[2019年12月30日月曜日]
”リスクの伝道師”SFSSの山崎です。本ブログでは、毎月食の安全・安心に係るリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方を議論しておりますが、今月はいつも我々が消費者市民むけのわかりやすいリスコミ手法として用いている、リスクの大小を比較することで回避すべきリスクをイメージするコツについて、解説したいと思います。
本ブログでも過去に何度かお伝えしていることだが、「リスク」とは「いま危険」という意味ではない。「ここ30年間事故(危険)がないから安全だよね」という感覚で、リスク評価/リスク管理を怠っていると、不運が重なったときに取り返しのつかない「危険」に遭遇する。「リスク」とは将来の「危うさ加減」「やばさ加減」をあらわすモノサシであり、不確実性をともなうものなので、過去に事故がなかったとしても、大きなリスクを放置しておくと突然やってくる。福島第一原発事故のように・・
だから、「あんなに大きな津波が来るとは想定していなかった」という言い訳は通用しないわけで、もし万が一、大きな津波がきた場合に備えて、リスクを許容可能な水準に抑える対策をうっておけば、危険には遭遇しなかった可能性が高いということだ。もしかしたら明日にでも発生する大震災にそなえて、耐震構造の家にすむことなども、リスク低減策のひとつだろう。では、どの程度のリスク管理ができていればよいのだろうか?
その目安を知るうえで重要なポイントが「安全」の定義だ。すなわち「安全」とは、リスクが許容可能な水準(Tolerable=”それくらいなら我慢できるよ”というレベル)に抑えられている状態をいうのであって、決してリスクがゼロという意味ではない。とくに我々がテーマとしている「食のリスク」を考える際に、一般食品が天然物の集合体(Mixture)であることを前提とすると、ゼロリスクはあり得ない。おそらく発がんリスクをかかえた物質も多数含まれるだろうし、食塩やアレルゲンなども人体への健康リスクを発現する天然物の一種として自明だろう。それでも社会は、この程度のリスクは許容可能な水準として「安全」と受け入れているのだ。
しかし、ともすれば我々が毎日食している天然物の塊である一般食品を摂取しても、人体への悪影響(危険)は目に見える形で現れないことから、リスクがゼロだと勘違いしがちだ。そこに突然登場した奇妙な危険源(ハザード)、すなわち原発事故由来の放射性物質(セシウムやトリチウムなど)などが食品に混入したら、「リスクがない」ので安心して食べていたのに、新たな「リスクがある」食品は許容できない、と感じるのも自然な感覚だろう。
実際にたとえば、福島県の海産物が20ベクレル/kgの放射性セシウムに汚染されていた場合に、「放射線被ばくは閾値がないので、ゼロでない限り発がんリスクが否定できない」などと主張する専門家がいると、たとえ20ベクレル/kgの放射性セシウムに汚染された一般食品は市場に流通することは法的に問題ない(社会は「安全」として許容している)のに、そんな「リスクがある食品」は許容できない(我慢できない=「危険」)とする消費者もおられるわけだ。これが「リスクのありなし危険論」であり、一度放射性セシウム検査で「不検出」となれば、今度は「リスクがないから安全」と短絡的に安心してしまうので、困ったもんだということになる。
放射性物質検査で「不検出」とは放射性セシウムがゼロという意味ではない。今回の検査機器では検出できないレベルであったということだ。だから、50ベクレル/kg以下は検出できないような検査機器なら、同じ20ベクレル/kgに汚染した食品でも検査結果は「不検出」となる。それは詐欺じゃないかと思われるかもしれないが、ウソはついていないので食品事業者は罰せられない。むしろ、「ゼロリスク」を求める消費者サイドのリスクリテラシーが低いから、このような「リスクのありなし論」のテクニックで安心させられるのだ。
検査結果が「不検出」なら十分リスクが小さいから「安全」でいいのでは?と言われる方がおられたら、では20ベクレル/kgでもよいんですね?ということになる。検査機器の精度が違うだけで、汚染濃度は同じだからだ。それよりも、この微量の放射性セシウム汚染で、どのくらいの被ばく量なのかをリスク比較したほうが、許容可能な水準かどうかを判断するうえで重要ではないだろうか?そこで我々が食の放射能汚染のリスクを伝える際にいつも使う手法は、一般食品に含まれる天然食材からの放射線ひばく量(バックグラウンド値)をまず知ってもらうことだ:
◎食の安全・安心Q&A(食の放射能汚染について①)
http://www.nposfss.com/cat3/faq/q_09.html
Q(消費者):福島県産の農産物や食品の放射能レベルは気にすべき健康リスクなのでしょうか?
