悪意なき偽装も罪:科学コミュニケーションのあり方

[2014年4月12日土曜日]

いまSTAP細胞問題が報道をにぎわせている。
「世紀の大発見」という研究評価を受け、理研・ハーバードの共同研究であり、かつ世界で最難関と言われる「Nature」に論文が掲載されたとなれば、マスメディアがこれを大きく採りあげたのは当然であろう。

ただ、研究チームリーダーの小保方晴子氏が30歳の「リケジョ」であり、「かっぽう着」「ムーミン」「ピンク色の実験室」まで報道されたときには、「おいおい、大丈夫?研究成果がまだ世界の研究者から認められたわけでもないのに・・」というのが筆者の第一印象であった。そして、筆者の悪い予感は的中してしまった。

ネットで論文の画像等に関して疑義が上がったことをきっかけに、共著者からもNature論文撤回の提案が出て、理研の調査委員会は「研究不正」と断定、小保方氏の不服申し立て・反論記者会見と、TV・新聞だけでなく週刊誌まで芸能スキャンダルなみの大騒ぎとなったことは周知のとおりである。

これらの報道の中で、いろいろな意見や見解が寄せられているが、今回筆者は、食の安全・安心に関するコミュニケーションと今回の科学コミュニケーションのあり方についての共通点を感じたので、それを議論してみたい。

昨年起こった食の安心の問題として、今回のSTAP細胞問題に似通った事件が起こった。それは外食産業による一連の食品偽装表示であった。「バナメイエビ」を使った料理メニューに「芝エビ」などと虚偽表示がされていた問題で、当初企業サイドは、「単純ミスであり誤表示である」との見解を発表した。

すなわち、今回小保方氏が主張した「悪意のない単純ミスは研究不正にあたらない」という反論とほぼ同じ見解であり、その結果マスコミと消費者の反感を買って、悪意があろうとなかろうと消費者を欺いた「偽装表示」とのレッテルを貼られたのである。おそらく消費者の90%以上は、「悪意があったに違いない」と感じたのではないだろうか?一度消費者の信頼を失うと、そんなものであろう。

小保方氏も、今回の記者会見で科学者としての信頼(とういうか「資格」)を失ってしまった可能性が高い。なぜなら、科学の世界において「真実はひとつ」であり、故意・過失に関係なく、真実を偽って発表したのであれば、科学者としてそれを「研究不正」と認めた謝罪が必要だった。

今回の一連の事件において、理研の中に小保方氏を叱ってやる(ある意味それで「救ってやる」)先輩研究者がいなかったのだろうか?理研上層部と小保方氏が一緒に記者会見をして、今回の論文は「研究不正」だったと認めて謝罪したうえで、STAP細胞の真偽については今後の追加実験で証明したいので再発表のチャンスが欲しい、とした方がよかった。

理研も今回これだけ派手に研究成果を大きく広報してしまったのだから、小保方氏と同罪で名誉挽回を狙うしかなく、小保方氏ひとりに責任をなすりつけて社会的批判を受けるより、小保方氏とともに科学的真実を見極めるという再生の道をめざすべきではないか?

科学コミュニケーションにおいて「真実はひとつ」であり、「バナメイエビ」は「芝エビ」ではない。偽装表示で一度信頼を失ったからには、今後科学的エビデンスを示しながら、地道に真実(正確な情報)を伝え続ける以外に信頼回復の道はない。

「バナメイエビ」は宗教的な理由で絶対食べないという消費者がいてもおかしくないので、これはある意味「リスクコミュニケーション」と言ってもよいだろう。「この食品のリスクの程度はこのくらいですよ」と消費者に対して科学的真実がわかるようにお伝えすることで、消費者は得られるベネフィット(美味しさ、価格など)とのバランスを見ながら、そのリスクが許容範囲であれば食べるという判断をする。

「この福島県産の食品には5ベクレル/kgの放射性セシウムが含まれますが、基準値よりは十分低いので食べてください」と伝えることで、消費者に対してその食品の健康リスクの程度(科学的真実)がわかりやすく伝わるだろうか?

放射性セシウムの情報を中途半端にお伝えしても、おそらくその健康リスクが無視できるほど小さいという科学的真実は消費者に伝わらない。そうかといって、「この食品にはどのくらいの放射性セシウムが含まれているのですか?」と消費者から質問されたときに、「放射性セシウム量は低いので大丈夫ですよ」とあいまいな回答するのも、正確な科学情報をお伝えするという観点からは問題がある。

科学的に虚偽の情報を伝えるのはもちろん不可だが、不用意な情報提供で健康リスクの程度が正確に伝わらないのも、科学的真実から遠いことになる。このあたり非常に難しい問題である。

SFSSでは、4月20日(日)に「食のリスクコミュニケーション・フォーラム2014 ~食の安心につながるリスコミを議論する~@東大農学部」4回シリーズの第1回を開催し、リスクコミュニケーションのあり方を議論します。
フォーラムの詳細ならびに事前参加登録はこちらより
⇒ http://www.nposfss.com/miniforum/

*筆者は今回、小保方さんが犯した過ちについて、なぜ周りにいたベテラン研究者たちが事前に気づいてやれなかったのか、また問題発覚後も、なぜ彼女に「研究不正」を認めて謝罪するよう叱ってやれなかったのか、そこが非常に残念です。もし小保方さんが、今後科学的真実に到達するチャンスがあったなら、そのときでもよいので今回の「研究不正」について謝罪してほしいと、節に願います。
日本の若い科学者たちが、今後ものびのびと世界レベルの研究に挑戦していけるよう、周りの人間も時にあたたかく、時にきびしく見守っていきたいですね。

(文責:山崎 毅)

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