『O157:食中毒の原因は「トング」じゃない』

[2017年9月20日水曜日]

 今月はいま「食の安全」の典型事例として報道されている腸管出血性大腸菌O157による食中毒事故について考察したい。いつも本ブログで議論しているところの「食の安心」の問題とは異なり、実際に重篤な健康被害が発生するリスクの大きさをイメージしていただくことが大切だ。この痛ましい食中毒事故で亡くなられた女の子のご冥福を心よりお祈りし、ご家族には謹んでお悔やみを申し上げたい。

 まずは、筆者が今回の食中毒事故に関して取材を受けた記事をご参照いただきたい(放映されたニュースの動画部分ではなく本文中です):

◎O157女児死亡 店舗調理室の衛生管理に問題と指摘受ける
 NHK NEWS WEB(9/14)

 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170914/k10011139281000.html

 本取材において、筆者に対する質問が「トング」を使った惣菜の販売業態の問題に集中したため、今回の食中毒事故のおもな原因が「トング」であるかのように強調されてしまったのは残念だ。9/14以降の報道番組でも「実はトングが真犯人」的なものが多かったようだが、「トング」が原因で汚染が拡大したという証拠はどこにもないし、たしかに二次汚染の原因にはなりうるものの根本原因ではない(おそらく二次汚染のリスクもさほど大きくない)というのが筆者の本音である。

 本記事において「食品の衛生については店側がきちんと行うしかないのが現状だ。ふだんから衛生管理をきちんと行っている店を選んで利用するしかない」という最後のコメントが、筆者が本当に強調したかった部分なのだが、今回のO157報道に関してはどうも「ポテサラ」や「トング」が冤罪に当たってしまったようだ。全国のホテルでの朝食バイキングや立食パーティ、パン屋さん、スーパーの惣菜コーナーでもとくにこのような事故が起こっていないのに、「トング」の扱いを止めたところまで出ているのではないか? 家内がスーパーに買い物に行って「惣菜コーナーでこんな掲示があった」とLINEを送ってくれた:

 食品衛生管理に詳しい「食の安全」の専門家たちも皆、異論を唱えるに違いない。なぜなら、店頭での二次汚染よりも前に惣菜の調理・製造の現場において、もっとも死亡リスクの高い腸管出血性大腸菌O157が確実な殺菌工程を通らずに最終商品として店頭に到達してしまったことの方がはるかに深刻だからだ。問題の系列店舗におけるバックヤードやさらに上位の惣菜メーカーにおける調理・製造工程において、どこかで生肉や生野菜由来のO157が混入しうる接点があるはずだが(店舗の従業員の便からO157は検出されていないのでヒト由来はないと仮定した)、いまも保健所の方々がそこは追加調査中のようだ:

◎皿やトング、消毒不十分か(国内共同通信 2017.9.14.)
 https://jp.reuters.com/article/idJP2017091401001431

 筆者はHACCPの専門家ではないが、そのO157混入ポイントよりも後の調理・製造工程で「O157をやっつける」殺菌工程、すなわちCCP(重要管理点)がないとNGということなのだろう。今回不幸にも3歳の女児が亡くなった事例では非加熱のサラダ類ではなく、加熱調理した炒めものを食したのみであったとのことなので、加熱調理された惣菜がどこで製造・包装され、どのような形態で店舗バックヤードに届き、どのような調理器具や容器を介して店頭に並んだかがわかれば、O157混入ポイントが見えてくるように思う。

 惣菜の加熱調理過程がCCPとすると、その後の小売り販売までの流通過程にO157との接点があったことになるのだが、やはり販売店舗のバックヤードにおいて、どんな手順で最終的な惣菜の調理製造や皿への盛り付けがされていたのかがポイントになりそうだ。その際の調理器具、容器、ビニール手袋、厨房着等の扱いがどうだったのか、もし生肉や生野菜との接点がそこにあるならば、そこが容疑者としてあがってくるのではないか。同一系列店舗でも同じ遺伝子型のO157による食中毒が発生している事実を考えると、同じパターンの惣菜調理/製造方法により、同じロットの生肉もしくは生野菜由来のO157が最終品に混入したと考えるのが自然なので、そこの接点がみつかるかどうかだ。

