の感染状況と外出時マスク着用率に相関が出ているように見える。なお、米国の外出時マスク着用率が4月末に60%となっているが、これはどこの州の数値だろう?という感想だ。

 いずれにしても、国民の80%以上が外出時マスク着用を励行することは、新型コロナ感染拡大を抑える方向に働く要因になっている可能性を示唆するデータではないか。上述の野田衛先生の新型コロナ予防法においても、外出時のマスク着用による飛沫感染防止が重要とのご見解だが、マスクの着用法に問題があると、感染リスクがむしろ高くなってしまう場合もあるので要注意だ。そのあたりを野田先生にYouTube動画で解説してただいたので、ご視聴いただきたい:

 ◎新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の予防について<正しいマスクの使用法>
  野田衛先生 -SFSSリスコミ特集動画-(2020/05/04)

  https://youtu.be/cOxRwu51uso

 さて、夏の甲子園大会中止の件に話を戻すと、まじめに感染予防対策を施した開催の可能性を再度検討していただきたいと思う。その最大の理由は、ここまで述べてきたソーシャルディスタンスに依存しない感染リスク低減策は十分可能と考えるからだ。その証拠に、3密を完全に避けることのできない、医療機関/病院/介護施設/老人施設/リハビリ施設/理美容などに係る業種の方々でも、感染リスク低減策を十分とっていればクラスター感染は発生していないからだ。

 高校球児たちも含めて高校野球の関係者が、フィールドでプレーするときと個室にいるとき以外は全員マスクを着用すること(ベンチ内、控室、バスや電車で移動中も)、手洗い・消毒を頻繁に実施すること、検温などの健康チェックを毎日実施することの3点を周知・徹底する。あとは学校/PTAが寄付金を集めて選手たちの滞在ホテルの個室を用意し、自室において一人で食事をとることとすれば、新型コロナの健康リスクは無視できると考える。

 もちろん感染リスクをゼロにすることはできないが、万が一、ひとりの選手が感染したとしても、軽症患者として隔離することで、クラスターに拡大することさえなければ、それはインフルエンザの患者と変わらないので、問題とはならないはずだ。むしろ問題は、甲子園大会の運営関係者(審判や球場管理に係る方々)がしっかり感染予防行動がとれるかどうかではないか。休憩時間や食事時にマスクなしで談笑するような方々がいると感染リスクは高まるし、高齢者の場合は症状の重篤化もあるので、できれば球場スタッフもこの際、若返りが必要だろう。

 あと観客についてだが、5万人収容の甲子園なので1試合1万人まで入場可とし、家族以外は必ず前後左右の席をひとつ空けるように予約席を発行することで、ソーシャルディスタンスを確保し、マスク着用と手指の消毒を入場時とトイレ使用時に必ず実施するよう、係員を各所に配置すれば問題ないだろう。各チームの応援団だが、応援スペースを通常の2倍にして、観客と同様、必ず前後左右の席をひとつ空けるように着席し、大声を発するような応援歌は禁止とする(ブラスバンドはありでよい)。対戦チームの地元からのリモート応援は、オーロラビジョンにオンラインで映し出すことで、現地に行けない観客も十分試合に参加できる環境設定で、盛り上がるだろう。

 それでも、「いやいや、高校球児や応援団が3密になるでしょう・・ソーシャルディスタンスが保てないので危険だ」という方々が、もし甲子園大会中止を決定されたのであれば、たとえ3密になったとしても、全員マスク着用・手洗い・消毒の3点セットで十分リスクが無視できるレベルまで下がることを理解すべきだ。ソーシャルディスタンスや移動制限は、あくまでこの個人予防3点セットができない方々のために必要な制限措置と認識されたほうがよいだろう。間違いなく言えるのは、全員マスク着用・手洗い・消毒の3点セット励行でも残る新型コロナのリスクと、真夏の炎天下で野球をすることの熱中症リスクを比較すると、後者の方がはるかに大きいということだ。なぜ熱中症リスクは容認していたのに、個人予防で十分小さくなるはずの新型コロナのリスクは許容しないのか、残念ながら理解できないところだ。

 以上、今回のブログでは夏の甲子園大会における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染リスク低減策に関して、いろいろと考察しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションのあり方を議論するイベントを継続的に開催しており、どなたでもご参加いただけます(参加費は1回3,000円です)ので、よろしくお願いいたします:

 ◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2020(4回シリーズ) 開催案内
  【テーマ】 『消費者市民のリスクリテラシー向上を目指したリスコミとは』

  http://www.nposfss.com/riscom2020/

【文責:山崎 毅 info@nposfss.com

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