A(SFSS):まったく心配する必要のない放射線レベルで、我々が毎日摂取している通常食品からの被ばく量と変わらず、許容範囲のリスク(=安全)です。
放射性セシウムによる放射線被ばく量は放射性カリウムの約2倍と言われているので、先ほど例としてあげた20ベクレル/kgの放射性セシウムとほぼ同等の被ばく量は放射性カリウムなら、約40ベクレル/kgとなる。しかし、図に示した通り、野菜や肉などに含まれる放射性カリウム量はこれを超えており、我々が普段食べている一般食品からもある程度の内部被ばくをしていること、すなわち放射線被ばくのバックグラウンド値が意外に高いレベル(数百ベクレル/kgのレベル)で推移していることを知っておかないと、無用に低線量の放射線セシウム汚染を怖がることになる。
このようなリスコミにおいて大切なポイントは、我々が放射線の発がんリスクを決して否定していないことだ。リスクはあるにはある。しかし、そのリスクが十分に小さいので「安全」=「恐るるに足らず」なのか、それともそのリスクが許容可能な水準を超えているので、リスク回避もしくはリスク低減策を施すことで、健康被害を未然に防止すべきなのかを、消費者市民にわかりやすく伝えることが重要だろう。
現時点で福島原発由来の放射性セシウム汚染による低線量被ばくは「安全」=「恐るるに足らず」のレベルであり、われわれの身の回りに存在する発がんリスクの大小と比較(以下のQ&Aを参照のこと)しても、「食の安全」の観点では回避する必要がなさそうだ(「原発反対」などの理由で許容できない方は、あくまで「食の安心」の観点なので別の次元の議論になる)。
◎食の安全・安心Q&A(食の放射能汚染について②)
http://www.nposfss.com/cat3/faq/q_10.html
Q(消費者):低線量放射線被ばくはどんなに低レベルでも発がんリスクに閾値がないので避けるべきと聞いた。福島県のお米やお肉も本当に大丈夫なのか?
A(SFSS):まったく問題ありません。天然の放射線被ばくに比べて、放射性セシウム汚染による被ばく量は極端に低いため、その発がんリスクも無視できるレベルです。
食の放射能汚染だけでなく、食品中の種々のハザードに関しても法規制により発がんリスクが十分低く抑えられているのが、いまの日本の実情だ。とくに一般消費者がいまだにリスク誤認していることの多い食品添加物についても、上述のように食品そのもののリスクがゼロでないことを前提にリスク比較することが非常に重要だ。食品添加物のリスコミについては、どうしてもADI(1日許容摂取量)など専門用語を駆使した説明になりがちだが、もっと一般消費者や小中学生でもわかりやすいリスク比較によるコミュニケーション手法を開発したいと考えている。最近、講演会でよく用いているリスコミ事例は以下のとおりだ:
- 皆さん、かぜ薬をのむときに、用法用量が「1日1錠」と記載してあるのに10錠のみますか?のまないですよね。なぜでしょう?10錠ものんだら副作用が出るかもと、わかりますよね。
- では食品添加物はどうでしょう。安全性試験で体に影響が出ない量を求めて、その100分の1以下しか配合できないルールなんですが、副作用が出ると思いますか?
今後は、一般消費者のリスク認知バイアスをもっと分析することで、さらに有効なリスコミ手法を開発できるものと思うので、SFSSのリスコミ活動にさらなるご支援・ご協力をいただきたいところだ。以上、今回のブログではリスクの大小は比較することでイメージしやすいことを、具体的に考察しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションのあり方を議論するイベントを継続的に開催しております:
◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2019(4回シリーズ) 開催速報
http://www.nposfss.com/riscom2019/
【文責:山崎 毅 info@nposfss.com】