未知性因子:「わからない」が不安を煽る~新型コロナウイルスに関する確かな専門家情報は?~

[2020年2月11日火曜日]

 ”リスクの伝道師”SFSSの山崎です。本ブログでは、毎月食の安全・安心に係るリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方を議論しておりますが、今月は世界中を不安に陥れている新型コロナウイルスのリスクについて、社会心理学的に考察したいと思います。 まず、今回のような正体不明の感染症が蔓延してきた場合に、市民がパニックになることでデマ情報が拡散する事態、いわゆる「インフォデミック」となるのだが、これらの疑義言説を世界中のファクトチェッカーたちが事実検証しているので、そのファクトチェック記事の特設サイトをご参照いただきたい:

◎新型コロナウイルス特設サイト byファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)
  https://fij.info/coronavirus-feature

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 ここでは、新型コロナウイルスに関連して国内外で広がっている疑義言説・真偽不明情報のうち、ファクトチェックが行われたものをまとめており、海外編については国際ファクトチェックネットワーク(IFCN)が各国のメディア・団体に呼びかけ、ファクトチェックされた情報をすべて英語でデータベース化している(2月7日現在、約300件)。 この特設サイトで紹介しているのは、そのうちの一部であり、翻訳の責任はFIJにある(筆者もFIJ理事として翻訳を分担している)。いずれも、 検証内容は記事掲載時点のものであり、各国のファクトチェック情報を単純に翻訳したものなので、100%正しいとは限らない(情報は更新されていないので、常に新たな情報を要確認だ)。

 WHOのテドロス事務局長も、インターネット上ではびこる新型コロナウイルスにまつわる偽の情報をブロックし、WHOや米疾病対策センター(CDC)などが発信する正確な情報を流通させるよう、SNSなどを運営する各社に働きかけているとのこと:

◎「ウイルスだけでなくネット上のうそとも戦う」WHO事務局長、SNS各社に働きかけ
 毎日新聞 2020年2月9日 23時00分(最終更新 2月10日 00時36分)
  https://mainichi.jp/articles/20200209/k00/00m/030/168000c?pid=14517

 フェイクニュース/誤情報を流す方々は決して悪気はなく、当該誤情報が事実に違いないと直感的に信じて、SNSに拡散してしまうところが問題だ。このような誤情報がもっともらしい形で友達の輪を通じて拡散されると、正しい科学情報を市民に啓発したいWHO/各国健康行政やメディアにとっては大きな障害となり、市民はどちらの情報を信じてよいのかわからない事態になるのだ。

 リスク認知研究として著名なPaul Slovicが1980年代に唱えたリスクイメージの因子分析において、あげられた代表的なもの3つが、①恐ろしさ因子、②災害規模因子、③未知性因子である。これらの因子にあてはまるリスク情報は実際よりも過大に市民に認知されるとのこと。この中でもとくに筆者が注目したのが③「未知性因子」であり、端的にいうと「必要なリスク情報がわからないことが不安を煽りやすい」ということだ。

 食の放射能汚染に関するリスコミで常に問題となるのが、低線量放射線被ばくの発がんリスクに関して閾値がないとする「しきい値なし直線仮説(LNT仮説)」だ。疫学研究データをもとに100ミリシーベルト未満の低線量放射線被ばくにおいて、がん発症との因果関係は立証されていないものの、このLNT仮説に基づき、放射線被ばくがゼロでない限り発がんリスクを否定できない、とする科学者がたくさんいるということだ。「低線量放射線被ばくの発がんリスクは実はよくわかっていない」などという見解を述べる専門家がいると、上述の「未知性因子」が刺激され、消費者の不安はいまだに煽られた状態が続いているのだ。

 話をいま問題となっている新型コロナウイルスに戻すと、新たにみつかった病原体ゆえにわかっていないことも多く、専門家の意見も割れるところがあるため、この「未知性因子」が刺激されて、市民の不安が煽られる状況に陥っているのは間違いない。インフルエンザと比べると患者数や死亡者数もまだまだ少ないので、そこまで騒ぐ必要はないという医師の見解も当初散見されたが、中国湖北省/武漢を中心に患者数/死亡数も日々うなぎのぼりという現況が報道され、なぜ湖北省でここまで死亡例が増えるのか、くわしい個々の症例情報や治療履歴が公開されないと、「わからない」状況はさらに助長されているようだ。

