[2016年11月14日月曜日]
このブログでは食品のリスク情報とその双方向による伝え方(リスクコミュニケーション)について毎回議論しているが、今月は消費者庁/農水省検討会で最終局面を迎えた「すべての加工食品における原料原産地表示の義務化」について、いくつか問題点が浮上したまま施行されることになりそうなので、詳しく考察してみたい。
まずは、消費者庁/農水省の主催でこれまで10回に渡って開催された「加工食品の原料原産地表示制度に関する検討会」の経過について、以下の消費者庁ホームページにて確認されたい:
◎加工食品の原料原産地表示制度に関する検討会
生鮮食品や一部の加工食品(22品目)において既に原産地表示がされているものもあるため、「原産地表示はもうされているんじゃないの?」と思われた方もおられるかもしれないが、実際はほとんどの加工食品の原料原産地はラベル包装に表示されていないのが実情だ。これをすべての加工食品で義務化しようというのが今回の新たな食品表示基準案であり、端的にいうと近い将来TPP協定が実現し(ドナルド・トランプが今後態度を現実的な方向に変えたとして(?))、関税撤廃により安価な輸入農畜水産物が国内に流入してきた際に、「国産食品」か「輸入食品」かが明確に識別できるような表示にしないと国内の農畜水産物を守れないということのようだ。
だが今回の検討会を通じて、すべての加工食品に原料原産地表示を義務付けることが容易に実現しないことがよくわかったはずだ。純粋に「国産」原料のみを使用している加工食品では、たしかに国別表示が簡単だが、実際は以下のような表示が困難な事例が多いという:
- ある加工食品の製造に、昨日は「アメリカ」産の原料を使用、今日は「国産」、明日は「メキシコ」産と「中国」産を混ぜて使用などなど。印刷会社にラベル包装を大量に注文する加工食品メーカーでは、本商品の原料原産地を何と表示すればよいのか。
- ある加工食品の製造に「国産」原料を使用していたが、国内の天災により原料である農産物の供給が絶たれたため、急きょ「アメリカ」産と「中国」産を使用せざるをえなくなった。ラベル包装に「国産」と表示した商品ではこれをすると偽装表示になってしまうので「国産」のみの表示には原料入手困難のリスクがつきまとう。
- ある加工食品の製造が原料不足のため製造不能・欠品になると、流通で商品棚を失う可能性があり、加工食品メーカーにとっては命取りになる。そのためメーカーでは、必ずリスク分散をして複数の原料を使用することを想定したラベル包装を印刷する。下手をすると10か国以上の原産国が可能性としてリストされている原料が多数存在しても全く不思議ではない。
- ある加工食品の製造には中国産原料が最も適しており、品質も味も価格も一番良いことがわかっているが、「中国」産表示をすることで顧客から門前払いをくってしまうことを懸念する営業サイドの意見が社内で勝り、不本意な「国産」加工食品を製造せざるをえない事態となった。
- ある加工食品の製造に使用する原料自体が、すでにほかの原料により加工された中間加工原料の場合、トレイサビリティがあいまいで、自社での原産地特定が難しく、複数の原産国が混合されているものが多いため「国内製造」ということまでしか特定できないケースが多い。
このような状況の中で、なんとか偽装表示にならないように国別表示をしようと考案されたのが、今回の原料原産地表示案の「例外表示」だ。義務化が検討された原料原産地表示(案)の具体的な方法については、消費者庁ホームページで詳細が確認できるので閲覧されたい:
◎今後の加工食品の原料原産地表示(案)について
http://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/other/pdf/161005_shiryou1.pdf
国別表示が明確な加工食品に関しては、本資料p2の「国別重量順表示」で「その他」の国名が見えないものの、少なくとも重量第一位の原料についてほぼ原産地が判明すると考えてよいだろう。しかし、p3以降の「例外1:可能性表示」、「例外2:大括り表示」、「例外3:大括り表示+可能性表示」、「例外4:中間加工原材料の製造地表示」については、上述の加工食品メーカーにおける実情を踏まえた実行可能性を考慮するとやむを得ないのは理解できるが、消費者にとってあまりに原産国があいまい/不明確な表示との印象だ。
この事態を受けて11月7日に全国消費者団体連絡会主催で開催された院内集会『加工食品の原料原産地表示制度について』@衆議院第一議員会館において、消費者庁からの本制度に関する経過説明とともに、各消費者団体ならびに食の安全にかかわる有識者より本制度への見解が述べられ、消費者問題特別委員会所属の国会議員も参加して開催された:
◎「加工食品の原料原産地表示制度について」院内集会概要(全国消団連ホームページより)
http://www.shodanren.gr.jp/Annai/526.htm
