『真実はいつもひとつ』でも答えはひとつとは限らない

[2015年8月16日日曜日]

このブログでは食品のリスク情報とその伝え方(リスクコミュニケーション)について毎回議論しているが、今回は科学コミュニケーションとリスクコミュニケーションのあり方について考察してみたい。

筆者はこの夏、お盆休みで鳥取県倉吉市近郊の「はわい温泉」を家族とともに訪れたのだが、宿泊した「望湖楼(ぼうころう)」という旅館は東郷池という湖に面しており、その湖上露天風呂はなかなかの開放感で素晴らしい温泉であった。実はこの湖上露天風呂を舞台として殺人事件が発生したというエピソードが、アニメ「名探偵コナン」に登場しており、それを記念した「名探偵コナン・鳥取ミステリーツアー」ならぬ旅行企画もあるとのことであった。

別にそのミステリーツアーに参加したわけではないのだが、「名探偵コナン」といえば「真実はいつもひとつ」というコナンの決め台詞が筆者は気に入っており、よく使わせてもらっている。すなわち、殺人事件が起きた限りは、必ずそこに犯人がいるわけで、物的証拠だけでなく登場人物たちの証言や行動の中に手がかりがあって、謎をひとつずつ解き明かしていけば、必ずそのたったひとつの真実にたどりつくはずという考え方だ。

だから、ともすれば真犯人とは別の容疑者が逮捕され、減刑を条件に自白を強要されたりすると、非常に不幸な冤罪が起こってしまう場合もありうるのだが、そこはフィクションの「名探偵コナン」で必ず真犯人を導き出してしまうので、スッキリと番組は終了するのだ。もちろん殺人事件が起こるからには、いろいろな恨み辛みが絡み合い、悲しい人間模様に共感する部分も出てくるのだが、それでももちろん殺人が正当化されることはないので、真犯人は「名探偵コナン」の鋭い捜査によって罪を償うことになるというのがいつものシナリオだ。

ただ殺人事件の真実はたしかにひとつしかないのだが、真犯人は一人とは限らない。アガサクリスティのオリエント急行殺人事件を読まれた方(映画で観られた方も・・)ならよくご存じだろうが、難解な殺人事件ほど共犯者が複数いてもおかしくないわけだ。共犯者が口裏を合わせていたりすると、アリバイなども無効になってしまい真犯人を見えにくくするが、そこが非常に複雑で推理物のストーリーとしてはおもしろいものになる。

実は、食品の安全性や機能性を語る際にも、その食品成分が生体に対してどのような影響を与えるかという意味でいうと、純粋な科学であり、そこに真実はひとつしかないと言ってよいであろう。ただ、あくまで天然物である食品のヒト生体調節機能が明瞭な機能性や毒性を発現するかどうかに関しては、答えはひとつではない。なぜなら、食品はミクスチャーであり、食品中の特定成分がその機能性や毒性を発揮するには、当該食品中のほかの成分(生体調節機能をもつもの)が特定成分の作用を助長したり、逆に阻害したりする可能性があるからだ。

また、その食品がヒト生体内に経口摂取された後、どのように吸収・代謝され、ヒト生体による種々の抵抗反応(免疫反応など)を潜り抜けて、やっとその機能性や毒性を発現するため、動物実験の結果がそのままヒト生体でも同じ結果になるとは限らないし、また逆にヒト臨床試験結果がそろっていたとしても、脆弱な消費者と呼ばれる小児・高齢者・妊婦/授乳婦などは、当該食品成分に対する感受性が高いことが予測され、その考察は容易ではないことになる。すなわち、食品成分を受け入れるヒト生体の状況によっても機能性・毒性の発現結果は異なることになり、やはり答えはひとつではないということだ。

