[2021年3月11日木曜日]
“リスクの伝道師”SFSSの山崎です。毎回、本ブログではリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方を議論しておりますが、いまだ1都3県で新型コロナウイルス感染症による緊急事態宣言が解けないなか、今月末にも決断がせまられる東京オリパラの開催形式について考察したいと思います。なお、世界中でCOVID-19により亡くなられた方々に謹んでお悔やみ申し上げるとともに、治療中の方々に心よりお見舞い申し上げます。
まずは、東京オリパラ大会組織委員会の新会長に就任した橋本聖子氏の、五輪開催にむけた見解を以下でご一読いただきたい:
◎橋本聖子新会長「無観客五輪は想定せず」…再延期は「国民に受け入れられない」
読売新聞オンライン 2021/02/27
https://www.yomiuri.co.jp/olympic/2020/20210226-OYT1T50345/
“東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の橋本聖子新会長(56)が26日、東京都内で読売新聞などのインタビューに応じ、無観客での大会開催は現時点で想定していないことを明らかにした。「新型コロナウイルスの感染状況にもよるが、他の大会は観客を入れていて、なぜ五輪・パラは入らないのかと思われる」と述べ、観客を入れた形での開催を目指す考えを示した”
オリンピックに7度も出場した橋本聖子氏だからこそ、アスリートたちにとって五輪が開催されないことの価値損失リスクがよくわかっておられるのだろう。アスリートたちが人生をかけて挑んできたオリンピック・パラリンピックへの出場という夢は、かけがえのない名誉=価値観であり、これをスポーツにとくに興味のない市民があえて阻止する理由はまったくない。東京オリ・パラをどう開催するのか考える際に、忘れてはならないのは、一生に一度しか機会が与えられない地元開催の五輪における「アスリート・ファースト」なのだ。
実は東京オリパラを人生に一度の価値観と感じているのは、出場するアスリートだけではない。大会関係者(会場で活躍する審判・競技場管理者・ボランティアなど)、日本のスポーツ振興やアスリートの育成に尽力してこられた方々、スポーツメディア関係者、会場周辺の宿泊業者・観光業者・お土産/飲食業者さんたち、五輪アスリートを起用したスポンサー、25日から始まる聖火ランナーの方々、さらに最も重要な五輪観戦を楽しみにしている観客/スポーツファンにとっても、五輪開催がなくなることの損失リスクは、はかり知れないものだ。
TOKYO2020の大会ビジョンは何なのか、いまいちど「3つの基本コンセプト」を確認いただきたい:
https://tokyo2020.org/ja/games/games-vision/
全員が自己ベスト
万全の準備と運営によって、安全・安心で、すべてのアスリートが最高のパフォーマンスを発揮し、自己ベストを記録できる大会を実現。
世界最高水準のテクノロジーを競技会場の整備や大会運営に活用。
ボランティアを含むすべての日本人が、世界中の人々を最高の「おもてなし」で歓迎。
多様性と調和
人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治、障がいの有無など、あらゆる面での違いを肯定し、自然に受け入れ、互いに認め合うことで社会は進歩。
東京2020大会を、世界中の人々が多様性と調和の重要性を改めて認識し、共生社会をはぐくむ契機となるような大会とする。
未来への継承
東京1964大会は、日本を大きく変え、世界を強く意識する契機になるとともに、高度成長の弾みとなった大会。
東京2020大会は、成熟国家となった日本が、今度は世界にポジティブな変革を促し、それらをレガシーとして未来へ継承していく。