 このO157混入ポイントが食品衛生管理上の真犯人であり、もし消費者が店頭で使用する「トング」が共犯だったとしてもO157の惣菜汚染が確定した後の二次汚染に関わった可能性あり(おそらくその可能性もかなり小さい?)というだけで、「トング」にとってはとんだ「とばっちり」ではないかと・・食品事業者にとってもっとも重要なことは、今回のような重篤な健康被害につながる食中毒リスクをしっかりしたHACCP(できれば国際的な食品安全規格認証を受けたもの)などのマネジメントシステムで、確実かつ継続的に限りなくゼロに近づけることがMUSTである。なぜなら、店頭でレディトゥイートの惣菜(RTE食品)を購入した消費者はまったくの無防備であり、購入時点で目に見えないO157にすでに汚染されていたとすると消費者にはまったく逃げ場所がないことになるからだ。

 ではその無防備な消費者は、どうやって自分自身やご家族をこの恐ろしい微生物による食中毒から守るのだろうか?筆者がお薦めしたいことは、購入する当該食品の最終製造責任者(個包装の加工食品なら食品メーカー、惣菜類なら販売店舗、外食なら最終店舗/セントラルキッチンなど)が、上述のようなHACCPシステムを導入しているかどうか、事業者のホームページやお客様相談室への電話で確認することだ(できれば国際的食品安全規格の第三者認証を受けたもの:海外規格ならGFSIが承認したFSSC22000、SQF、Global GAPなど; 国内ならJFS、J-GAPなど)もちろん食中毒リスクが完全にゼロになることはないが、食中毒予防の三原則は病原体を「つけない」「増やさない」「やっつける」の3つなので、食中毒微生物を確実に「やっつける」殺菌工程(加熱もしくは殺菌水による洗浄等)と「増やさない」コールドチェーンが製造流通管理システムに入っていれば、食中毒リスクは限りなくゼロに近づく=「安全」と判断してよいはずだ。

 ただ消費者が知っておくべきこととして、食品事業者がいくら食中毒リスクを限りなくゼロに近づけたとしても、食品を購入した後のリスク管理は消費者にゆだねられ、消費期限や保存方法(常温?冷蔵?冷凍?)、調理方法、調理器具/容器の洗浄方法、台所を清潔に保つこと等をきちんと守ることで、初めて食中毒の予防ができるということを忘れてはならない。すなわち、フードチェーンの最終ポイントである消費者自身もHACCPシステムの中にいて、食品中の残存リスクを管理していると意識することが重要だ。消費者が注意すべき食品衛生のポイントを東京都がわかりやすくまとめているので、以下をご参照いただきたい:

◎シリーズ「くらしに役立つ食品衛生情報」(東京都福祉保健局)
 http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shokuhin/rensai/guideschedule.html

 以上、今回のブログではいまだ原因が特定されていないO157による食中毒事故のポイントについて解説しました。今回のような不幸な食中毒事故を根絶するためには、食品事業者が皆で知恵を絞ってリスク低減策に真剣に取り組まないといけません。SFSSでは、食の安全・安心に関わるリスクコミュニケーションについて情報発信を継続しており、食のリスクアナリシス全般に関する学術啓発イベントも随時実施しております:

◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2017 (4回シリーズ)
 第4回『食品添加物のリスクを議論する』(10/22) @東大農学部

 http://www.nposfss.com/riscom2017/index.html

◎SFSS食の安全と安心フォーラム第13回 (7/30)開催速報
 食物アレルギーのリスク管理と低減化策に関するフォーラムⅢ

 http://www.nposfss.com/cat9/forum13.html

 また、弊会の「食の安全・安心」に関する事業活動に参加したい方はSFSS入会をご検討ください(正会員に入会いただくと、有料フォーラムの参加費が1年間無料となります)。来年2018年度からの入会でも結構ですので、ご検討ください。

◎SFSS正会員、賛助会員の募集について
 http://www.nposfss.com/sfss.html

(文責:ドクターK こと 山崎 毅)

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