全国消費者団体連絡会も含めて各団体のご意見は、概ね本制度により加工食品の原料原産地表示が拡大することに関しては消費者の合理的選択に資する意味で大いに歓迎としながらも、上述のあいまい不正確な例外表示は容認できないという見解であった。筆者自身も、本制度への見解を述べさせていただく機会をいただいたが、その概要は以下のとおりだ:
◎「加工食品の原料原産地表示制度について」院内集会における山崎の見解
(*一部時間の関係で発言できなかった内容も追加している)
消費者庁検討会で提案されている原料原産地表示のルールで加工食品事業者にとって重量第一位の原料の原産国が一つもしくは二つに特定できるものは国別表示を義務としてよいだろう。
原料原産地情報は「食の安全」に依存する情報とは言えないが、消費者の知る権利や合理的商品選択のための「食の安心」情報としては、可能な限り正確にラベル表示するのであれば、社会的にも許容できる。
しかし、物理的な理由で原産国が明確に特定できない場合のいわゆる例外表示 (大括り表示、可能性表示、その両方、中間原料の製造地情報)については
消費者の誤認や不安をまねくラベル表示であり、合理的選択にはならない。他方、
加工食品事業者にとっても、より正確な原産地情報を消費者に伝えたいという精神に反した「不誠実」「不明確/あいまい」な表示
になり、 偽装表示との誤解も含めて消費者の不安や不信感をあおる可能性が高く、まったく本意ではないと想像できる。すなわち、
この例外表示は消費者にとっても食品事業者にとってもデメリットの方が多いルール
と言わざるをえない。
上記の問題点を解決するためには、できるだけ正確な原料原産地情報を加工食品事業者から消費者に伝える機会を確保する表示ルールとすべきである。すなわち、原料原産国が明確に特定できない場合は、
原産地が特定できないむね誠実に表示し(第10回消費者庁検討会において市川まりこ委員が提案されたものに近い)、重量第一位の原料名の右肩に「*」(アスタリスク)を表示し、「*原産地情報はこちら➡お問い合わせ電話番号」、「*原産地情報はこちら➡ホームページURL or QRコード」などと欄外表示
すれば、その時点でのできるだけ正確な原産地情報を消費者に伝えるチャンスを加工食品事業者に与えることができる。
また、なぜ物理的に原料原産国表示が難しいのか説明があれば、消費者の理解も深まりお互いの信頼感も高まって、消費者と食品事業者のよりよい双方向コミュニケーションとなるであろう。
大切なのは原料原産地情報を単にラベル表示することではなく、食品事業者から消費者に正確/誠実に伝えることなのだ。それが社会全体の「食の安心」を生むことになる。
本制度が施行されれば、国産原料を使用した食品を少しでも応援したいという消費者も増えると思うので、事業者側も「国産」と表示できる食品をたくさん開発するだろう。それは素晴らしいことだが、その大前提として消費者の信頼が得られるような正確/誠実な情報発信が必須条件だ。その信頼が根底から崩れるような「不誠実な表示」は消費者の不安をあおるばかりで、表示ルールの形がい化が危惧されるところだ。
本ブログでも何度か解説してきた社会心理学的不安助長因子の「未知性因子」が、世の中/一般消費者の不安をあおるため、あいまい/不明確な原料原産地表示がこれを誘発してしまう可能性が高い。加工食品事業者は、本制度案にのっとり近い将来、すべての加工食品で原料原産地表示をすることになった場合でも、上記の筆者見解のように、
「*原産地情報はこちら➡お問い合わせ電話番号」、「*原産地情報はこちら➡ホームページURL or QRコード」などと任意で強調表示
することをお薦めしたい。それが一般消費者の信頼を生むことになり、社会全体の「食の安心」にもつながるであろう。
以上、今回のブログでは加工食品の原料原産地表示制度について考察しました。SFSSでは、食品のリスク管理やリスコミ手法について学術啓発イベントを実施しておりますので、いつでも事務局にお問い合わせください:
◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2016 開催速報
第4回:http://www.nposfss.com/cat9/riscom2016_04.html
第3回:http://www.nposfss.com/cat9/riscom2016_03.html
第2回:http://www.nposfss.com/cat9/riscom2016_02.html
第1回:http://www.nposfss.com/cat9/riscom2016_01.html
◎食の安全と安心フォーラムXII『食のリスクの真実を議論する』(2/14)活動報告
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(文責:山崎 毅)