[2019年9月30日月曜日]
”リスクの伝道師”SFSSの山崎です。本ブログでは、毎月食の安全・安心に係るリスクコミュニケーション(リスコミ)のあり方を議論しておりますが、今月は最近話題となっている福島原発由来のトリチウムを含む処理水の海洋放出の問題について考察したいと思います。まずは、世間を騒がせた松井一郎大阪市長の原発処理水に関するコメントを以下のニュースで参照されたい:
◎原発処理水を大阪湾に放出?「環境被害ないなら」
テレ朝news [2019/09/17]
https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000164626.html
それでも「環境や人体への影響がないという科学的根拠があれば・・」というリスク評価の前提条件が必要ということだが、実際はどうなのだろうか?
福島県のホームページに福島第一原発の廃炉に向けた課題のひとつとして、トリチウムを含む処理水の問題が詳しく解説されているので、ご参照いただきたい:
https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/297629.pdf
ちなみに日本だけでなく世界中の原発においても、数十年にわたってトリチウムを含む処理水を大量に海洋放出している(もちろん事故前の福島原発も同様)というが、それにより健康被害/環境被害が起ったという信頼できる科学的証拠がこれまでないことが、海洋放出を正当化する理由となっているようだ。
福島原発にいま貯蔵されている処理水のトリチウム量が1,000兆ベクレルというと、いかにも大量の放射性物質という印象だが、フランスの再処理施設で1年間に海洋放出されているトリチウム量がその14倍(1.4京ベクレル)だということ、1年間の降水中に含まれる天然のトリチウム量が200兆ベクレル強などという数字をみる限り、福島原発の処理水を海洋放出して十分希釈したなら、人体や環境に悪影響を及ぼすようなリスクになるとは考えづらい。
また、トリチウム水が有機体と結合することで、食物連鎖を介して人体に吸収・蓄積されると、その内部被ばくで健康影響が出るとの懸念もネットで見かけたが、ではこれまで大量に海洋放出されたトリチウムや宇宙線由来の天然のトリチウムが有機体となって魚介類など海洋生物の体内に蓄積していたというデータがあるのだろうか?はるかに大きなボリュームの海水に希釈されたトリチウムが、生体内に蓄積するほどの濃度になるとも思えない。
ただ、福島原発事故によりメルトダウンした原子炉を冷却するのに用いられた汚染水なので、ALPSでトリチウム以外の核種が環境基準値以下まで除去されることが達成されなければ、上述のトリチウム水に関するリスク評価が意味をなさないことになるので、このALPSが完全に機能することも松井市長の言われる「環境被害がなければ・・」の前提条件として必要だろう。
また大阪湾に海洋放出する場合の現実的な問題として、大量の処理水を大阪湾まで運搬するのは経費がかかりすぎる(船舶からの海洋投棄に関する国際法:ロンドン条約に違反するという問題もある)ことから、どうせ処理水海洋放出の安全性が国民に許容されるのであれば、福島沖に放出して、小泉進次郎環境相が福島県産水産物を食べてPRすることで、風評被害を払拭すればよいのではと、アゴラ研究所の池田信夫氏が提案されている:
◎【GEPR】小泉進次郎氏は原発処理水の問題を打開できる (池田 信夫)
アゴラ言論プラットフォーム 2019年09月18日
http://agora-web.jp/archives/2041596.html
しかし、山崎はこのリスクコミュニケーション手法が機能しないと予測する。なぜなら、この手法は「リスクコミュニケーションのパラドックス」を引き起こす可能性があるからだ。2001年にBSE問題が国内で発生した際、ときの農水大臣と厚労大臣が国産のビーフステーキを食べているところをTVで放映したところ、国民は余計疑念をいだいて牛肉を回避した。食のリスクについて不安が蔓延しているときには、「攻めの広告/広報活動」がむしろ消費者の疑念を助長する現象が「リスクコミュニケーションのパラドックス」だ。
小泉進次郎大臣はBSE問題のときの大臣たちより人気が高く、国民から信頼されているので、そんなことはないだろうと考える方もいるだろうが、なぜいまわざわざ人気の大臣が福島の水産物を食べているところを国民にアピールするのか・・と、その不自然なPRに対して疑念をいだく消費者が多くなるのではないかと予測するところだ。
筆者はやはり、松井大阪市長の処理水を大阪湾で受け入れるアイデアに、より共感するところだ。なぜなら、原発処理水の健康リスク/環境リスクが社会の許容範囲内=安全だとすると、あとは安心(風評被害払拭)の問題であり、これを解決するためには、福島原発事故由来の不安になぜあえてわが自治体が付き合う必要があるんだ?という感覚を捨て、全国で福島の痛みを分かち合おうという復興支援のビジョンが必要だからだ。福島以外の水産物も手に入るのに、何のベネフィットもない福島県産の水産物をあえて購入するわけがない、という消費者の価値観を超えるのも、同じく復興支援のパワーがなければ安心にはつながらないだろう。
以上、今回のブログでは原発処理水のリスクをどう全国で分担するかについて考察しました。SFSSでは、食の安全・安心にかかわるリスクコミュニケーションのあり方を議論するイベントを継続的に開催しております(参加費は3,000円/回ですが、どなたでも参加可能)ので、ふるってご参加ください:
◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2019 開催案内
第4回:「食品衛生微生物のリスコミのあり方~消費者のリスクリテラシー向上をどう支援?」(10/27)
http://www.nposfss.com/riscom2019/
◎食のリスクコミュニケーション・フォーラム2019 第1回 開催速報
『食の放射能汚染のリスコミのあり方 ~風評被害にどう立ち向かう?』(4/21)
http://www.nposfss.com/cat9/riscom2019_01.html
【文責:山崎 毅 info@nposfss.com】
[初稿:2019年10月1日13:49]
[第二稿:2020年2月20日10:42 追記修正:赤字部分]