家族で同じ食事を囲んだにもかかわらず、一部の家族は食中毒症状が発現したようだったが、自分はまったく問題なかった、もしくは逆のケースを体験された方も多いのではないか。ノロウイルスに汚染された食品を食したとしても、平気な方はまったく下痢症状がでないものの、敏感な方は食中毒の症状を呈するということは往々にしてあることだ。ノロの場合、こういった無症状の隠れ保菌者がいることが食品工場の品質管理担当者にとって頭の痛い問題であることはよく知られている。このような問題を考えると、その食品があるレベルでノロウイルスに汚染されていたということが科学的真実だったとしても、食中毒が起こるかどうかというヒト生体での発現結果は異なることになる。ただ、小児や高齢者で重篤な食中毒症状が起こるような食品が、そのまま食卓にあがってしまっては問題なわけで、そこはしっかりと対策を講じる必要がある。

食物アレルギーの問題も、すべての消費者がアレルギーを発症するわけではないが、食品ラベルのアレルゲン表示を強調することで、アレルギー患者さんたちが誤って当該アレルゲンを含む食品を食べてしまうことのないようなリスコミ対策が必要だ。こちらも、その食品が特定のアレルゲンをどの程度含むかについては科学的真実になるのだが、食品製造現場や厨房などでのコンタミが原因で、入っていないはずのアレルゲンが含まれたりすると、アレルギー患者さんたちにとってはそれが見えないため、不幸な事故につながる可能性がある。

食品における科学的真実は、試験結果などの科学的根拠=エビデンスから導き出されるのだが、そのエビデンスをもとに安全性や機能性をどう解釈するかの答えは幅があるということだ。食品の安全性に関しては、ある特定成分のインビトロや動物試験などによる試験結果をもとにホールの食品をリスク評価することは不適切な場合も多いので、慎重な考察が必要だろう。おそらく食品の安全性を評価するうえで最も信頼できるエビデンスは、ヒトでの食経験/疫学からのデータ、もしくはヒト介入試験から導き出されたデータであるべきだ。

インビトロ試験のエビデンスをもって理論的に副作用が発現する可能性が否定できないとして、その食品の安全性に問題ありとする考え方は、一見科学的に正しいように見えるが、実際にはヒト生体に影響を及ぼすようなイベントには至らず、ヒトで毒性が発現する用量についても根拠がないところに欠陥がある。結局、ヒトでの食経験/疫学からのデータで特に健康被害が認められなければ、そのような懸念は打ち消され、その食品の安全性に関する答えは「現時点で問題なし」ということになる。食品中の特定成分のインビトロ/動物試験データのみをもって、ヒト疫学データなしにホールの食品の安全性に問題ありといった飛躍したリスク評価は、風評被害につながる可能性があるため、考察をするのは自由だが、慎重な情報発信が必要だ。

また、食品の機能性を評価する場合にも、ある機能性関与成分のインビトロ/動物試験のエビデンスは科学的真実であったとしても、それだけをもって食品のラベル表示や広告に自由に機能性を謳うことは明らかに問題がある。残念ながら、そういった機能性表示や機能性をにおわせるようなキャッチコピーの広告が氾濫しているのが「いわゆる健康食品」の現状である。だからこそ新たな機能性表示食品制度を普及させることで、査読付き論文によるヒト臨床エビデンスを科学的真実として、初めて機能性表示の基礎となる用量設定が可能になる規制が始まったことは有意義だ。

だが、その機能性表示食品の根拠となるヒト臨床エビデンスに関して厳しすぎる評価をくだすことは、決して機能性表示食品の普及にはプラスに働かない。今回の制度で消費者庁が、企業の責任の元で機能性表示が可能になる基準として、ヒト臨床エビデンスの査読付き論文が最低1報必要との線引きをしたことは評価に値する。なぜなら、中小企業にとってもヒト臨床エビデンスの査読付き論文が最低1報あれば、それを科学的根拠として機能性表示食品の開発/用量設定が可能だからだ。