 インフルエンザはたしかに流行しており、いわゆる脆弱な市民(高齢者、基礎疾患のある方、妊婦、小児など)が重篤な症状に陥ったり、死亡したりする例も多数発生しているのは事実だろう。しかし、インフルエンザの場合はワクチンにより少なくとも重篤な症状を回避することも可能だし、万が一罹患したとしても、簡易診断薬や治療薬により適切な治療を受けることができるため、不安感は少ないのではないか。すなわち、対処法が「わかっている」ことが安心感につながっているのだ。

 その反面、新型コロナウイルスはワクチンも治療薬もなければ、簡易診断薬も未開発のため、通常の医療機関では対処のしようがないことが、大きな不安の原因となっている。PCR検査により感染の有無は確認できるようだが、その特徴的な症状に加えて湖北省への滞在、もしくは湖北省滞在者との濃厚接触がなければ、検査を受けることもできないという限られた検査体制では、国内での感染者を特定することができない状況が、さらなる「未知性因子」を刺激している。遺伝子的にはSARSウイルスに近いということが判明してきたとの情報もあるが、どうもSARSのように重篤な肺炎症状の患者のみから感染が広がるのではなく、発熱や咳などの症状が軽いうち、もしくは無症状の感染者からも、病原体が伝染してしまう疑いがあり、これは厄介な病原体のようだ。

 いまもクルーズ船「ダイアモンドプリンセス号」において、続々と感染者が増えていくニュースを見ていると、湖北省滞在者でない感染者が多数発生しており、密閉した空間においてヒトーヒト感染が容易に広がっているのは間違いない。クルーズ船内に残されている方々には、搬送された感染者に関する詳しい情報を伝えてあげないと、まさに「わからない」ことによる不安が煽られた状況と想像できる。
 厚労省の担当者もそうだが、感染症に詳しい医師の方々にお願いしたいことは、この新型コロナウイルスに関してマスコミむけに個人的見解を自由に述べるのではなく、米国CDCのように感染症に詳しい医師のグループとして、責任をもって公益性の高いレギュラトリーサイエンス情報を発信していただきたいところだ。専門家ごとに「こうすべきだ」という見解が異なると、市民はわからない ⇒ 未知性因子が刺激され、不安が煽られる ⇒ パニックになりマスクや消毒薬を買い占める。

 「未知性因子」を刺激しないためのリスコミのポイントは、リスク情報を毅然とした姿勢で伝えることなので、いまは不確かなデータしかない状況においても、感染症学者による明確なリスク低減策に関する統一見解が必要と考える。その意味では、日本感染症学会のホームページに、一般市民向けや医療従事者向けの注意事項がまとめてアナウンスされており、理事長の舘田一博先生のインタビュー記事も公開されているので、そちらをご参照いただきたい。

◎新型コロナウイルス(2019-nCoV)感染症への対応について(日本感染症学会)
  http://www.kansensho.or.jp/modules/topics/index.php?content_id=31

◎「SARSより病原性は低そう。感染対策はインフルエンザに準じて」
 日本感染症学会理事長が語る新型コロナウイルス
 岩永直子 BuzzFeed News Editor, Japan (2020/02/10 07:01)

  https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/ncov2019-tateda

 以上、今回のブログでは、新型コロナウイルスに関する不確かな情報が蔓延する中でも、「未知性因子」を刺激しないリスクコミュニケーション手法が重要であることについて、くわしく考察しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションのあり方を議論するイベントを継続的に開催しており、どなたでもご参加いただけます(参加費は1回3,000円です)ので、よろしくお願いいたします:

◎食の安全と安心フォーラム第18回(1/26) 開催速報
 『消費者市民の安全・安心につながる食品表示とは
  ~食品事業者がお客様のためにできること~』

  http://www.nposfss.com/cat9/forum18_sokuho.html

◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2019(4回シリーズ)活動報告
 【テーマ】 『消費者市民の安全・安心につながる食のリスコミとは』

   http://www.nposfss.com/cat1/risc_2019.html

【文責:山崎 毅 info@nposfss.com

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