[2014年6月17日火曜日]
先月の理事長雑感では、消費者の不安を必要以上に煽ってしまう情報発信の評価方法として、『不安煽動指数(Aoring Index)』という新しい手法をご紹介した。この手法を使えば、リスク管理責任者やマスメディアがリスク情報を発信する広義のリスクコミュニケーションの際に、その情報発信内容が市民/消費者の不安を煽ってしまうコンテンツかどうかの判定が可能と考えている。
ただ、この『不安煽動指数』に関しては今後進化していくものと予測している。なぜなら、現時点で不安要因の解明が十分にできているとは言えないからである。おそらく今後、さらに食の安全・安心やリスクコミュニケーションについての議論が進んで、学問的な体系化が行われ、不安の原因がもっとクリアになれば、消費者を「食の安心」に導く理想的な方法もわかってくるはずである。
先般4月20日に、当NPOと財団法人社会文化研究センターの共催で「食のリスクコミュニケーション・フォーラム4回シリーズ ~食の安心につながるリスコミを議論する」第1回を開催した際に、東京大学非常勤講師の高橋梯二先生より「食品の安心と不安をどうとらえるか」という演題で、食品の安心と不安についてご発表いただいた。
そのご講演の中で、「食品の安心についての様々な見解」として幾つかあげられたが、筆者が注目したのは以下の3つである:
・安心は、事業者、行政あるいは科学に対する信頼によって成立する。
(信頼が置けない時不安が増大する。 安心でなくなる)
・安心は消費者が安全を納得できるときに成立する。
(信じられるかどうか)
・消費者は安全というよりは安心を求めている。
(生物の生存の基本的要素の中に組み込まれている)
世界的にみても、おそらく日本は「食の安全」が維持管理できている健康長寿国と言ってよいであろう。だからこそ「安全」は当然として、消費者は「安心」を求めているのかもしれない。実際、高橋先生が主導された食品の安心研究プロジェクト報告書(http://www.rrqc-forum.org/データルーム/)によると、昨年実施したインターネット消費者アンケート調査(n=500)で、以下のような興味深い結果が出ている:
Q1:「食品の「安心」の意義についてあなたはどう思いますか。」
① 食品の「安心」は全く重要でなく、消費者にとって必要ないと思う。3%
② 食品の「安心」はあまり重要ではないが、消費者にとってあってもかまわないと思う。11%
③ 食品の「安心」は重要であり、消費者にとって必要と思う。74%
④ よくわからない。12%
すなわち消費者の実に4人に3人は「食品の安心」を必要と感じており、「あってもかまわない」も加えると、おおよそ85%の消費者が「食品の安心」が食生活に付随することに抵抗感がないと解釈できる。では実際に、消費者は現在の食生活について安心しているのだろうか?
Q2:「日常生活の食品全般についてどの程度安心ですか?」
① 安心できる 6%
② まあ安心 62%
③ やや安心できない 24%
④ 安心できない 9%
これだけを見ると、「安心」と「まあ安心」を加えると68%になるので、7割弱の消費者が現在の食生活には、ほぼ安心しているとも解釈できる。ところが、ところがである。
Q3:「食品の放射性セシウム汚染について。該当するものを一つ選んでください。」
① 安心である 2%
② まあ安心である 25%
③ やや安心できない 33%
④ 安心できない 40%
このように食品中の特定のハザードを採りあげて質問をすると、急に「それなら安心できない」という消費者が急増して7割を超すことになる。実はこの現象、「食品添加物」「農薬」「GM食品」「BSE」などで同様の質問をしても、7割前後の消費者が「やや安心できない」もしくは「安心できない」と回答する結果となった。
普段自分の身の回りで食品事故がまったく起こっていないため何の心配もしていない消費者たちも、ひとたび「こんな不安要因がありますが、どうですか?」と質問されると、「たしかにそれは不安だ」と回答してしまうのであろう。
筆者の恩師でもある唐木英明先生(東京大学名誉教授、公益財団法人食の安全・安心財団理事長)が最近出版された『不安の構造-リスクを管理する方法』(エネルギーフォーラム新書刊)によると、このようなアンケート結果は典型的な「聞かれて出てくる不安」として紹介されている。すなわち、アンケートなどで質問されると「不安だ」と回答する消費者が多い食品中のハザードに関しても、実際の消費行動には反映されていない消費者が多いというのである。
たしかに、農薬が不安だと回答した消費者が、みな有機農法の野菜ばかりを食べているとは限らないし、放射性物質に関しても行政のホームページで公開されている測定値をすべてチェックしながら買うかどうかの判断をしている消費者も、それほどいないであろう。前述の『不安の構造』で、唐木先生は不安と恐怖に関してのジーグモント・フロイトの次の言葉を紹介されている:
「対象がある場合に恐怖を、そして対象がない、あるいは漠然として、よくわからないときに不安を感じる」
筆者が先月ご紹介した不安煽動指数の中で、「未知性因子」が不安を煽動する重要な要因として組み込まれているが、たしかにわれわれの食事の中に、見えないもの、よくわからない危害要因があって、そのリスクから逃げ出すことができない場合に、消費者の不安は増長される。
ただ、消費者にとって「放射性セシウム」などの生体への健康リスクがどの程度かについて馴染みのある方は少なく、結局個々にとって信頼できる専門家・行政・食品事業者・マスメディア・知人等からのリスク情報に頼らざるをえないことになる。そこで、これらのハザードのリスクの程度が十分わかれば不安は解消されるし、逆によくわからなければ不安は加速される。
だからこそ、広義のリスクコミュニケーションが重要となるのだろう。遺伝子組み換えに詳しい○○大学○○教授によると、「GM食品の安全性はよくわかっていないんですよ」・・というような週刊誌の記事を見かけたら、「不安を煽動しているリスコミの典型だな」、と思って記事を読んでいただきたい。
「安全性がよくわかっていない」先生は決してGM食品の専門家ではなく、個人的な社会観を述べておられるだけと考えた方がよい。
SFSSでは、6月29日(日)に「食のリスクコミュニケーション・フォーラム2014 ~食の安心につながるリスコミを議論する~@東大農学部」4回シリーズの第2回を開催し、リスコミのあり方をさらに議論しますので、ふるってご参加ください。
本フォーラムの詳細ならびに事前参加登録はこちらより
⇒ http://www.nposfss.com/miniforum/
また、7月13日(日)には、「食の安全と安心フォーラムⅧ ~小さな巨人、カビ、その偉大さと安心・安全を探る~」と題して、和食文化に貢献しているカビとともに、食品中のリスクとなりうるカビ毒に着目し、有意義な意見交換をしたいと考えています。
この「食の安全と安心フォーラムⅧ」の詳細ならびに事前参加登録はこちら
http://www.nposfss.com/cat2/forum08.html
(文責:山崎 毅)