毒か安全かは量で決まる

[2013年9月10日火曜日]

毒か安全かは量で決まる~パラケルスス~

いま「食の安全」が報道で取り上げられることが多い。

週刊誌やTV番組でも、中国からの輸入食品や食品添加物などが「毒」であるかの議論がなされているが、残念ながらこういった記事や番組のシナリオは、消費者の不安をあおる非科学的「ありなし感情論」が展開されるものばかりで、まず「用量(Dose)」の考え方が完全に欠落しているのが特徴である。

医薬品を扱っている医師、薬剤師や生物医学系の科学者たちの常識として、標題のパラケルススの名言「毒か安全かは量で決まる」という原理がある。すなわち、天然であろうと合成であろうと、この世に存在する化合物が生体にとって毒になるかどうかは、ある量(Dose)を超えることで決まるということであり、言い方を変えれば、毒性が科学的に証明されている化合物(農薬など)が食品に汚染していたとしても、生体にとって影響のない量であれば、それは生物学的に無視できる(安全であり、ないものと考えてよい)ということである。

 

皆さんも、風邪薬などをのまれるときに、必ず用法・用量というのを確認してから服用されるだろうが、用量の10倍・20倍と一度に服用すれば副作用が出るということはご存知であろう。食品に配合される添加物や、汚染が危惧される農薬だけでなく、普通に食品に含まれる天然物でも単なる食塩でも、量(Dose)が極端に多くなれば、生体にとっては毒となる。

「中国から輸入された食品から、食品衛生法で定められた規制値を20%も上回る着色料○○○○○がみつかり、回収命令が出た!この○○○○○は動物実験で発がん性が証明されており、摂取するのは非常に危険なものだ」

本記事からわかる量は「20%超」というところだけだが、ではその用量(Dose)は本当に生体に対して発がん性などの毒性が心配されるような量なのか?

答えは「No」である。
なぜなら、「食品衛生法で定められた規制値」は、それを超えると安全性が保証できない量ではないからだ。この規制値は、あくまで行政が流通する食品を安全に管理するためのものであって、実際の安全/危険境界値ではないのである。

「食品衛生法で定められた規制値」は、もともと動物実験等で発癌性も含めた毒性が観察されない最大用量のさらに100分の1などに設定されており、ヒトが一生涯その量を毎日摂取し続けても毒性が出ないような、十分すぎる安全量なのだ。

すなわち、先ほどの記事を読んだときには、回収された食品が危ないということではなく、日本の食品市場がしっかり管理できていると解釈すべきなのであって、食の安全に関しては「健康影響の出ない全く少ない汚染量でよかったね」、というのが、用量(Dose)をきちんと把握している専門家の受け止め方になるのである。

もちろん規制値を超えたものが市場に出てしまったということに対する、コンプライアンス違反はよくないので、それは管理を強化してなくしていく必要があるが、上述のような記事や番組をみかけたときには、量(Dose)の概念を必ず思い出して、われわれの食生活の安全にとって本当はどうなのか、冷静に対応していただきたい。

「いや・・それでも中国産は絶対食べたくない」という方々も、加工食品や外食などを通じて中国産食品をすでに口にしている可能性が高いと思われるが、健康被害など全く出ていないのではないだろうか。

また、最近よく聞く中国産輸入食品の議論の中で、日本への輸入品は非常に厳しい検査を何重にも受けているので安全が確保できているというが、地元の中国本土でいろいろな食品事故が発生しているので全く信用できないし、それなら中国には旅行にも行けない、というような、苦笑してしまう話の展開も多い。

日本は、おそらく食品衛生環境が世界一の国である。食中毒で亡くなる方が年間100人を超えないような国は世界にそうないはずである。だからこそ、中国などのアジア諸国に海外旅行に行くのに、食の安全を全く気にしない日本人がいないのは当然だし、それは別に今に始まったことではない。日本人旅行者の常識だ。

中国本土の風土・文化・規制を受けいれるつもりがないなら、その人が中国へ旅行しなければよいだけであるが、それを「中国の食品は危険だから中国には行かない」と勝ち誇ったようにTV番組で発言する日本人は、世界から見てどう映るのだろうか?
世界の非常識は当然として、日本の常識にもなってほしくない話である。

2020年の東京オリンピック開催が決まって、これからよりグローバルな人材を育成していかなくてはならない日本で、日本人が中国からの安全な食品に対しても危険扱いしたうえに「中国本土も危険だから旅行しない」などと叫んでいたら、本当に中国からのオリンピック選手団や旅行者たちへの日本人としての「おもてなし」が気持ちよくできるのかと心配になってくる。[本パラグラフに一部不適切な表現があったので修正済み(文責 山崎)]

「毒か安全かは量で決まる」に話をもどして、結論を述べたい。

すべては量(Dose)が少なければ健康影響は無視できるという科学的原理を大局的に理解し、食生活の偏りや運動不足・ストレス・大酒・喫煙などの生活習慣の方が、よほど健康に悪影響を及ぼすのだから、そちらにもっと留意すべきであろう。

「消費者の不安をあおることが商売の質の悪い報道」を信じてしまい、ご家族の食生活が振り回されている方々を、私は「食品情報過敏症」と呼んでいるが、要はその報道に量(Dose)の概念が欠落していることを見破り、科学的な見地から「食品情報過敏症」を早く治していただきたいと節に願うのみである。

(文責 山崎 毅)

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