本ブログで繰り返し申し上げたところだが、再度解説させていただきたい。市民の外出・移動・旅行・イベント開催などを無理に止めることは、新型コロナ感染症のリスク低減策としては優先順位が低い愚策(経済損失リスクが大きすぎる)であり、もっと市民が個人レベルで容易に、しかも安価にできるリスク対策を優先すべきということだ。すなわち、東京オリパラを「安全・安心」な(安心・安全ではない)大会にするために、①外出時・会話時のマスク着用、②頻繁な手洗い・消毒、そして予防策の切り札、③ワクチンの3つが優先されるべきなのだ。
GoToキャンペーンについても、「GoToのせいで感染拡大が助長された」「市民の気が緩んだ」などと主張する政治家の方々やコメンテーターがいたようだが、あきらかにお門違いだ。たとえば、インフルエンザが流行しているときに、感染者と居酒屋で食事をする、もしくは一緒に旅行したことで、インフルをうつされて自分が発症したとしよう。その場合に、飲食店や観光業者のせいにする人間はいないだろう。強いて原因をあげるなら、感染者が発熱しているのになぜ自分と一緒に外出したのかであり、直接の原因は飲食や旅行などのイベントではなく、ヒトにあるのだ。
すなわち、移動や旅行やイベント自体が感染の原因とするよりも、市民各人が本来容易にできるはずの感染症対策をきっちりやっていないことが、直接的な感染拡大の原因と考えるべきだ。だからこそ、緊急事態宣言で都市部の市民が、飲食の機会(ランチや飲み会など)に、マスクを外してのおしゃべりを止めれば、人流が減らなくとも感染拡大が抑えられたのではないか。筆者は、年末年始に各地で感染拡大が起こった原因として、「年末年始くらいいいじゃないか症候群」による国民のストレス発散行動ではないかと疑っている。
すなわち、昨年1年間、ずっと我慢してマスク着用で仕事をしたり、巣ごもり/テレワークを続けてきたのだから、年末年始くらい親しい友人や家族が集まって食事くらいしたいよね・・身近な友人や家族の中に感染者は見当たらないので、まさか友人が新型コロナに感染しているはずないよね(正常性バイアス)・・このような心理状態のなか、結局1000人にひとりが運悪く感染したのであろう。介護や医療の従事者たちも、マスク着用+3密の独特の緊張感の中で業務を長期間継続していたら、ストレスも相当溜まっていたはずだ。年末にそのストレスがはじけたとしたら頷けるところだ。
だからこそ、筆者は新型コロナの拡大が始まった当初から、欧米でのロックダウンが奏功しない原因として「ヒトは集うもの」をあげていた。すなわち、現代人にとって「ヒトに逢うこと」、「行きたい場所に行くこと」、「文化、芸術、スポーツなどを楽しむこと」などは、人生において非常に大切な価値感であり、これを損失することは大きなリスクと感じるのであろう。テレビ朝日の番組で、人気タレントの長嶋一茂さんが、「僕は、解禁になったら絶対ハワイに行きたい!」と言われていたが、「もしかして命の次にハワイが大事?」と思ったほどだった。
要は、そのくらい東京オリパラという世界平和の象徴であるスポーツ祭典を、一生に一度の大きな価値と感じている方々が世界中に多数おられる中で、安易にその大切な価値を奪う権利は、スポーツに価値を感じない一部の日本国民にはないということだ。「感染が拡大したらどうするんだ」「変異ウイルスがはいってきたらどうするんだ」と、根拠のない想像力で東京五輪開催を阻止する前に、ならばどうすれば感染リスク低減ができるのか、専門家も交えて日本人の誇りのためにも、いま前向きに考えるべきではないか。
先日大阪なおみ選手がグランドスラムのひとつ:全豪オープンテニスで優勝したが、大会を成功に導いたオーストラリア国民の誇りを感じるとともに、もしこの大会が中止になっていたら大阪選手の栄光はなかったと考えると、あまりに大きな名誉損失だ。東京オリパラもまったく同様であり、福島県富岡高校卒の桃田健斗選手にとって、福島復興支援の象徴である今回のオリンピックで金メダルをとることは、彼ひとりの夢ではないだろう。