この規制緩和により、まったくヒト臨床エビデンスなく広告の力で販売されていた「いわゆる健康食品」が機能性表示食品に格上げすることで、初めて科学的真実に基づいた機能性の発現が当該食品により期待できることは有意義であり、これが普及していくことで医療費抑制にもつながる可能性が広がったと言えるだろう。だからこそ、筆者は機能性表示食品のヒト臨床データの評価は「寛容に」と強調している。医薬品ではない、あくまで食品なので、厳しすぎる評価はむしろ機能性関与成分の副作用発現にもつながりかねないことを肝に銘じるべきだ。その意味で機能性表示食品のヒト臨床試験での効果はマイルドなものにとどまったほうが、むしろ安心だ。

ただ、この科学的真実であるべき臨床試験結果が誤ったものであった場合は、正されなければならないことは明白だ。たとえば、ひとつの臨床論文がある機能性について肯定的であったとしても、逆に同じ機能性関与成分の同じ用量で否定的な臨床論文が多数発表された場合には、機能性に関する解釈を逆転せざるを得ないケースもありうる。ただし、この場合にも食品である限りは臨床試験において得られる効果はマイルドなものであるため、たとえば臨床試験における被験者の食事制御が粗雑であったりすると、否定的結果を導き出すことはきわめて容易であるという事実も知っておくべきだ(サプリメントのコンセプト自体に否定的な研究者たちの標的にされることもあるということ)。

また、この科学的真実であるべきエビデンスが誤ったものであった場合に、さらに深刻なのは安全性に関する行政処分などに発展する場合だ。ネスレ・インディアの人気商品であるマギー・ヌードルが、インド食品行政(FSSAI)による分析結果から重金属汚染の疑いありとして強制回収・販売停止の行政処分を下された問題では、結局裁判にまで発展し、インド高等裁判所が本行政処分の撤回を命じる判決を下したとのこと:

◎MAGGI Noodles: Hon’ble Bombay High Court verdict(ネスレHPより)
https://www.nestle.in/media/statements/high-court-decision-on-maggi-noodles-in-india

本行政処分により回収・廃棄されたMAGGI食品は戻らないし、ネスレ・インディアの株価が急落したことによる損害はあまりにも大きなものだ。このような事例で教訓とすべきことは、科学的エビデンスに誤りがないかどうか、ダブル・トリプルのチェックが必要ということも当然だが、実際製造をしている食品企業自体からのヒアリングや調査を十分行ったうえでの行政処分だったのかどうか、大きな疑問が残る。また安全性に関してもっとも重要なヒトでの健康被害報告が少しでもあったのかどうか、もしそれがなかったとしたら、食品の分析結果という数字だけが独り歩きして、実際のヒト生体への悪影響が懸念される事態なのかどうか、慎重に考察したようにも見えない。

食品の分析結果のみで強制回収などの措置にいたるべきなのは、その食品中のハザードがあきらかに、すべてもしくは一部のヒトに確定的毒性を発現する可能性が否定できない場合に限定されるべきではないか。食中毒微生物汚染、アレルゲン汚染、ガラスや金属などの異物混入などがそれに該当するものとしてあげられる。危害性・多発性が明白に否定できるような場合には、回収ではなく謝罪文公開などで終息させることができれば、食品ロスなどの観点からもベターと思われる。食べるものにも困っている人々が沢山いる国ではなおさらのことだ。

以上、今回のブログでは、科学的真実はいつもひとつだが、そこから導き出される答えは幅があるということを、食品の安全性/機能性の両面から考察してみました。SFSSでは、食品のリスク管理やリスコミ手法について学術啓発イベントを実施しておりますので、いつでも事務局にお問い合わせください:

◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2015@東大農学部(8/30)事前参加登録受付中
第3回『世間が目にする食品リスクとリスク管理の実際』(参加費:3,000円)
http://www.nposfss.com/riscom2015/index.html

◎食の安全と安心フォーラム⑪『新たな機能性表示食品制度ってどうなの?』(7/18)活動報告
http://www.nposfss.com/cat1/forum11.html

また、当NPOの食の安全・安心の事業活動に参加したいという皆様は、ぜひSFSS入会をご検討ください。よろしくお願いいたします。

◎SFSS正会員、賛助会員の募集について
http://www.nposfss.com/sfss.html

(文責:山崎 毅)

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