『リ・スクランブル ~確定的死亡リスクを優先して回避せよ~』

[2016年6月17日金曜日]

このブログでは食品のリスク情報とその双方向による伝え方(リスクコミュニケーション)について毎回議論しているが、先月・先々月とリスコミで伝えるべき情報について、前提付きリスク評価(CRA)とからめて詳しく解説させていただいた。今月はそのリスク評価情報を受け取った市民が、どうやって死亡リスクを回避すべきかについて考察してみたい。

われわれが普通に暮らしていても、身の回りには意外に死亡リスクがたくさん転がっていることに気付く。まず車も含めて交通機関を利用していれば、死亡事故にあうリスクがゼロではないし、一切交通機関を利用せず山奥で仙人のような暮らしをしていたとしても、突然飛行機が墜落してきて死亡するリスクはあるわけだ。文明の急速な発達にともない、微生物汚染による感染症や食中毒、自然界の脅威による事故や災害の死亡率は格段に下がったが、逆に自動車・電化製品・工作機械など文明機器や戦争等によって、本人の意図によらずヒトが死亡するケースも増えている。

日本国内においては、いまのところ戦争やテロによる死亡リスクは非常に小さく、カルト集団やほとんど気の狂ったような犯罪者はまれに出没するものの、そのような理不尽な死亡リスクに遭遇する確率は日本ではさほど高くない。ただ人間いつかは死ぬわけで、自分の人生をまっとうしたうえで、まわりの人間にも迷惑をかけず、老衰で安らかに死にたいというのが理想なのだが、裏を返せば、自分の人生をいまだまっとうしていないのに、まわりから気の毒にと言われるような事故死/病死/頓死は避けたいということではないか。

そう考えると自分が事故などで頓死するのは避けたいと思うと、その予兆=すなわち条件付き死亡リスクを見極め、賢く回避することが大事ということだ。ただし、その場合に人体へのリスク評価の考え方として、確定的影響と確率的影響を区別して考える必要がある。すなわち、そのハザードに遭遇すると即死の可能性があるような重大事故や健康被害の場合は確定的影響であり、他方そのハザードに長期的に暴露することにより将来、がんなどの致死的疾病の罹患率/死亡率が高くなるという確率的影響があるということだ。

確率的影響に関与するハザードとして、環境中の化学物質や食品中の発がん物質などがこれにあたるわけだが、われわれ人類が地球上で生き残っていくためにはこれら発がん物質の山の中で暮らしていくしかない現実があり、これらをすべて除去することはできない。すなわちゼロリスクはないということだ。われわれが毎日口にしている食物も、必ず発がん物質を含んでいると言ってよい。そのような食品中の発がん物質は禁止にすべきだと思われるかもしれないが、現実にタバコも酒類も流通禁止にはならない。なぜなら、確定的死亡リスクではないから、優先して回避すべしとは言えないのだ。タバコを吸うと100%確実に肺がんになるのなら、すでに世の中からなくなっていることだろう。

それと同じことで、死亡リスクを評価する際には、やはり確定的影響を優先して回避すべきだろう。感覚的には、タバコをやめるか、自転車による危険運転をやめるかの二者択一になったら、自転車による危険運転をやめたほうが頓死を回避できる、という例がわかりやすいだろうか。食品のハザードでいえば、食品添加物による将来の間接的発がん性の可能性を気にするより、微生物汚染による食中毒を添加物により防止することで、確定的影響を下げる方を優先すべきという考え方だ。もちろん発がん物質による確率的影響を無視してよいと言っているわけではなく、低減化の可能性は目指すべきだが、「リスクのトレードオフ」の概念を十分に考慮していかなければ、発がんリスクを下げようとしたばかりに、食中毒で一発死亡という事故が起こってしまっては、本末転倒ということだ。

先々月のブログ「条件付きリスク評価(CRA)」でも解説したところだが、地震や津波のリスク評価結果は住んでいる地域・住居やその時の気象予報などの条件によって大きく異なるはずで、優先して回避すべき死亡リスクかどうかを住民たち自身が判断するような訓練が普段から必要だ。気象庁や地方行政がリスク評価結果をうまく住民たちに伝えること(優れたリスコミ)と、その情報を受け取った地元住民たちが回避すべき死亡リスクかどうかの的確な判断をすることで、地域の危機管理体制が機能するわけだ。

活断層が近くにある地域では、万が一大地震に襲われたときに死亡リスクが当然大きくなるわけだが、何十年、何百年に1度の大地震がくるかどうかはまさに確率的影響なので、念のため耐震構造の優れたマンションに住んでおこうと考えるかどうか、それは住民たちが正しいリスク評価結果を伝えられた時点で、それぞれ選択してリスク管理をすればよいわけだ。もしこのようなリスク評価情報が地方行政から住民たちに伝えられていないとしたら、それはリスコミの問題だ。津波や土砂災害のハザードマップに関しても同様の問題だ。

また、熊本地震のように、一度大きな地震に襲われたことで多くの住居が倒壊しやすい状態に陥り、なおかつ余震が続く状況では、これはもう確率的影響ではなく確定的死亡リスクが眼前にみえているため、気象庁/地方行政は耐震構造でない家屋にすむ住民たちに対して、余震が収まるまでの避難命令を出すしかないだろう。2-3か月熊本から離れるための補助金を該当する住民たちに支給する等の抜本的対策がとれなかったものか。このあたりも「条件付きリスク評価(CRA)」ができないまま、確率的影響の考え方をずっと続けると、リスコミを誤ることになる。

地震・津波・土砂災害だけではない。自動車や自転車の道路交通法違反/危険運転行為など、今日もまた交通事故で確実に死亡している犠牲者がいることを考えると、「条件付きリスク評価(CRA)」すなわち、どんな運転をしていると確定的死亡リスクがこんなに大きいんだよ・・というような、リスクコミュニケーションが住民たち、とくに通勤・通学で自転車を利用している住民たちに対して、適切にされるべきと強く思う。それによって自転車利用者たちは自ら死亡リスクを回避するだろう。まさに、「リ・スクランブル」だ。

以上、今回のブログでは、確定的死亡リスクを優先的に回避するためのリスコミ手法について考察しました。SFSSでは、食品のリスク管理やリスコミ手法について学術啓発イベントを実施しておりますので、いつでも事務局にお問い合わせください:

◎食の安全と安心フォーラムXII(2/14)活動報告
『食のリスクの真実を議論する』@東京大学農学部中島董一郎記念ホール
http://www.nposfss.com/cat1/forum12.html

◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2016(4回シリーズ)
http://www.nposfss.com/riscom2016/

また、当NPOの食の安全・安心の事業活動にご支援いただける皆様は、SFSS入会をご検討ください。(正会員に入会するとフォーラム参加費が無料となります)よろしくお願いいたします。
◎SFSS正会員、賛助会員の募集について
http://www.nposfss.com/sfss.html

(文責:山崎 毅)

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