東京オリパラは、その意味で世界中から集まるアスリートだけでなく、応援するスポーツファンにとっても大切な価値なので、なんとしてもライブで会場に観客をいれてやっていただきたい。もちろん、それでも会場に来ることができないアスリートやファンもたくさん出てくるのはやむを得ないところなので、欠場した選手やリアル参加がかなわない観客の皆さんも、何らかしらオンラインでも参加ができるような「ハイブリッド大会」にならないものか。
いま海外からの観客受け入れについて、断念するのではないかという報道も出ているようだが、簡単にあきらめるのはどうだろうか。変異ウイルス流入の可能性も指摘されているが、すでに沢山入ってきているようなので、むしろ東京五輪の関係者や観客をシステマティックに受け入れる水際対策の体制を構築することで、変異ウイルス流入を抑制する知恵を有識者から出してもらったほうがよいのではないか。たとえばだが、筆者もひとつ考えてみたので、以下をご参照いただき、ご批判いただきたい:
<東京オリパラ:海外からの観客受け入れ条件>
以下の条件のうち2つ以上を満たせば、リスクが許容範囲=安全と見なし受け入れる:
・自国のワクチン接種証明書を保有
・自国にて2週間自宅待機し、その前後でPCRともに陰性
・日本到着直後にPCR陰性、その後も抜き打ちPCRを拒否しないことを誓約。
なお、上記条件を2つ以上満たしても、以下は必ず誓約する必要あり:
・日本到着後、外出時(もちろん五輪観戦中)は常時マスク着用。
・日本到着後、観戦時も会食時も大声は出さないこと
・日本到着後、会食の場面では一切私語を慎むこと(会話するときは常時マスク着用)
・日本到着後、もしPCR陽性もしくは発症したら、ホテル/病院に10日間収容後、強制帰国となること
変異ウイルスの感染者が続々と流入するかのような、悲観的な仮定を前提に、海外からの観客/観光客の来日(インバウンド)を阻止しようとしているようだが、ワクチン接種証明書を保有して、なおかつ日本到着後は常時マスク着用を約束した観光客が、感染伝播者になるリスクは1万人に1人、いやもっと少ない確率ではないか。
よくよく考えていただきたいのだが、上述の条件をクリアした海外からの観客1万人はほとんどが非感染者である反面、国内からの観客1万人がPCRもせずに競技場に入るなら無症状の感染者が数十名いてもおかしくないだろう。本当にインバウンドの観客を拒否して、国内の観客のみにすることが許容範囲のリスク=安全と言えるのか?このような綿密なリスク評価もせずに、インバウンドを拒絶することの経済損失リスクは、非常に大きいと指摘せざるをえないところだ。
最後に、今回の東京オリパラで福島の復興支援をうたうのであれば、マスメディアの方々には福島原発の廃炉過程におけるトリチウム処理水海洋放出に関して「風評被害が心配」というような報道は控えていただきたい。そのような報道が福島の漁業関係者の弱者救済になると思われているようだが、むしろ逆だ。
せっかく東京五輪で明るい話題満載の時に、復興支援の象徴として「風評被害が心配」という暗い顔の漁業関係者を映像にしても、一般市民は「それなら福島の魚を食べよう!」という方ばかりではない。福島の漁業関係者が自分でその品質に自信がもてないような魚を、県外の消費者が本当に素直に食べてくれるだろうか、と考えてほしい。「風評被害が心配」などと、マスコミから要望されてもそう答えてはいけないのだ。
以上、今回のブログでは、新型コロナ感染症の感染拡大がいまだ完全に収束しないなか、東京五輪の開催のあり方について解説しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションのあり方を議論するイベントを継続的に開催しており、どなたでもご参加いただけます。
◎SFSS食の安全と安心フォーラム第20回(2/21:Zoom) 開催速報
『食品ロス削減&SDGs』 ~SFSS創立10周年記念~
http://www.nposfss.com/cat9/sfss_forum20.html
【文責:山崎 毅 info@nposfss.com】